第6話 途絶(1)

 ルララ子が最後の数字を言い終わる寸前、僕の脳裏に閃いたのは、

闇鍋やみなべルララ子に会えるのかもしれない」

 というシンプルな思いつきだった。


 僕にまとわりついていたのはルララ子の生き霊だったわけだから、カウントダウンが終わった瞬間に【実体】、つまり本人が僕の前に現れる。

 それが最も自然なシナリオではないだろうか?


 ついに本物のルララ子に会えるのだ。

 何から話そう。

 そもそも、なぜ彼女は生き霊なんてものを僕の元に派遣していたのだろう。

 生き霊と実体って、記憶の共有はできているのだろうか?

 ひょっとして、自分が生き霊を飛ばしているという自覚すらない?


 聞きたいことが多すぎる。

 僕の生活に干渉するのはなぜですか?

 僕の体内に手を突っ込んで何か作業していたけど、あれは何ですか?

 休みの日はどんな風に過ごしてますか?

 パクチーは食べられますか?


 でもそれも、ほんの一瞬のことだった。

 もはや事態は、妄想を働かせる段階にない。カウントダウンは終わっている。何が起きたのか、僕にはとっくにわかっているはずだ。





 結論から言うと、何も起こっていない。

 もしくは、何もかもが起こった。





 とりあえず僕は今、何もすることができない。

〈今〉という感覚もよくわからない。

〈今〉は本当に〈今〉なのか? みたいな哲学的な問いが僕の中に渦巻いている。よく正気を保てているものだと自分で感心するほどだ。もちろん、これが正気であるという保証もないけれど。


 この状況を説明する言葉としては、「世界の電源が落とされた」という表現が最も近い。


 まず、視界のすべてが暗闇になった。暗闇、というほど単純なものではないかもしれない。自分が立っているのか座っているのかもわからないし、自分の輪郭すらわからないのだから。

 声を発することはできるだろうか?

 わからない。

 それを試そうとも思わない。

 声を出して良いかどうか、自分で決めてはいけないような気がする。

 僕はすでに、僕の体を動かす決定権を喪失したように感じているのだ。

 もしかすると、僕はいま黙っているのではなく、大声を出し続けているのかもしれない。

 自分で気づいていないだけで。

 そんなことすらわからない。

 ただ、意識だけがぼんやりと漂っているような。

 とにかく、どんな行動も起こすことができない。


 ひょっとすると、これが【死】だろうか?




 そのままの状態で100年が経過した。

 あるいは5万年が。46億年が。90分が。8か月が。

 ぜんぶ合わせても13秒だったかもしれない時間が。




 唐突、とも感じなかったけれど、その状態にも終わりは訪れた。

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