第7話 幸せな化け物

 開戦の口火を切ったユルゲンが剣を振るうとともに、生み出された風の刃が三方からジークに向かって襲いかかる。


(相変わらず速いな。が……反応出来ないほどじゃねぇ)


 ジークは風の刃が自身に迫ってくるタイミングに合わせて回し蹴りを繰り出す。目にも止まらぬ速さの蹴りによって発生した暴風は風の刃にぶつかり、互いの勢いは相殺されて消滅する。


(休む間もねぇな、次だ)


 ジークの両足が再び地面にまでを待たずに、エドワーズが杖で床をつつく。すると、その場所から生まれた氷柱がジークに向けて迫りはじめたのだ。


「怖いねぇっ、オイッ!!!」


 ジークは左足で上手くバランスをとり続けながら、右足の裏を迫り来る氷柱に向け……思い切り右足を突きだし、突き蹴りで氷柱を破壊した。


「……凄ぇ、流石はジークさん。あのユルゲンさんとエドワーズさんの猛攻を、片足でしのいだ……」


「ジークにばっかり気をとられるなよ、エリック。敵はあの二人だけじゃねぇんだぞ」


 ジークの家に残っていた十人の戦士のうち、ジークに味方しているのはエリック一人だけである。ユルゲンやエドワーズ以外の面々もアテネの殺害を目的として、ジークやダニー達に明確な敵意を向けている。


「とりあえず、家の中でやりあうのは流石に狭いからな……残りの連中とは……」


 そう言って飛び出したダニーはユルゲンやエドワーズの猛攻を潜り抜けると、その奥の壁際で二人の攻撃に巻き込まれないようにしながら攻撃の隙を窺っていたティキ達に向かって一直線に突っ込む。


「ヒィッ!? ダニーさん、どうかお助け……」


「悪いが、一回広い所に出てもらうぜ……!」


 ダニーは巨大な熊手のような武器を具現化させると、それをトンボのように地面にかけながらティキ達に向かって突っ込む。


「オラオラァッ! 全員一回外に出ろォ!」


 ダニーはティキ達をトンボで轢くだけでなく、そのままの勢いで壁を突き破って無理やり外に飛び出したのである。


「グォラァッ!!! ダニーテメェ、人ン家の壁ブッ壊してんじゃねぇえぇっ!!!」


「弁償代なら全額負担してやるから安心しろよ! とにかく今は……コイツらをさっさと帰らせることが優先、だろ?」


「……ああ、そのとおりだよチクショー! テメェら揃いも揃って、俺とエマの愛の巣をブッ壊しやがってよぉ……!」


 こうして、戦線は屋内でのジーク対ユルゲン、エドワーズと、庭でのダニー対ティキら若手魔術師七人の二つに分けられる。その二つの間に挟まれたエリックは、どちらに加勢するべきか悩んでいたが……


「エリック、こっちは手出し無用だ。お前はダニーの方に行け」


「……でも」


「これは俺の覚悟と矜持をコイツらに見せつけるための戦いなんだよ。それに、他人の手助けなんていらねぇよ」


「……はい。分かりました……!」


 今の自分は、ジークには求められていない。そんな事実を直球でぶつけられたエリックは、すぐにジークに背を向けてダニーのもとへと向かおうとするが……


「……ありがとうな。俺の味方になってくれて」


「……!!!」


 ジークから背中にかけられたその言葉で、エリックの沈んだ気持ちは一瞬で天へと駆け昇っていったのだった。


「……これでようやく、巻き添えを気にせず本気で戦えるな」


「俺の家の巻き添えも考えてくれや、ユルゲン。ダニーと違って、お前は弁償するつもりないんだろ?」


「家を壊してほしくなきゃ、守ってみればいいじゃねえかよ! お前は得意なんだろ!?」


 ユルゲンが目にも止まらぬ速さで何度も剣を振るうと、無数の風の刃がこれまで以上の速さでジークへと向かっていった。

 それでもまだ、ジークにとっては容易く反応出来る速度と数だったのだが……


「やはり君一人だと、足下がお留守になるようだね」


 いつの間にか、ジークの足はエドワーズによって凍らされていた。

 もっとも、この程度の氷ならジークはすぐに砕いて脱出することが出来る。しかし、その僅かな時間を足下の氷に割いてしまうと、迫り来る風の刃を避けることは不可能なのだ。


(……仕方ねぇ)


 ジークは思い切り腕を振るうことで風の刃を受け止めようと試みる。しかし、蹴りに比べればどうしても威力は弱くなっており、ジークの腕にはいくつもの傷が生まれることになったのだ。


「ったく、これは想定外だぜ。エドワーズさんは油断ならねぇなぁ」


(想定外はこっちのセリフだよ。俺の斬撃を食らって傷止まりとは……腕を切り落とすつもりで攻撃したってのに……)


(不意をつく攻撃は、二度は通じないだろうね。ならば、もう我々に残された道は……)


「……仕方ない。正攻法で、君を倒そうか」


「死んでも文句言うなよ、ジーク。勇者なんて意味のない軽い称号は、俺は引き継いでやるからよ」


 二人にとって、ジークはともに死線を潜り抜けてきた戦友である。ともに酒を飲み、過去や未来を語らい、昨夜のジークの結婚祝いにも駆けつけるほどの友人だ。だからこそ、これまでの戦いではジークを殺さないように手加減して攻撃していたのだが……彼らは彼らの意地を見せるためにも、もう手加減はしていられなかった。


「……いよいよ本気か。なら俺も、本気中の本気出す必要があるだろうな」


 ジークは目をつぶり、深呼吸をして一度心身を整える。閉じた瞼の裏に浮かぶのは、この世で彼が最も大切にしている少女。それと、人と魔族の壁を越え、なんとしてでも助けてあげたくなった少女である。


「……二人なら、俺の魔法はよく知っているよな?」


「……愛する者を思えば思うほど、魔力を強める魔法……はじめて聞いた時は、弱いものだと思ったよ」


「魔力を何かに変化させたり、具現化させたり出来るわけではない。出来ることは基本中の基本である魔力による肉体強化だけ……しかし君は、その基本を極めて最強の座を手に入れたわけだ」


「……俺は幸せだよ。人生で一人見つかるかどうかっていうほど大切な人と、この若さで出会えた。そして今日もう一人、彼女に負けないくらい守ってやりたいと思える子と出会えた」


 ジークの魔力は、どんどん強くなっていく。守りたい存在が一人から二人に増えたジークの魔力は、ユルゲンとエドワーズですら驚愕するほど強いものになっていたのである。


「……なんなんだこの魔力は……この、化け物め!」


「化け物になるだけで大切な人を守れるなんて、安いモンじゃねぇか」


 ジークの渾身の拳が、ユルゲンとエドワーズに向けられる。二人は自分の全力の魔法を放つが、それは今の進化したジークに敵うはずもないことは、彼らはもうとっくに理解していた。

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