第47話:蒼き流星!
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「マスター、本当に大丈夫ですか?」
「だから気にすんなって。これでも一応兵団で訓練は受けてたんだから」
とはいうものの、ぶっちゃけ結構しんどかったりした。
いくらニーヤが軽いといっても、背負って運ぶのは想像以上に大変である。
しかしニーヤのためならばなにするものぞ、と気合を入れ直して再び歩き出す。
「こうしてるとさ思い出すよな、迷宮でのこと」
「そうですね。大変でしたがワタシにとってもとても有意義なひと時でした」
「泉エリアで魚を手づかみしようとしていたニーヤの様子、面白かったよ」
「あ、あれは……その節は大変ご迷惑をおかけしました……」
「いやいや、別に攻めてるわけじゃ。あの時からなんだよ、ニーヤが俺の中で人間と変わらないように見え始めたのって」
「ワタシが、人間に……?」
ニーヤのか細いつぶやきが闇の中へ溶けて消えてゆく。
「そっ。なんかアインの装備扱いにされてるけど、ニーヤにはちゃんと命があって、暖かくて、一緒にいて楽しくて……そんなちゃんとした1人の人間なんだなぁってね」
肩にかかったニーヤの右手へわずかに力が篭った。
ニーヤは一馬の背中へ更に身を寄せて来る。
暖かさと柔らかさがより密に伝わってきて、恥ずかしいような、それでいて嬉しいような気持ちが胸の中へ湧き起こる。
「いつもありがとうございます。ホムンクルスのワタシへ優しい言葉をかけてくださって」
「思ったことを正直に言ってるだけだから」
「そうでしたね。そこがマスターの良いとこ――っ!!」
突然、強張ったニーヤの感触が背中から伝わって来た。
「敵反応あり! 来ます! すぐに後ろへ飛んでくださいっ!」
言われた通り、ニーヤをしっかりとおぶりつつ後ろへ飛び跳ねる。
刹那、脇の水路から水柱が沸き起こった。それまで佇んでいたところへ、鋭利な軌道が刻み込まれる。
毒々しい鱗に、魚のようなヒレをつけた人型の異形。
「識別完了! サハギンです!」
「半魚人ねってやつね。お初にお目にかかる!」
とりあえず軽口を叩いてみた。実際は、ギラギラ光る眼と、ヌメヌメした体、なによりもカサゴのように全身が尖っているし、更にどぶ川から現れたものだから、気色悪いことこの上なかった。
そんな奴さんは、久々に獲物が来たと興奮しているのか、奇声を上げながら続々とどぶ川から這い上がってきている。
気が付けば前後は気色悪いサハギンに挟まれてしまっていた。
「マスター、戦います! 降ろしてくださいっ!!」
「む、無茶言うな!!」
ニーヤは一馬の背中で勇ましくそう叫びながら、自由に動く右腕をぶんぶん振り回している。
しかしニーヤを降ろしたところでまともに戦える気はしなかった。むしろ地獄絵図しか想像できず、ニーヤを開放するわけには行かない。
(じゃあどうしよう? どぶ川へ飛び込むか? いや、川の中にサハギンがいたら地獄絵図どころじゃないし……)
ならば、ニーヤを背負っている一馬が彼女の足の代わりとなるか。
いや、戦闘時のニーヤのような曲芸師じみた動きなんてできるはずがない。
「SAHAAA!!」
その時、先走ったサハギンが一匹、口をすぼめてどぶ川の水を鉄砲のように吐き出す。
しかしサハギンの水鉄砲はニーヤが発生させた青い魔力障壁に阻まれ、周囲にはじけ飛んで、嫌な臭いが残るだけだった。
(そうか、これだ!)
瞬時に打開策を閃いた一馬はニーヤのお尻をぐっと押し込んで、背中へ密着させる。
「きゃっ! マ、マスタ―、いきなり何を!?」
「悪い! でも必要なことだから」
「そうなのですか?」
「おう! この状況を切り抜けるためのな」
たった一言で納得したニーヤもグッと身を寄せてくる。さすがは迷宮を踏破した最強コンビである。
一馬はグッと地面を踏み込んで、僅かに膝を曲げた。
サハギンはべちゃべちゃと、君の悪い足音を立てながら、煌々と魚眼を輝かせながら迫る。
「いくぞぉぉぉ!!」
一馬はニーヤを更にしっかりとおぶりながら、思い切り地面を蹴った。
体がグッと前に出て、猛然と目の前のサハギンへ駆けてゆく。
いきなりの一馬の行動に、驚いたサハギンどもはたじろぐことしかできない。
「ニーヤ、魔力障壁発動っ!」
「了解っ!」
一馬の指示にニーヤは間髪入れずに応え、右手を正面へかざしした。
展開された青い障壁が、一馬の走りに合わせて彼とニーヤを幕のように包み込む。
その姿はさながら――夜の運河を鮮やかに滑るき蒼き流星のごとし!
