第8話 二番目ぐらいが


「また面倒なところに遭遇しちゃったな……」


 目立たないところで告白するのは学校ではもう見慣れた光景だが、まさか朝凪さんが当事者とは。


 まあ、朝凪さんが告白されるのはわかる気がする。クラスでは天海さんがとても目立ってはいるものの、朝凪さんだって美人なのだから、天海さんよりも彼女の方に目が行くことも、中にはあるだろう。


 相手の男子生徒はウチのクラスではない。別のクラスか、はたまた上の学年か。


 正直、成功しようが失敗しようが、他人の色恋などどうでもいいと俺は思っている。テレビ番組などでもよく芸能人の熱愛話が報じられているが、他人の話でよくもまあそんなに盛り上がれるものだ、と。


「……俺には関係ないか」


 そう一人で呟いて、俺は所定の位置に戻った。いくら偶然に居合わせたとはいえ、人にはあまり知られたくない光景をのぞき見されるなんて嫌だろうし、俺にもそんな趣味はない。


 俺はずっとここで一人で、朝凪さんが告白されたことなんて知らない。


 それでいいのだ。


「……じゃあ、付き合っている人とかがいるんだ」


「あ、え~っと、付き合ってはいないんですけど」


「好きな人はいる?」


「いえ、それも別に」


 しかし、見ないようにはしていても、つい二人の話に聞き耳を立ててしまう自分がいる。


 今まではそんなことなかったはずなのだが、やはり女子のほうが朝凪さんなので、なんとなく気になってしまう。


 趣味が悪いことは、わかっているのだが。


「……やっぱり場所変えるか」


 この場にとどまっていてもなんとなくいたたまれないので、二人にバレないよう、こっそりと場所を移すことに。


 学校にいる中で唯一リラックスできる時間なのに、どうしてこんな場所で告白をするのだろう。放課後とか、それこそ学外でとか、もっと他所でやってほしいものだ。

 

 こんなところでも、人知れず追いやられているぼっちがいることをもっと知ってくださいと。


 ということで、なるべく物音を立てずに自転車置き場から去ろうとしたとき、


「!? ひゃっ……」


「っ……!?」


 突然角から現れた人影とぶつかってしまった。


 幸いどちらも軽く体をぶつけるだけで済んだので、盛大にこけるたり、また物音を立てることもなかったが――しかし、ぶつかった人がまた面倒な人だったのだ。


(もうこんなところに一体誰が……って、あれ? 前原君?)


(! 天海さん……)


(私もいるよ)


(……新田さんも)


 現れたのは、朝凪さんの親友である天海さんと、それからその友人(であると思われる)の新田さんだった。


 どうしてこんなところに、と本来なら思うところだが、まあ、彼女たちもひそひそ話な時点でお察しである。


(どしたの、前原君こんなとこで……あ、もしかして前原君も海の様子を見に来たの? えへへ、いけないんだ~)


(え、あ、いや……俺は別に)


(ふふ、冗談冗談。偶然この場所に居合わせたとか、そんな感じなんだよね? ごめんね、うちの海が迷惑かけちゃって)


 そもそもなんでこんな場所にいるかという疑問もあるだろうが、天海さんは決してそういう事を言ったりはしない。


 あと、まともに受け答えすらできない俺に対しても、変な目で見たりせず、みんなに振りまくのと同じ笑顔をこちらにも向けてくれる。


 白い歯を見せてにかっと笑う天海さんは可愛く、まさしく物語のヒロインという表現が相応しい。


(夕ちん、それはともかく、ほら、こっちこっち。ここからならばっちり様子がのぞけるよ)


(うん。……あ、せっかくだから、前原君も見てく?)


(え? あ、いや、俺は……)


 天海さんの申し出とはいえ、それでも朝凪さんに悪いので断ろうとすると、天海さんの後ろにいた新田さんの手が俺に肩に伸びる。


(ちょっと前原って人! 今動いたらバレるから、しばらくそこでいて)


(いや、でも)


(いいから。とりあえずここにいるだけでいいから)


 そのままがっちりと掴まれて、半ば強引にその場に座らせられる格好に。


 人に迷惑かけるぐらいなら、始めからこんなことしなければいいのに。どうしてそこまでして他人のことを知りたがるのか。


(……ごめんね、前原君。ニナち、こういうのに目がない人だからさ。……まあ、今回は私も気にはなってたんだけど)


(天海さんも?)


