第23話 嵐の前


「……なんじゃここは」


 ツェシカが不満げに言葉を零す。


「何か文句でも?」

「有るにきまってるじゃろ! 街に行くといっとったのに!」

「いや、街だけど」

「街の跡地じゃろがい!」


 シロとツェシカが訪れたのは、リテルフェイド跡地。シロがこの世界で訪れた最初の街であり、そして離れた後、カルダによって破壊された街。

 

 あの大きな街が瓦礫で埋まり、あまりに無残に過ぎる姿となっていた。


「じゃが、良かったのか? あの化け物から離れてしもうて」

「あれ? ツェシカは離れた方が良かったんじゃ?」

「それはそれじゃ。何か目的があってみてたのじゃろう? もうよいのか?」

「んーー、まぁ、よかぁないけど。ずっと観察してるわけにもいかないからなぁ」


 アテアラと別れて、もう一カ月が立とうとしていた。

 幸いなことに、国崩しカルダは山深くでじっと謎の行動を繰り返していた。肉体の一部を変質させ、魔力をあらゆる方向へ放出するという奇行。シロが観察している間、そんな行為をずっと続けていた。


「……なんというか、何かを必死に試しているようじゃったな?」

「試している? というと?」

「自分の身体で実験しているというか、何か、こう上手くハマるところを探してるような感じ、じゃろうかの? 自身の状態を丁寧に確かめているようにも見えたし、何か調整しているようにもみえたが……ううん、まぁあくまでそんな気がしただけじゃ。あまり気にしないでくれると助かるの」


 ツェシカが発した調整という言葉ワード。おそらく彼女が感覚的に受け取った印象の言語化だろうが、その言葉はシロの中でもしっくりと来るものがあった。


『今回の観察中に読み取れたカルダの感情パターンは、以前と同じようにその多くが不快なもので占められていましたね』

『ずっと不快な感情で埋められているとなると……痛み、もしかして病気、とか?』

『どうでしょうか? 仮定の域は出ませんが、一考の余地はありそうです』

『……じゃあ、あとはどれくらい、あそこでじっとしててくれるかだな。このまま、ずっとあんな感じで静かに居てくれればいいんだけど』

『可能性としてないわけではありませんが、それを願うには被害が出過ぎています』


 ウルスによって算出されたこの国の被害者の数は、死者だけでも約三十八万人を超えていた。流れた血はあまりにも多すぎる。このまま平穏に終わると考えられるほど楽観的な人間はそう多くはないだろう。


「それで、こんなところに来てどうするのじゃ?」

「理由はいくつかあるけど、まぁ簡単な視察だよ」

「……意味があるとは思えんが」

「そうでもないよ」


 元の街の情報を持っているウルスならば、吹き飛ばされた瓦礫や地面に空いた大穴等、それらがこの場所で何があったのかを驚くほど正確に読み取れる。人がどれほどの魔法を使い、カルダが何をして街を蹂躙したか。その情報は値千金の価値がある。

 

 その時だった。くぅーと、鳴る可愛らしい音が響いた。


「……なんじゃ、なんか文句でもあるのか」


 その腹の音の主であるツェシカの顔は真っ赤に染まっていた。それでいて何か文句でもあるのかといわんばかりに据わった目でシロを睨んでいる。


「しょうがないじゃろ! 街に行くとか、お前が期待させる事いうからじゃろうが! 妾は腹が空いた! あったかいスープが飲みたい。野宿は嫌じゃ、ふかふかの寝台ベットで寝たい!」

 

 堰を切ったように、ツェシカはそうまくし立てた。

 元を正せば、彼女が勝手についてきているだけなのだが、期待させるような事を言ったシロにも責任の一端はあるだろう。


「えっと、なんか、ごめん。どこか街寄ったらなんか奢るから、さ」

「……約束じゃぞ」

「はい……ん?」


 その時、近くでコロンと小石が転がるような音がした。自然と音の発生源に目を向けると大きな瓦礫の隙間、暗い影の中に何かが潜んでいた。

 それは一つではなかった。


「なんじゃあれは? 人の子じゃな? なにしとるんじゃ?」

「……行く当てがない子供が住み着いてるんだろう」

 

