第10話:ホムンクルスNO28を改め――君は【ニーヤ】

「マスター、よろしいのですか?」

「……」

「マスター! ワタシを使わないのですか!? ご蹂躙されないのですか!?」

「だから、そういうの良いって!!」


 しつこいホムンクルスへ、一馬は思わず叫んでしまった。

 工房を出て、迷宮を再び歩き出してからずっとこんな感じだったので、やむを得ない判断だった。

 

「それは命令ですか?」

「あ、ああ! 命令だ、命令!」

「そうですか……」


 ホムンクルスは急にしょげた様子で立ち止まる。

さすがに強く言いすぎたかもしれない。


「ご、ごめん。ちょっと言い過ぎた」

「いえ、問題ありません。こちらこそしつこく迫ってしまい申し訳ありませんでした。次の指示を待ちます」


 そうしてホムンクルスはぼーっと突っ立ったまま、微動だにしなくなった。

視線もどこを見ているのか、よくわからない。


「どうした?」

「? 疑問の意図が不明です」

「いや、なんでずっと立ったままなのかぁって」

「命じられていないからです」


 ホムンクルスはそう言ったきり、またまた動かなくなる。

 もしかすると……


「じゃあ……座って」

「はい!」


 ホムンクルスは嬉々とした様子で素早く座り込む。

なんでわざわざ体育座りなのかは良くわからない。


「立って」

「はい!」


 今度は直立不動。あるかないかわからない位の胸を隠している長い青髪が揺れ、少しドキドキしてしまった。


「くるりと一周回って、ワンと叫ぶ」


 くるりと一周回って、


「ワン!」


 命じた本人が思うのもアレなのだが、ホムンクルスが予想以上に命令に対して忠実すぎて、頭を抱えた。

もしくはこのホムンクルスNO28がポンコツなのか?


「どうかされましたか?」

「い、いや、なんでも!」


 時折こうして下から遠慮なく不意打ちで覗き込んでくる始末。

正直、心臓に非情に悪い。

 ホムンクルスは"そういうこと"の対象とされることも多いから、こんなに愛らしい見た目をしているのか。


(煌帝国の国民ってロリコンばっかなのかなぁ……)


 一馬はそんなことを考えつつ、背嚢から就寝用に持参した大きな麻布を取り出した。


「とりあえず両手を上げて」

「はい」


 ホムンクルスは素直に手をあげる。そして彼女の胸から下へ、麻布を巻き付けた。

最後に内側へ入り込んだ長い青髪を引きぬけば、はい完成。

 素材は味気ないが、ノースリーブのドレスを羽織ったような格好へ早変わり。


「苦しくないか?」

「苦しくはありません。絶妙な締まりです。しかし、なぜこのようなことをなさるのですか?」

「風邪引くかなぁと」

「ワタシは人間の病気にはかかりません。むしろ、こちらはマスターの体温を保持するためのものです。早急に解除を具申します」

「いや、良いよ、そんな布切れ一枚くらい。それに、なんだ、いつまでもそんな恰好されてるとね」

「なるほど。マスターもこのボディに欲情してしまうということですね?」

「なっ――!!」


 予想外の言葉に、一馬は言葉を詰まらせた。

 そんなことは無いような、あるような。いや、あってはいけない、絶対!


「だったらどうぞ遠慮なく、ワタシを使ってください! ご蹂躙ください! これもワタシの使命です!」

「だからその気はないんだって!」

「……わかりました……」


 ホムンクルスは一瞬しょげた顔を見せたが、すぐさま直立不動の体勢を取り、動かなくなる。

 再び訪れた、微妙で静かな沈黙。

 基本的に一馬は一人や無言は大丈夫である、と思っていた。

 だけどそれは、彼に興味を持つ人が少なく、仕方なく一人で行動したり、無言を貫き通していたのだと思った。

 無言に耐えられなくなったのは、もしかすると瑠璃と一時でも楽しい時間を過ごしたからかもしれない。


「なぁ」

「何がご用件ですか?」

「いや、用ってほどじゃ……なんとなくなんだけど、君のことをこれからどう呼べば良いかなって」

「なんでも構いません。ホムンクルスでも、ホムちゃんでも、ホムホムでも」

「なんだそりゃ?」

「生産炉にいるワタシへ08隊の皆さまがそう呼んでいましたので。ちなみにホムちゃん6、ホムホム4の割合でした。他にもホムたん、ロリッ子、ちび助、人造人間、鉄人などありましたが、僅かな割合です」


 どうでも良い情報に、一馬は苦笑いを浮かべる。

 なんとなく08魔導士隊の面々が、どんな人たちだったのか察する一馬だった。

もしかすると一馬と同じく現代から転生戦士になった人たちなのかもしれない。


(さすがにホムちゃんも、ホムホムも無いよなぁ……)