(うん。だって、海は私の親友だから)


 そういうものなのだろうか。考えてみれば、今回は撃沈模様だが、例えば朝凪さんがこれから誰かと付き合うとなれば、これまでのようにほぼ毎日べったりとはいかなくなる。


 時間は誰にとっても平等で有限。だからこそ、どこかで時間の割り振りをしなければならない。


 そうなると、朝凪さんに真っ先に切られるのは俺だろう。


「……付き合ってる人も好きな人もいないんだったら、まずはお試しでもどうかな? もちろん、途中で好きな人が出来るんだったら、俺もあきらめるから」


「いや、それもちょっと勘弁してほしいかな……」


 あちら側の状況はというと、どうやら男子のほうが随分と粘っているようだ。


 朝凪さんはすでに断っているのだが……現在付き合っている人も好きな人がいなかったとしても、それで困らせて嫌われたら意味がないと俺なんかは思うが。


 ……なんだかんだで、結局は二人と一緒に様子を見てしまっている。


(へ~、今回の男子はなかなか粘るじゃん。今までの奴らと違って、もろ体育会系だから、海もちょっと対応に困ってる感じ)


(……今回?)


 新田さんの解説に、俺は思わず訊き返してしまった。


 今回。今までの奴らと違って。


(海、入学してから結構こんな感じでわりと告られてるよ。もうこれで四回目? だったかな?)


(五回だよ、夕ちん。他校のヤツが一人いる)


(らしいですよ?)


(いや、俺にいわれても……)


 そんなにされているのか。入学して半年ほど経っているが、それってかなりのハイペースなのでは。

 

(すごいよね。海ってさ、本当モテモテなんだよ。海と一緒に遊んでると、声かけられるのはいつもあの子だし)


(それは夕ちんが眩すぎるからじゃん? ほら、誰もが憧れるアイドルは無理でも、その脇にいるバックダンサーならワンチャン、みたいな)


 新田さんの例えは正直微妙だが、言わんとしていることは大体わかる。


 男子にも女子にも人気があって、いつも輪の中心の中にいる一等星より、ちょっと輝きは劣っても、それなりに美しい二等星なら自分でもという錯覚。


(え~、そうかな~? 海は私なんかよりずっと美人だと思うけどな。ねえ、前原君もそう思わない?)


(……いや、どうだろう)


 俺は天海さんが一番可愛いと思うが、それを正直に言うのは、新田さんがいる手前とても良くない気がする。というか、これ以上部外者(表向きは)の俺にコメントを求めないでほしい。


「はあ……とにかく、アナタから何を提案されても私の答えは『NO』です。ごめんなさい」


「じゃあ、せめて友達からでも――」


「……そういうのだったら余計間に合ってるんで」


 朝凪さんもいい加減面倒になったのか、思い切り突き放しにかかる。情熱は認めるが、さすがに人が嫌がるレベルまで食い下がるのはダメだ。


(……お、どうやら終わったみたいだね。さて、私たちもさっさと教室に戻りますか)


(あ、ニナちってば、前原君にちゃんと……ごめんね、前原君。ヘンなことに巻き込んじゃって)


(……いや、気にしないで。結局は俺も同罪みたいなものだから)


 ただ、天海さんと一緒にいたことは秘密にするとしても、こっそり見てしまったことは朝凪さんにしっかり謝ろう。居合わせたのは偶然とはいえ、やはり友達に隠し事をするのは良くない。


「夕ちん、なにしてんの。早く行くよ~」


「ごめん、今行く。……あ、そうだ。前原君、スマホ貸してもらっていい?」


「え? あ、いいけど」


「ありがと」


 反射的に差し出した俺のスマホを受け取って、なにやら天海さんがポチポチとやっている。


「天海さん、何を……」


「えっとね~……もし何かあった時の口止め、かな?」


 そう言って、天海さんが俺にスマホを返す。


 ディスプレイに表示されているのは、俺のものではない電話番号。


「はい、私の連絡先。前原君のも登録するから、後で電話してね」


「あ、ちょっと――」


「じゃ、また昼休み後に教室でね。……今日のことは、海には秘密だよ」


 そう言って、俺の制止を待たず、天海さんは俺の元から颯爽と去っていった。


「……やっぱり面倒なことに」


 ほとんどの男子が喉から手が出るほど欲しいであろう天海さんの連絡先だが、俺にとっては新たな火種を抱え込んだような気しかしなかった。

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