「「「「SAHAAA!――!!」」」
障壁に弾かれたサハギンは吹っ飛び、壁へあるいはどぶ川へ再び叩き落とされる。
しかしどぶ川から新たなサハギンが飛び出し襲い掛かる。
「二発目ぇぇぇ!」
「了解っ!」
「「「「「SAHAAA!――!!」」」」
再び青い障壁に包まれたニーヤを背負った一馬はサハギンをぶっ飛ばす。
そうしてそのまま、全力で回廊を駆け抜けてゆくのだった。
●●●
「はぁ、はぁ、はぁ……やった、VーMAX作戦大成功……」
「ぶいまっくす? 魔法の名前ですか?」
「いや、こっちの話」
きっと瑠璃ならVーMAXの意味を理解し、サムズアップを返してくれるような気がした一馬だった。
「で、出口までどんぐらい進んだ?」
「残念ながら未だ10km。先ほどのV-MAXとやらでルートを外れてしまいました」
「マジか!?」
「マジです」
危機は脱したものの、根本的な問題は一切進展しなかったようだった。
先へ進みたいのは山々だが、全力疾走をしたため、息も絶え絶えである。
「お疲れのようですね。少し休みましょう」
「そうするか」
「ついでに補給を具申します! さっきの魔力障壁と、回復作業のため、魔力ストレージがゼロに近いですっ!」
ようはニーヤもお腹が空いたということらしい。
腹が減ってはなんとやら。脇にどぶ川が流れていて匂いは気になるが四の五の知ってはいられない。
かくして一馬とニーヤは、腰を据え、暫しの食事休息を取ることにする。
とはいってもこんな状況になるなど想定の範囲外。持っていたのは携帯食のビスケットのようなものが三枚。
一枚ずつはお互いに食べるとして――
「やはりワタシに二枚渡しましたね?」
既に考えはニーヤに見透かされていたらしい。
「まぁ、そういうな。アインの無い俺はただの人だからニーヤに頼るしかないし。これは戦略的な判断だ」
「そうですか」
ニーヤはいやにあっさりと二枚のビスケットを受け取った。一枚はまるで小動物のようにかじかじして、あっという間に平らげる。
そしてもう一枚へ前歯を立てた。
ニーヤの口と右手の間にあるビスケットが軽快な音を立てて、やや不均衡な大きさに割れた。
片方を膝の上へ置くと、口に咥えたビスケットを手に取り、一馬へ差し出す。
「どうぞ」
「よりにもよってそっち?」
「こちらの方が大きいので」
「いや、まぁ、そうだけど……」
「ワタシよりもマスターの方が体躯が大きいです。これは消費エネルギー量を考えた上での妥当な判断となります」
「わ、分かったよ……貰うよ」
いくら言っても、こういうことをニーヤが効かないのは十分承知している。
仕方なく、ニーヤが口で割ったビスケットを受け取る。
ビスケットの端には小さな歯型と、ほんのちょっぴりの潤いが。
しかし眺めていてもらちが明かない。自分も腹が減っているのは確かである。
意を決して、ニーヤから受け取ったビスケットを一気に頬張った。
妙に頬が熱くなって、甘酸っぱい味がしたような気がするのは気のせいか。そもそもビスケットに柑橘系のフレーバーが加えられていたか否か。
「いかがですか?」
「ん?」
「僭越ながら分泌液へワタシの魔力を少々注ぎました。多少の体力回復の足しになります。お味もいかがでしたか?」
「……」
「マスター?」
「このポンコ……いや、うん、ありがと……美味かったよ」
せっかく自分のためにやってくれたのだから無碍にはできない。しかしビスケットについていた潤いが確信犯だったとは。
ニーヤの味は少し甘酸っぱい柑橘系……複雑な気分の一馬である。
どっと疲れが押し寄せてきた一馬を眠気が襲い、意図せず欠伸が沸き起こる。
「マスター、少し休まれることを進言します」
「そうしたいのは山々なんだけどね」
ここはサハギンのような不気味な魔物が闊歩する場所。おちおちと眠るには危険だと思う。しかしそんな場所であろうとも、消費した身体の中で睡魔がどんどん膨らみ、欠伸の回数が増えてゆく。
「ここでの危険を憂いておいでですね。でしたら……」
突然、ニーヤは立ち上がった。不自由な左足を引きづって一馬へ近づいてくる。
「ちょ、おま!?」
ニーヤは胡坐をかいていていた一馬の膝の上へちょこんと乗っかり背中を預けて来た。
「ここでワタシが番をします。多少熱も発しますので、心地よくも致します」
「……わかったよ、ありがと」
