嘘を吐く正直者

【嘘を吐く正直者】①

「エピメニデスもただ、『クレタ人は嘘つきだ』と言いたかっただけなのかもしれないね」

 と、東條が言った。遠く離れた二人の勝負を見終みおわり、すでに能力を解除している。

「たったそれだけの言葉が、今や二つの矛盾した真実を生み出してしまった。

 彼も同じだよ。ただの『嘘つき』か、それともうそく『嘘吐うそつき』か。その言葉はどこまでが真実で、どこからが嘘だったのか。その正解なんて分からないんだ。『自分は嘘つきだ』も『自分は正直者だ』も、どちらも合わせて彼という人間なんだから」

 東條は独り言のように語る。近くのソファにはあの少年、アカリが座っている。

「人間である以上、『あなたは嘘つきか正直者かどっちですか』なんて質問には誰も答えられないね。二人の勝負は予想外の結末だったよ」

 東條の独り言にアカリは、ちと舌打ちをした。

「何が予想外、だ。最初からそうなるって分かってたくせによ」

「おや、なんのことかな。僕は知りたいことを知るだけだ。かなめ君みたいに未来みらいのことをさぐるなんて、僕にはとても出来できないよ」

 東條はわざとらしくそう言った。アカリは眉間にしわを寄せ、何か言いたげにもう一度大きな舌打ちをした。

「というわけで、君との勝負は『勝者も敗者もいない』と予想した僕の勝ちだね。このお金はありがたく貰っておくよ。かなめ君とお昼ご飯でも食べに行こうかな」

 東條は机の引き出しを開け、クリップでめられた十万円をそのまま中に仕舞しまう。そして中庭を見つめると、話し始めた。

「……まったくおかしなことだね。死にたくない、というだけで自分の命も記憶も、何もかもを全部賭けてしまうんだから。

 頭から脳みそをこぼした死体に戻りたくない、というだけでね」

 中庭を見つめる東條の目には、その人物へのあわれみが浮かんでいた。

「彼が神様とした約束なんてものも、あの神様にとってはたんなる気まぐれでうなずいただけなのかもしれない。最初から守る気もないのかもしれない。それでも彼は、もう止まれないんだ。

 自分がどうなるか分かっていながら、彼は嘘をつき続けるしかないんだよ」

 東條は一人で話し続ける。アカリは興味がなさそうな顔を浮かべながらも、東條の話を黙って聞いている。

「どんな勝負でもひょうひょうい、死にたくないと言いながらいとも簡単に自分の全てを賭ける。それが彼の作った『京谷要』というキャラクターだ。

 でもね、アカリ君。今の彼は自分がどっちなのか、それも分からなくなっているんだよ。

 僕としてはそこが心配だね。作り出した嘘と元からあった本物。その境界線が曖昧あいまいになっているのなら、彼はいつか……」

 東條は、そこで言葉を止めた。

「……いや、やめようか。これはお節介せっかいぎるね」

 東條は首を横に振り、話を一区切ひとくぎりさせる。そして、アカリに顔を向ける。

「アカリ君。どうして僕らが“賭け”を断れないか、分かるかい?」

「知るかよクソボケ」

 と、アカリはすぐさまそう言い返した。東條は仕方なく投げかけた質問に自分で答える。

「どこかの退屈している神様は僕たち人間の可能性に賭けたんだよ。『この人間たちに二度目の人生を与えてみたら、自分の退屈は消えるかもしれない』とね」

 はん、とアカリは鼻で笑った。

「それで、面白くなかったら死体に戻すっていうのか?」

「そうだよ。その神様はいつだって気まぐれだからね。

 かなわない奇跡きせきも死を回避かいひする確率かくりつ操作そうさも、すべてはその神様の気分きぶん次第しだいなのさ。奇跡を起こすかどうかを決めるのも、面白おもしろくないおもちゃをいつ捨てるのかも、全部はその神様の気まぐれだ。

 そんな、いつ捨てられるか分からない『気まぐれ』に命を賭ける人生も悪くはないけれどね」

 と、最後に付け加えて東條は話を終わらせた。

「気まぐれなんてくそくらえだぜ。そんな神なんていねえんだよ」

「おや、アカリ君。それは君の人生を総括そうかつしての言葉かな?」

「うっせえな。黙ってろよクソジジイ」

「はいはい。言い過ぎたよ」

 中指を立てるアカリに東條はそう返す。そのさまはさながら問題児もんだいじの態度にあきれる教師のようである。

「ところでアカリ君。そろそろ風見亭に出勤する時間じゃないのかな。遅刻ちこくはだめだよ。僕が他の子たちからいろいろ言われるんだから」

「うっせえな。言われなくても時間ぐらい分かる」

 東條が声をかけるも、アカリはソファから動こうとしない。どころかスマートフォンを取り出してゲーム画面を起動させている。

「あんまり遅刻すると、給料出さないよ」

 聞こえているはずだが、アカリは返事もしない。

「僕としてもあまり言いたくないけどね。仕事も真面目にしない人はクビにしないといけなくなるんだけど」

 アカリは無言で東條に中指を立てて見せた。

「……そうか。そういう態度を取るなら仕方がないね。君がずっと行きたがっていたケーキバイキングにはかなめ君と行こうかな。君から貰ったお金もあるし、ちょうどいい。何度も遅刻をしたり、真面目に仕事をしない人を連れて行くわけにはいかないからね」

 言い終わると同時。アカリが、ばっ、とソファから立ち上がった。

 そそくさとスマートフォンを尻のポケットに突っ込むと、

「じゃあな。オレはお前と違って暇じゃねえんだよ」

 と言ってバタバタと部屋から出て行った。

「やれやれ。素直じゃないところは子供だね。いつもあんな風だといいんだけど……」

 玄関の引き戸が閉められる音を聞きながら、東條はぽつりと呟いた。

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