第11話 変態顕現する

 あれを休日デートと読んでいいのかは定かではないけれど、僕の誇ることもなかった人生のうちで、栄えある思い出の一ページに刻まれてもおかしくはない一日となった。

 最後は僕のとんだ凡ミスで海にケンカを売ってしまう形となってしまい、心からの誠心誠意の謝罪をなんとか受け入れてはもらえたからよかったけど。

 それが土曜日の話で、日曜を挟んでの月曜日――つまりは登校日である今日こそが、僕の本当の試練であることを呑気な僕はまだ知る由もなかった――



 僕達三人の登校は、最初こそ違和感はあったものの、僕達の中では当たり前の日常になりつつあった。

 かといって周囲の絡み付くような視線がなくなるわけではなく、ただ、気にしてもしょうがないという境地に至ったわけで、ある種の諦め悟りに近い心境なのかもしれない。

 地味に続いている連続登校記録を今日も伸ばしつつ、当たり前のように自分の席に着席すると、転校初日の海に玉砕した若林君がなにやら肩をいからせてやって来た。

 そして、机を思いきり叩いて一言。



「おい空色!お前……畏れ多くも我が校の二大アイドルとララポールでデートしたって本当かよ!嘘だよなぁ?」


 真正面からの文○砲だった。


「へ!?」


 今日もただ平穏無事に過ごせますようにと、実家の大日如来に祈ってきたというのに、そんな些細な願いすら通じないとは……。

 これが世に言う末法の世というやつかと、姿なき神様仏様に恨み節を吐かざるを得ない。

 血涙を流さんばかりに詰め寄る彼の発言は、僕のアンチがまたぞろ増えることは確実で、これでまた平和な学校生活から遠退いてしまった。

 まさか日常生活を根底から覆してしまうような文○砲をクラスメイトから食らうとは夢にも思っておらず、思わずイスごと引っくり返りそうになる。

 世の芸能人の苦労が偲ばれた瞬間だった。



「俺のダチがよ、同じタイミングでララポールに買い物に行ってたんだよ。そしたら海ちゃんと麦穂ちゃんを両手にはべらせた空色、テメェがいたって言うじゃねぇか……。この俺様を差し置いてモブキャラのオマエがどうしてそんな羨まゴホン。そんなグリーンジャンボ宝くじ一等が当たるような幸運に授かれるんだよ!なぁ、実は嘘なんだよな?はは……なんだよ……嘘って言ってくれよ。見間違いなんだよな!?」


 そういって友人から送られてきたという写真を僕に見せてきた。

 そこには確かに僕を含めた三人が談笑しながら写っている。

 最近のカメラは画質がいいなぁ。



「……これは他人じゃないかな?ほらっ!世の中には自分にそっくりな人が三人いるって言うじゃないか。きっとそのそっくりさんが一緒に歩いてたんだよ。いやぁ、不思議なこともあるもんだねぇ」


 我ながら苦しすぎる言い訳だと重々承知しているけど、とうの若林君はそんな戯言ざれごとでも微かな希望を抱いたのか、暗黒面ダークサイドに落ちかけていた顔に生気が戻りつつあった。


