第29話 会談


「それで、アンタが出てくるわけか」

 

 シシカズらに連れられて、シロは彼らの本陣へと招かれる。ツェシカやデッカーらの姿はそこにはない。文字通りたった一人でリテルフェイドの代表として、その軍の指揮官の下へと訪れていた。


「それはこちらの台詞ですが」


 通された天幕の中心にいたのは、ジルチだった。もちろんグレアのところにいた時とは異なり、その衣服はメイド服ではなく急所を中心にプレートで守られた鎧姿だった。


 彼女が視線で促し、部下の兵が出ていき、天幕の中は二人だけとなった。


「メイドにしては随分物騒だと思ったけど、やっぱりアンタ元は軍人だったんだな。こんな部隊を任されているとは、あんた昔何してたんだよ?」

「……どこもかしこも人手不足で、分不相応な役回りをさせられているだけですよ。大体、それを言うなら貴方こそ一体何なのですか?」


 どれだけ能力があろうとただのメイドがいきなり軍を任されるなどありえない。本来の身分を隠してグレアのメイドをやっていたと考えるのが自然だろう。有事のための別戸籍を作成したり、潜入捜査用に別人としての経歴、人格を作ったり、あるいはもっと単純に過去を捨て人生をやり直すため等々、社会的に別の人間になる行為はどの時代、どんな文明でも行われる事である。


 彼女の場合はグレアを守るための、つまり要人警護のためメイドに紛れ込んでいた、といったところだろうか。辺境伯の孫だというグレアの身分を鑑みるに、辺境伯の指示だったのかもしれない。


「なんなんだと言われても……なんなんでしょうね?」

 

 とぼけた様なシロの答えに、彼女は大きくため息をついて、それから被りをふって再び口を開いた。


「……貴方が噂の魔獣狩りだと?」

「まぁ、そう呼ばれているみたいね」

  

 あれだけ派手に立ち回ったのだから、そういった噂が立つことはもちろん想定していた。だが噂というのは恐ろしい。魔獣狩りなんて、まるであのカルダにも勝てそうな、勝ってほしいと願っているような名前である。


「魔獣を大量に殺していた理由を聞いても?」

「人命救助、国家奉仕、金儲け、特になし、の中から好きな理由を選んでくれ」

「……素直に教える気はないようですね」

 

 彼女の追及するような視線を、シロはわざとらしく肩をすくめて笑顔で躱す。


「ではリテルフェイドで何を?」

「人命救助、国家奉仕、金儲け、特になし、の中から」

「――もういい」


 ジルチは苛立ちを隠そうともせず、乱暴な口調でシロの言葉を遮った。


「こっちも聞きたいんだけど、こんなところで何を? リテルフェイドに何かする気?」

「あんな解答をした後で、こちらがまともに取り合うと?」

「答えたくないなら、別に構わないけど」

「……安心してください。強引に今住んでいる方々に何かをしようという意思はありませんよ。街に人をやったのは、あくまで様子を見るため。私もそれなりにあの場所には思い入れがありますので」

 

 思いのほか、素直な心情の吐露にシロは少し驚いた。

 だがジルチにとっても、仕えていた主の治める街だったのだ。思い出もあれば、後悔もあるはずで、あんな風に崩壊してしまった街に何の感傷も抱かないはずがない。


「それに我々も暇ではありませんので、すぐに貴方達の前から消えますよ。救援や保護の必要もないのでしょう?」

「食料はいくらあっても困らないけど。それに資材とかあと衣服、布とか織物とかそういうのも欲しいな」

「わかりました。こちらも余裕はないですが、可能な限り融通しましょう」

「おや随分とお優しいことで」

「……用件は以上です。食料資材はすぐに届けさせます。それでは出て行っていいですよ」


 彼女が率いるこの軍は、カルダと戦うための数あるうちの一つであることは想像に難くない。

 おそらくここにとどまっている時間もあまりないのだろう。仮設の天幕や帷幕も多くはなく、あくまで小休止のために軍を止めている状態といったところか。

 

「リテルフェイドに残った子らを助けてくれたこと、感謝します」

 

 部屋を出ようとしたシロに、背後からそんな言葉が投げかけられた。

 

 ジルチは決してシロの事を快く思ってはいないはずだ。

 始まりからすでにそうだったし、その後好かれる言動をした記憶も一切ないのだから当然と言える。

 だからこそ、わかった。

 

 その感謝の言葉は嘘ではないのだと。


 例えシロがいけ好かない人物であろうと、自分たちが守れなかった人々を守って助けた事に変わりはなく、だからこそ少ない手もちから食料資材を出してもくれようとしているのだ。


「本気でカルダに勝つ気?」


 シロは思わず、そう訊ねていた。


「えぇ、もちろん」


 ジルチのその頷きには覚悟があった。それは死ぬまで戦う、死ぬまであきらめないという決意のようにも見えた。

 

「三カ月」

「はい?」

「三カ月たったら、あるいは俺もキミらに協力できるかもしれないよ」


 シロには、今すぐカルダに勝てる方法は思いつかない。そして彼らがカルダに勝つとも思えない。今、彼が言えるのは、三か月後の未来の可能性についてだけだった。


 それはともすれば彼女らを見捨てているだけなのかもしれない。今すぐ、強引にでも彼女らの行動を止めるべきなのかもしれない。

 しかし今のシロは、少し腕が立つ程度の、近接戦でちょっと強い魔獣程度の強さしか持たない。そんな彼では軍の動きを止めることなど出来はしない。

 

 大体、彼らを止めた所で三カ月後にはもっと状況が悪化していることもあり得る。彼の策が実を結ばず、カルダを倒すことなど出来ないという結論が出ている事も当然あり得た。

 

 結局、彼女らと共に歩む道はなく、ここで別れるしかないのである。


「三か月後ではきっともう戦いは終わっていますよ」


 淡々としたジルチの言葉に「そうだったら、俺も嬉しいよ」と空虚な言葉を返して、天幕を後にした。 


 ――それからシロが彼女と再会するのに、三カ月もの時間は必要なかった。

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