第6話「キスの日」と聞いて。

月翔「えっ、キスの日?」

羊「あたしたちは…今さらというか何というか…ねぇ、初めてのキスって覚えてる?」

月翔「そうだなぁ…僕たちが付き合いでして初めて羊を家まで送った時だっけ?」

羊「………違うもん」

月翔「えっ」

羊「告白よ。月翔が告白してくれとその後したもの」

月翔「そ、そうだったっけ?ごめん」

羊「確かに送ってくれた後のキスってドキドキしたわ。

いつお母さんに見つかるか、ちょっとハラハラしたのもあったけど」

月翔「あ、うん、それは確かに。多分その印象が強いんだと思う……

ごめん、怒ってるよね?」

羊「うん。私にとって初めてのキスだったのに」

月翔「僕にとってもその…初めてだったよ」

羊「だから……仕方ないから許してあげる。キスして。いっぱい」

月翔「ホント?それでいいの?」

羊「うーん、ちょっとショックだったけれど……

何だろ、月翔って嘘がつけないし真面目だし、とっても素敵なあたしのスパダリだから…ふふふっ。いっぱいサービスしてくれるんなら許してあげる…なんてね。

……それだけあたしたち、たくさんの思い出とキスを積み重ねてきたってことじゃないかな」

月翔「あ、うん…そうなんだ?中学の時からだから…10年だよね。結婚してからはまだ1年ちょいほどなのに…」

羊「…あっ、待って、やだ。鎖骨はくすぐったいって言ってる…んっ」

月翔「えー。いっぱいサービスしてって言ったのに」

羊「もう。これじゃご飯どころじゃなくなっちゃう…ベッドに行く?」

月翔「そうだなぁ…さっきのお詫びってわけじゃないけど…キスの日って聞いたら、俄然羊にいっぱいキスしたくなっちゃった。唇じゃ足らないくらい」

羊「うふふ。今日の月翔はちょっと積極的ね。嫌いじゃないわ」

月翔「だってキスの日ですから」




寿城「…俺のファーストキス?」

蓮美「うん。どんなのだったかなぁって」

寿城「…いや、まぁ…初めて付き合った子と、普通に…だよ」

蓮美「どんな子だった?」

寿城「んーー…同じ海上保安学校の女子でさ。サバサバして男勝りなヤツだったよ。

本能的に恋愛してるっていうか…ロマンチックなムードとかあんまりなかったかな。

キスして終わり、セックスして終わり…あ、いや、なんでもない」

蓮美「えっ?」

寿城「と、とにかく…お前とは、蓮美とは正反対で…あんまり『恋愛してた』って感じがなかったんだよ。ホント、なんか衣食住、三大欲求を日常的に済ませるだけ、みたいな」

蓮美「食欲、睡眠欲、性欲?」

寿城「そこはもういいって…お前こそ、どうだったんだよ」

蓮美「それこそ私は、前に付き合っていた職場の先輩だったわ。私のほうも…

うーん…なんていうか職場で求められることが多かったから、キスも海水の、しょっぱい思い出しかなくて」

寿城「えっ」

蓮美「だ、だってだって…仕事中に他のスタッフから見えない、水槽の死角になっているところでキスされたことあったもの…ドキドキなんてものじゃなかったわ」

寿城「……」

蓮美「…だから言ったじゃない…私の初めて、全部寿城にもらってもらいたかったって」

寿城「…ごめん…」

蓮美「あ、ううん。私こそごめんね…もう過ぎたことなのに…あっ」

寿城「どうした?」

蓮美「あの高校生カップル…」

寿城「うん?…んっ」

蓮美「マスク越しに…キス、ししてたね」

寿城「…そうだよな、今のご時世、マスク越しのキスなんて当たり前だよな」

蓮美「私たちも、しよ?」

寿城「えっ…ちょ…ここ、駅前だぞ?人通りもそこそこあるし…」

蓮美「ダメ?」

寿城「……一回だけだぞ」

蓮美「…」

寿城「…」

寿城(……やっぱり…蓮美の『香り』は濃厚だ…こんな至近距離じゃ、クラクラする)

蓮美「…ふふふっ…皆見てるね」

寿城「…お前がしようって言ったんだろ…」

蓮美「あっ。寿城、耳まで赤くなってる」

寿城「…うるせぇ…」

蓮美(寿城の『音』はいつもとても大きくて激しい…けど、とっても優しいの…

聞いてて寿城が何を考えているか、だいたいわかる気がする。

口にしてることはどこかぶっきらぼうだけど、根はとても優しくて繊細…)

蓮美「寿城」

寿城「うん?」

蓮美「大好き」

寿城「…………」

蓮美「どうしたの、ため息なんてついて」

寿城「…蓮美、耳貸せ」

蓮美「うん?」

寿城「……俺も、好きだよ」

蓮美「………。ふふっ、うん、好き。大好き…うふふっ」




蔵人「キスの日、ねぇ…零韻の初キッスっていつ?」

零韻「うわ、何も脈絡なく妹にそんなこと聞くかな…

ホント兄さんでデリカシーない。この変態」

蔵人「変態はひどい。俺は純粋に妹の恋愛事情を心配してるだけだ」

零韻「放っておいてくれ。それこそ過保護なプライバシー侵害だ。

私がいつ、誰とキスとようと勝手だろう」

蔵人「キスしてくれる人、いたんだ」

零韻「中学の時に一回…あっ」

蔵人「え、一回?もしかしてあの時?」

零韻「くそっくそっくそっ…悔しい…こんな誘導尋問に引っかかるなんて」

蔵人「安心しろ、誘導も尋問もしてないから。

……よりによって、あの時かよ」

零韻「い、いや…あの、ごめん。忘れて。あれはその…私が悪いんだ。

私が油断したから…」

蔵人「油断も何もないだろ。女の子に暴力振るうような男は来世でフンコロガシにでもなればいいんだよ」

零韻「………」

零韻(あの時、兄さんが来てくれなきゃ…私、何されてたか分からない…嫌なこと、思い出し…)

蔵人「嫌なこと、思い出させちゃったな」

零韻「えっ」

蔵人「手、震えてんだよ」

零韻「…兄、さん…?」

蔵人「…呪いの苛まれるお姫様へ、王子さまからのプレゼント」

零韻(……手の甲への、キス…)

蔵人「眠れなかったら俺に言え。怖かったら俺を呼びな。いつでも、どんな時も、

俺はずっとずっとお前の傍にいるから。お前の心も身体も、全部守ってやるから」

零韻「……ありがとう、兄さん。母さんの手伝い、しなきゃ」

蔵人「…」

蔵人(締まんないな…あの時から、零韻は恋愛に臆病になってる。『俺のことを含めて』。

なぁ零韻…どんな形でもいい。俺はお前に幸せになって欲しいんだよ…そう、どんな形でもいいんだ。

生きててくれさえすれば…それでいい)

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