「そうか……?そうだよな!まさか空色がそんな美味しい目に逢うわけないもんな!そっかそっか、良かった――」


「ほぉ。離れていてもこんなによく写るんだね。ちなみに、それは私と麦穂君と真魚君で間違いないよ」


 お経は読めても空気が読めない海なのでした。


「ま、またまたご冗談を。ああそっか!海ちゃんも麦穂ちゃんも空色を荷物持ちがわりにしてたんでしょ!それならこの俺に頼んでくれたら良かったのに~」


 せっかくの希望の灯を消すまいと、とことん僕を貶めようとする。

 僕が言うのもなんだけど、果たしてそれでいいのだろうか……若林君。


「あはは……それはちょっと……ねぇ海ちゃん?」


「うん。私も君は遠慮したいかな」


「ガハッ!!」




 哀れ……二人から浴びせられる容赦ない一太刀で、袈裟懸けに切られたかのようにリアクションを取る若林君はヨロヨロと自分の席に戻っていった。

 その消えそうな背中を見送っていると、隣で他人事のように海がくすくすと笑っていた。

 全く……こっちの気も知らないでさ。

 可愛いから許すけど。


「壁に耳あり障子に目あり。まったくどこで誰に見られてるのかわかったもんじゃないね」


「ごめんね……まーくん。ちょっと迂闊だったかも」


「しょうがないよ。僕もまさか同じ学校の生徒に見つかるとは思わなかったからさ」


 確かに僕たちは油断していたのかもしれない。

 駅前で全てが事足りる街――言い換えれば、駅前に訪れる同級生も多いということ。

 冷静に考えればわかったはずなのになぁ。



 その日の放課後、いつもと同じように三人で帰宅しようとしてとき、「担任が話があるから残れって」と、クラスメイトから嬉しくない伝言を預かった。


「話があるなら終わるまで残ってようか?」


「いや、先に帰ってて大丈夫だから。てか今日は陸上のシューズ買いに行くんだろ?こっちはいつ終わるかわからないしさ」


「そっか。じゃあ先に帰ってるね」


「じゃあ真魚君。また後でね」


 そういって帰る二人を見送り、さっさと先生が来ないかと一人教室で待ち呆けていると、しばらくして扉が開かれた。


「なんですか先生。話っ……て?」


 僕は自分の目を疑った。というか正気を疑った。

 確か僕の担任教師は竹刀を肩に担いだいかつい時代錯誤な男性教師だったはずなのに――目の前にはこの学校には存在しない、やたらボディラインが強調された扇情的なスーツを着た女性が闖入ちんにゅうしてきたのだから。

 その女性は、ブラウスのボタンが今にもはち切れんばかりの二つの果実を強調するように腕を組んで立っていた。

 まるで煩悩の塊のような人だ。


「待たせたわねぇ。真魚くぅん」


 くぅん、じゃない。


「え?えっと……どなたですか?」


「あらぁ……担任の事を忘れるなんてぇ……イケない生徒ねぇ」


 いちいち吐息を漏らさないでほしい。変な気分になってしまう。

 いや、それよりもこの人は今なんて言った?


「あの……うちの担任はもっと昭和の香りが強すぎる男性教師なんですが。そもそもあなたは誰なんですか?うちの学校にあなたみたいな思春期真っ只中の男子中学生の目に毒そのものな女性教師なんていませんよ。もしかして変質者ですか?通報しましょうか?」


「んん……!!先生にぃ……なんてこというのかしらぁ」


 やだ、ナニコレ……。

 こんな立ってるだけでセクハラに値するような教師なんて三次元に存在しない。

 いや、いてなるものか。


「ほんといい加減にしてください。警察呼びますよ」


「ああん。警察は勘弁してぇ。本当に担任なのぉ。もといた担任は……その、ちょっとやむを得ない事情で辞めることになってぇ、それで赴任してきた私がぁ、空いた席に立候補したのぉ」


「ちなみに担当科目は?」


「保健体育よぉ」


 ですよね。期待を裏切らない回答でした。


「まぁ固い話は置いといてぇ……えい☆」


「うわっ!?」


 突然天井が視界に入ったと思ったら、それは僕が担任、もとい痴女に下半身からタックルされて押し倒されていたからであり、誰もいない教室で女教師に跨がられるというあまりに不健全極まるな状況シチュエーションに気が動転した僕は、ただただ混乱の極みであった。

 こんなところを誰かにみられようものなら、それはもう文○砲どころではない。


「うふふ……。固いのはぁ、話じゃなくてココかしらぁ?」


 もう嫌だ!なにこのR18指定の女教師!てかこの状況って……僕の貞操の危機!?ふざけるな!誰か助けて!神様仏様っ!


「だ、誰か!!痴女が!痴女が出現しました!」


「ダメよぉ?そんな悪い口利いちゃあぁ……先生のお口で塞いじゃうぞぉ?」


 うあー!こんなところで大人になんてなりたくない!



「何やってるんだ!この馬鹿者が!」


「痛い……!!」



 僕の大事なナニかを奪われる寸前で何者かに助けられたようで、馬乗りになっていた痴女は頭を抱えて悶絶していた。


「ハァハァ……堪らなぁい」


 というか、気持ち良さそうにしているのが気色悪い……。



「ギリギリで助かったみたいだね。大丈夫かい?真魚君」


 そっと手を差し出してくれたのは、一足先に麦穂と帰ったはずの海だった。

 肩で息をしているところから、走ってここまでやってきたようだ。


「まったく……どうしてこの変態が学舎にいるんだ」


「その様子だと、海はこの痴女のこと知ってるの?」


汚物を見るような目で痴女を見下ろす海は告げた。


「知ってるも何も、真魚君も知ってるはずだよ」


「へ? 」


「この変態は……天台宗の開祖『最澄』だよ。とんだ性癖の持主だけどね」


「イェーイ。ピースピース」


 ダブルピースのお姉さんは、まさかの二人目の偉人でした。



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