 ならば素直に“ホムンクルス”で通すか? それもなんだか味気なく感じる。


(NO28だろ、日本語で二十八号……それじゃ鉄人だろ……“に”と”はち”だろ……)


 その時、閃きが一馬の脳裏を過った。


「ニーヤ」

「?」

「NO28なんだろ? だからニーヤ! どうかな?」

「二と八から音を拾ったのですね。さすがです、最高です、素敵で、とても良いと強く思いますマスター」


 えらい褒めようで、気恥ずかしいが悪い気はしなかった。

これなら皆が従順な下僕としてホムンクルスを欲しがるのも分からなくはない。


「よ、よし! じゃあ、君は今日から【ニーヤ】だ。良いね?」

「承知しました。今後、ワタシのことはニーヤ。改めてよろしくお願いします、マスター!」

「じゃあさ、ニーヤ! 今後は俺が強く命じるまで、基本的に自分で判断して行動してね」


 ホムンクルスNO28を改め、【ニーヤ】は命令の意図が分かりかねるのか、無表情のまま首を傾げる。


「よろしいのですか?」

「ほら、立ったり座ったりするのにいちいち命令するの面倒だから。重要な時は命令する。それまでは独自の判断で動いてもらえるとありがたいなって」

「なるほど、確かに。私を効果的に運用する良い命令だと感じました。マスターは聡明なお方ですね」

「そ、そう?」

「はい! では、早速ご命令通り、自由行動に入らせて頂きます」


 ニーヤの身体から少し“はにゃ~”力が抜けた。やはりさっきから命令を待っていて、気を張っているのかもしれない。しかし相変わらず人形のように無表情なまま。

先が思いやられる。しかし心強い味方であるのは確かだった。

 それになんとなくこれからは寂しくない気がする。若干ポンコツなのは否めないが。


「改めてニーヤ、ファウスト大迷宮の80層以降のことは分かる?」

「ただいま調べます。少々お待ちください」


ニ―ヤはそっと目を閉じた。彼女の足元へ青い魔法陣が浮かび上がる。

 

周辺解析開始フィールドアナライズスタート!」


 ニーヤから発せられた青い輝きは波紋のように広がり、溶けてゆく。

 やがてニーヤは目を開けた。


「85層までの存在は確認が取れました。以降不明です。ワタシの周辺解析(フィールドアナライズ)上下5層まで。なお、現階層が80というのも、事前に記録された情報と、周辺解析を重ね合わせた推定になります」


 たびたび妙なことを言うニーヤだが、機能的にはポンコツでは無いらしい。

しかし時に正確な情報とは、心を折ってしまおう忍び寄って来るもの。


(だけどなんとかして戻らないと……)


 瑠璃のことが頭を過り、折れそうだった心が再び芯を取り戻す。

 ここから生還さえすれば、兵団宿舎へ戻るのは容易で、瑠璃と再会は現実的に十分可能である。

 だからと言って時間を掛けるわけには行かない。なぜならば、瑠璃の傍には、彼女を消そうとした吉川 綺麗がいるのだから。


 そんな中、情けなくなる腹の虫。

生理現象なので致し方ないとは思うも、急ぎたいときに恨めしい身体の反応だった。

 誤魔化すために水を飲むも、飲料水も心もとない。

 

「マスターよりストレス反応を検知。どうしましたか?」


 ニーヤは顔色一つ変えずに、心配をしてきた。


「いや……そういやニーヤは食事とかどうするんだ?」

「補給は不要です。ワタシの動力は搭載されている魔石ですので稼働・戦闘・奉仕に問題はありません。経口摂取も一応は可能で、魔力予備ストレージへ溜めこむことができます」


 そうなるとこの中で一番命の危機が迫っているのは自分だけということらしい。


「参ったな……」

「マスターは自らの生命危機を憂いておいでですか?」

「? あ、ああ、まぁ……」

「この階層に泉を湛えたエリアがありますよ?」

「マジか!?」

「マジです」



【木偶人形:アイン】現状(更新)



★頭部――鉄製アーメット


★胸部及び胴部――丸太


★腕部――伸縮式丸太腕部×2

*攻撃スキル:ワームアシッド


★脚部――クズ鉄棒・大きな石


★武装――斬魔刀×1(右腕装着)

*必殺スキル:エアスラッシュ


★武装2――ホムンクルスNO28:ニーヤ×1 (*名称変更)




*前回の更新で、ニーヤがヒロイン2と書きましたが、実はこっちがメインヒロインなんです。展開的に、出すタイミングがこんなところになりました。相変わらずのスロースターターっぷりでごめんなさいw 執筆済みぶんは、あたしの作品では珍しく(笑)ストレス展開皆無です。

一章相当分は、ニーヤとラブラブしつつ、アインをどんどん強化する感じで進みます。


もうちょっと応援欲しいなと思ったりしてますので、フォロー&評価などよろしくお願いしまーす。


あ、本日夕方頃にもう一回更新しまーす!

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