せっかく一馬のために身を張ってくれると言ってくれているのだから、これも無碍にはできない。
第一、ニーヤが膝の上に乗っかっているだけで、身体かぽかぽかと温かくなり、自然と瞼が下りてゆく。
「じゃあ少しの間頼んだぞ、ニーヤ……」
「はい、お任せを。ごゆっくりお休みください」
一馬は遠慮せずニーヤを抱きしめ、小さな頭へ顎を乗せて、瞼を閉じる。
幾ばくもなく暗く静かな地下水道へ、一馬の穏やかな寝息が響き始めた。
ニーヤは周囲へ気配を配った。
魔物の接近は無し。ドラグネットが追従させている鳥ゴーレムも通信魔法は切っているのは確認済み。そして愛するマスターはニーヤの後ろで夢の中。
ニーヤは一馬を起こさないようそっと身体を反転させる。
相変わらずいい顔をして寝ていると思って、薄い胸の奥がいつも通り疼いて熱い。
「マスター、相変わらず素敵な寝顔ですよ」
そうしてニーヤはいつも通り、寝ている一馬の頬へ、小さくキスをする。
マスターが、一馬のことが好き――その気持ちがこういうことをさせているのか。ニーヤ自身は良くわかってはいない。
だけどしたくなる気持ちが抑えきれず、たびたびこうしてこっそりと一馬の寝込みを襲うのが日課となっていた。
とはいうものの、ここ数日、一馬はドラグネットに好かれたり、瑠璃との関係を深めたりと忙しく、寝込みを襲うことができていなかった。
「マスター。貴方は素晴らしい方です。ドラグネットが好意を寄せ、瑠璃と仲深めるのは理解できます。貴方だからこそできた当然のことです。ですけど……」
自分は一馬の手足であり、道具であるホムンクルス。主に進言をすることはあっても、要求をすべきではない。
いけないのは分かっている。分かっているのだが、
「……忙しいのはわかりますけど、もう少しワタシのことも構ってくださるとうれしいです……」
「ニーヤぁ……」
「――っ!?」
一馬の二の句を警戒するものの、にゃむにゃむ口元を動かすだけ。どうやら寝言だったらしい。
しかし寝言でも、自分の名前が出た。呼んで貰えた。それだけでニーヤは十分に嬉しかった。
そしてこれからも、限りある時間ではあるものの、決して離れずこの偉大な主(かずま)へ仕え続けたいと強く思う。
「2,160日目終了。2,159日目開始。マスター、今日も一日よろしくお願いしたします」
ニーヤは何事も無かったかのように姿勢を戻し、一馬の腕の中で彼が目覚めるまで警戒を続けるのだった。
●●●
「あのさニーヤ、お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「多分またV-MAXする時があると思うんだよ」
「そうですね。あるでしょう」
「そん時のニーヤの合図をさ……“レディ!”にして欲しい」
「良いですよ。“レディ!” これで宜しいですか?」
「そうそうそれっ!」
頭の中の同志の瑠璃は再びサムズアップをしてくれる。
正直、V-MAXは一馬がニーヤを背負って走らなきゃならないので結構しんどい。しかしこういう再現の楽しみがあれば、しんどさなど何するものぞ。
睡眠をとって元気を取り戻した一馬は、ニーヤを背負って地下水道を歩き続けている。
幸い、敵との遭遇が少なく、半分ほど進んでいる。
「ところで手と足の具合は?」
「意識・運動の修復は終り、今は手足の修繕に全力を尽くしてます」
「そっか」
ニーヤがいつも通りに戻るのは喜ぶべきことだし、おんぶから解放されるのもありがたい。
とは思いつつも、背中に感じるニーヤの重さが無くなるのは、ほんの少し寂しいと思ったり思わなかったり。
そんなことを考えつつ歩いていると、頬を撫でる空気が冷たさを増した。
回廊を抜けると急激に天井が高くなり、視界が一気に開ける。
どうやら広いところへ出たらしい。
たとえ地下であろうとも、広いところへ出ると清々しさを覚える。
しかしそう思ったのも束の間、靴底が不穏な振動を、耳がここ最近ですっかり聞き分けることができるようになった足音を拾う。
「マスター、敵、来ます!」
闇の奥から現れたのは見上げてしまうほど巨大な、今の一馬とニーヤにとっては脅威の相手。
(なんでこんなところにまでゴーレムが……!)
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