 陰に隠れるように、五歳ほどの子供が潜んでいた。奥にも、何人かの気配があった。親を亡くしたか、あるいははぐれたか、もしくは捨てられたか。とにかくそういった子供らの集まりだろう。


 街に入ってからずっと、彼らは観察するようにじっと陰からシロ達を覗き見ていた。警戒するように、ひっそりと。その態度だけで、彼らがこれまでにどんな相手と出会ったのか、想像もできるだろう。


「なるほどの。先ほどからそこここで感じていた気配は彼奴らか。行く当てもなければ、助けが来る予定もない。賊の類に警戒しとるのか。いや、こやつらも賊紛いかもしれんな。隙を見せれば襲い掛かってくるのかのぅ? そうやってここで獣のように暮らすしかないとは、幾分可哀そうよの」


 淡々と零れたツェシカの言葉に、シロは驚いた。

 抑揚のない言葉とは裏腹に、その目の奥には怒りが滲んでいるように見えた。


「……一応言っとくけど」

「なんじゃ?」

「食べるなよ」

「た、食べんわ! 妾を何だと思っておるんじゃ!」

「いや、吸血鬼。それにお腹減ってるみたいだし?」

「そんな誰彼構わず襲わんし! お主がどう思っとるのか知らんが、吸血鬼にとってそもそも血など嗜好品じゃぞ! 大体妾がお主と会ってから、血など一滴も飲んどらんじゃろうが!」

「だから我慢の限界、とか?」

「……お前が吸血鬼をどう思うとるかしらんが、妾にとって血は薬みたいなもんじゃ。極力飲みたくなどないのじゃ」


 そんな応酬をしていると、またコロンと小さな瓦礫の破片が転がり落ちた。

 それは揺れのせいだった。小さい、だが長く続く揺れだった。それは地震ではなかった。シロが見上げると、遠方に砂ぼこりが見えた。

 それが揺れの正体だった。


「なんじゃ? 騒がしいの?」

「どこぞ軍隊だな。あれは騎馬が立てる砂埃」

「……もしかして、子ども等を助けに来た、なんてことはあるのじゃろうか?」

「残念ながら違うよ。そもそもこの街に向かってきていない。進行方向が街とは微妙にずれてる」

「じゃあ、どこに向かっておるんじゃ?」

「多分、辺境伯領だな。この国の新しい王様のところ」

「何しに向こうとるんじゃ?」

「戦争」

 

 もっとも相手は人ではない。残念ながらその方が幾分救いがあるとさえ思えた。


「カルダと人の生存闘争、っていったほうが近いかも?」

「……あの化け物と戦うのはあまりに無謀に思うがの」

「だとしても、多分引けないよ。人は」


 あれを天災ではなく魔獣と捉えている限り、国家は戦わずにはいられないだろう。仮に新王であるカナリが引き下がっても、力ある諸侯の中の誰かが必ず弓を引き、そして敗北する。


「カルダの強さを、誰もが心から実感しない限りはね」


 魔法によって発展してきた世界では、魔獣とはその多くが領地を争う強力なライバル、宿敵だ。彼らと戦い、勝ち取る事で、人は国を広げ発展させてきた。だからカルダを魔獣の一種と考えている限り、領内にいれば誰かが必ず戦いを始める。誰も彼もの心の内から、戦う気力が消えるまで。

 そうして初めて気付くのだ。


 雷が、噴火が、地震が、その他あらゆる災害が危険だと気付くように。

 それは、人の手に余るものなのだと。


「……おろかしいのぉ」


 揺れに怯え、瓦礫の陰で固まって震える子供らを見ながら、ツェシカは言った。

 その言葉には一抹の寂しさが感じられた。


「よし! 決めた!」


 突然、大きな声でシロが言った。それはツェシカだけでなく、周りの多くの人々に聞かせるためのような大声だった。


「……な、なんじゃ突然」


 驚いた様子のツェシカが耳を抑えながら、シロを見た。

 彼の顔は不敵に笑っていた。

 笑いながら、こう続けた。

 

「復興するぞ、この街を!」

 

 彼は確かに、そう言った。


 

 


 


 


 

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