第2話 彼らの戦い

 エドワードとシャーロットは眼前に浮かぶスズメを見てため息をついた。


「と格好つけたはいいものの、相手がこんな雑魚じゃな」

「格好つけていたのか?ダサかったが」

「ひでぇこと言うなぁお前」


 自身を明らかに侮っている敵を見て、苛立ちを隠さないケダモノ。

 自分は超越した存在だ。矮小な存在であるお前らが何を威張っているのか。


「って考えてるのかね?」

「このレベルのケダモノは賢くもないからな」


 彼らの考えを肯定するように、スズメは上空へ高く飛び上がった。

 スズメの必殺技だ。上空へと飛び上がり、くちばしを先端に猛スピードで落ちてくるのだ。ただの落下攻撃、特殊な能力を行使してくる他のケダモノと比べると何も恐ろしくはない。

 まあ初見だと確実にダメージを負うだろうが。エドワードもシャーロットの援護が無ければ危うかった。

 これを避ける方法はとても簡単だ。普通に先ほど居た場所から離れればいいだけの話だ。

 何しろ相当な勢いをつけて地面に降下してくるのだから、狙いを定めていた場所から敵が離れていたとしても変えられないのだ。本当にただ大きいだけのスズメなのだ。飛行を補佐するための特殊能力を持っている訳ではない。

 だがただほんのちょっと避ければ良いということでもない。

 何しろ遥か上空まで飛び上がるものだから、着地した時の衝撃が凄まじい。

 確実に安全だと思えるところまで下がるべきだ。もしくは魔法師に防壁を築いてもらうか、どちらかだろう。

 真下から迎え撃とうと考えるのは愚か者かはたまた勇者か。

 二人が選んだのは最後の選択だった。

 愚か者でもなく、勇者でもない二人は、それでも英雄だった。


「<グラドオーア>」


 エドワードが唱えると、ケダモノが着地してくるであろう地点の地面が濃い紫色の鉱物に張り替わる。

 数瞬後、こちらに降下してくる茶色の高速飛行物体、もといケダモノのスズメを認めた。

 

「着地まで五秒ってとこか」

「余裕ぶってないで気張れよ。お前は魔法が下手だからな」

「はいはい。全属性使オールラウンダーい様に言われると効くわ」


 四秒

 三秒

 二

 一。


 エドワードの体から濃密な魔力が漏れ出て、それが地面に染みこむ。

 途端に

 その結果スズメの運動エネルギーがゼロになった。

 重力とは逆の力場が発生しているのだ。

 だが二人は地面にしっかりと足を付けている。お陰でスズメの頭はこんがらがった。理解が出来ないのだ。

 そうして頭を悩ませている間に、その力場が解除された。

 自分の感覚が正常に戻ったと思った次には地面に吸い寄せられる。

 今度は重力が強くなった。地面から感じる魔力はつい先ほどまでとは打って変わって、毛ほども感じ取ることが出来ない。


「GoAAAAAAA!?」

「これに抵抗できない時点で相当な弱さだよなぁ」

「違いない」


 エドワードが持つ才能<鉱物生成>によって生み出された重力石。魔力を込めると物質と反発し、魔力を抜くと物質を強く引き付ける。ダンジョンのトラップとして見かけられる鉱物である。

 

「じゃあさっさと仕留めて戻るか」


 ダンジョンのトラップに含まれているのはせいぜいが落下を早める程度の力しか持たないが、十分以上に魔力を込めたり抜いたりすると効力は凄まじくなる。


「お前が首を落とせばいいものを、、、」

「俺は自分の分は働いた」

「はぁ、、<グランドコントロール>」


 土を思うがままに操る魔法<グランドコントロール>を唱えた後に、鋭く太い土の槍がスズメの胴を貫き、背中からその先端をのぞかせた。

 だがそこまでしてもケダモノはピンピンしていた。


「GoAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 体を真っ二つにされる寸前までに胴を貫かれているのにそれでも死なない。

 ケダモノは生き物の形を模しているだけでまともな生物ではないからである。

 ケダモノを殺す方法は二つ。頭部を含む身体の七十五パーセントを損失するまでダメージを与えるか、頭部と胴体を完全に切り離すかのどちらか。

 

「Goa!?」


 次いで嘴の間から槍が先端を覗かせた。これで頭部の損傷は十分だ。

 次々にスズメの体のあちこちから先端を現す槍。シャーロットの魔法がスズメの体内を食い破っている証拠だ。

 体の損傷度が七十五パーセントを損失したあと、痛みを感じた様子もなく抵抗し続けていた姿のまま消滅していった。

 スズメが消えた後に山盛りの羽毛が残されていた。

 ケダモノは消滅した後に時々素材をドロップすることがある。

 今回のように羽毛であったり、スズメで言えばくちばしがドロップすることもある。

 体を残したまま死ぬ魔物とは違うのは一目瞭然であった。


「折角ドロップしたと思ったら羽毛って、、、。使えないものを落としてくれたな」

「防具にすればよいだろう。仮にもケダモノの羽毛。防御という点においては便利だぞ。軽いしな」

「仕立屋探すか、、、。俺らの目的地は王都、ケダモノの素材を加工できる職人もいるか」

「<ホール>」


 シャーロットが魔法を紡いだ。空中には黒色の点が滲みだし、徐々に広がっていき、素材を十分に入れられるほどの大きさになるとその中にそれを飲み込んだ。

 基本八属性の内の闇属性。闇属性は空間、精神などに作用する属性だ。それにより収容箱のように小分けにした別空間に素材をしまい込むことができる。

 ケダモノの素材から作られる装備は世界最高の一級品になる。たとえ彼ら二人により容易く屠られるような存在であろうとも、これらは世界の脅威であることには変わらないのだから。


「「エンター」」


 再び詠唱すると、彼らがこの世界に転移してきたのと同様に、大量の魔力が励起し二人に纏わりついたのち、歪な世界から彼らは消失した。




 あの歪な世界から帰ってきたら、先ほどまでパープスライダーと戦っていたBランク冒険者たちは彼らを見てぎょっとしていた。

 いきなり何もない場所に人が現れる経験など彼らがケダモノ討伐終了した後にのみ得られるものだろう。驚愕で動きが止まるのも納得だ。

 同時に冒険者たちが二人が誰かを特定した。


「英雄、、、、?」

「わぁ!!すごい!!私、初めて見ました!!」

「お嬢様、はしたないですよ」

「わたくし達は幸運ですね」

「それよりうちは疲れたよ~」

「お前そんなこと言ってる場合かよ!!英雄だぞ!あの英雄!!」


 パープスライダーを倒して直ぐのようだが、しっかりと戦闘を嗅ぎつけて寄ってきた魔物の追撃を警戒して兜を外していない。お陰で声はくぐもっているが、それでもメンバー全員が女性であることは分かった。

 想定外の事態に騒ぎ立ててしまう程度には慢心しているようだった。

 英雄、エドワードとシャーロットは最高ランクの冒険者よりも上、冒険者における世界最強である。誰もが憧れる存在なのだ。この二人に出会った冒険者に騒ぐなという方が無理なのかもしれない。


「シャーロット」

「<グランドフォース>」


 だが結果として別の魔物が攻勢に移る機会を与えてしまった。

 魔物とは人間が大きく騒いだ時がある種の警戒が緩んだサインであることを知っている。警戒している人間は声を上げずに気配を殺し近づいてくることを、どこからか彼らは学習しているのだ。

 ガリガリッ、と盛り上がった土の壁を削る音が連続して十二個。そのすべてが魔法だった。


「複数の飛び道具による攻撃。その全て魔法だったってことは大方予想はつくけど」

「コボルトアーミーだろうな」

「っていうか君達、大声をあげるのは止めなよ!」

「す、すみません」

「次から気を付けること。今回は俺らが居たからいいけど死んでたかもしんないだぞ!」

「なんも言い返せねぇ、、、」

「今の内に逃げろ」

「は、はい」

「ありがとうございます!!」


 そう言って六人の少女は王都へと向かって走り出した。

 それを確認した後、削られた分の土を補填して防御を固めた。更に、森の出口を広く塞ぎ少女たちに攻撃が飛ばないように壁を築く。


「木属性でパッとやれない?」

「目視できないのに木属性を使って逃したりしたらどうする。他の集落の用心棒にでもなったら困るのは情報不足で死ぬ他の冒険者達だぞ」

「ただこっちを手早く片付けないとの方の対処が困るんだけど?」

「はぁ……面倒がらずに行ってこい。じゃないとあの子らが死ぬだろ?」

「はいはい。じゃあ行きますか」


 王都付近のこの森は、コの字の空白部分を王都に向けるようにして広がっている。

 それの、王都から見て左側に向かってエドワードは駆けだした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る