第2話 一方そのころ

「さてチユキさん、これがあなたの所属する神器部隊の皆さんです」

「……」



 アグラヴェインの言葉に、チユキは無言で目の前に立つ数名の男たちを眺めやった。



 彼の前には4人の男たちが立っている。体躯が大きくて目つきの悪い奴、ひょろ長くて爬虫類じみた瞳孔の細い瞳を持つ奴、囚人服めいた縞模様の服を着ている奴、毛深くて類人猿を彷彿とさせる奴。



 全体的に個性の塊とした言えないような集団で、チユキには彼らがチンドン屋か何かにしか見えなかった。



「あぁ?何だてめぇ?何だその目つきは?」



 露骨にそういう目で見すぎたか。集団の中で一番頭の悪そうな印象を受けた体躯の大きな男が、チユキに指を指して見咎めた。



 流石に露骨すぎたな、と心の中で舌打ちをかまし、形だけでも謝罪の言葉を口にしようとした矢先、その男は大股でずんずんと近づいてきた。



(こいつ…)



 チユキがそう思う時には、男はすでに目の前で握りしめた拳を振りかぶっていた。



「オラァ!!」



 チユキは向かい来る拳を、うんざりとした表情で小首をわずかに傾ける事でかわした。



 薄皮一枚のぎりぎりのところを、男の拳が風切り音を鳴らして通過する。



 チユキは男が拳を戻す前に、素早く後方へと跳んで距離を取った。



 チユキは頬に違和感を感じ、男から目を逸らす事無く左手で頬を触る。



 目だけを動かして左手を確認すると、血でべったりと濡れていた。



 完全にかわしたと思っていたが、男のパンチの切れ味は想像よりずっと鋭かったようだ。



 チユキはわずかに眉を顰めた。男はそれを見逃さず、にやりと笑いながら勝ち誇った。



「良いか?俺様がこの中で一番強い!だから一番偉い!だから俺様の言うことは絶対だ!ワカッタカ新入り!」

「ふざけんなアイアンアックス!このダガ―ラプトルこそがこの部隊の最強存在だ!」

「あ~ん寝言抜かしてんじゃねぇぞ!最強はハンマーパンダ様って言ってんだろうが!」

「このデスナックル様を忘れてもらっちゃ困るぜ!」

「なるほど…」



 チユキは無感情に呟き、アグラヴェインの方へと顔を向ける。



 アグラヴェインは肩を竦めた。チユキは唾を吐き捨てた。それがまた気に入らなかったようで、アイアンアックスと呼ばれた男は再びチユキに向かって殴りかかってきた。



「てめぇ、まだ分らぬかぁ!!!」



 今度は先ほどの様な戯れの速度ではなかった。



「単細胞が」



 言い捨てると、チユキは顔面を狙うストレートパンチをダッキングでかわし、がら空きのボディーに向けて掌底を叩きつけた。



「あ?」

「「おぉ?」」



 ギャラリーはチユキがアイアンアックスに反撃するとは思わなかったようで、小さなどよめきが起こった。アグラヴェインはやりやがったとばかりに額に手を当てた。



 反撃を受けるなど考えてもいなかったアイアンアックスは、その上掌底の振動で一瞬だけ体の自由が阻害され、大きな隙を晒した。



 チユキはその隙にアイアンアックスへと近づき、額がつかんばかりにガンつけてやる。そしておもむろに頭を掴むと、彼が何か言う前に頭を地面に叩きつけた。



 ボゴンッという破砕音と共に、アイアンアックスの頭が地面にめり込んだ。バタバタと暴れる彼をチユキは離さぬ。チユキはもう一度地面に叩きつける。



 叩きつけるごとに地面の亀裂はどんどん大きくなり、叩きつけられた個所は小規模のクレーターになっていた。



 訓練場は今や墓場じみた静寂に包まれていた。誰もが戦慄していた。この新入りの無慈悲さに。アグラヴェインですら絶句して、口をぽかんと開けている。



 彼らの反応をよそに、チユキは淡々と同じ動作を繰り返した。すなわちアイアンアックスの頭を振り上げ、振り下ろす。



 と、7回目の振り下ろしを行おうとしたところで、アイアンアックスは地面に手をつき、チユキを強引に振り払うと怒りの咆哮を上げた。



 咆哮は長々と続き、次第に金属が擦れるような不快な音が混ざり始め、アイアンアックスはメキメキと音を立てて姿を変化、転化を始めた。



 転化を終えると、そこにいたのは右腕が斧の巨大な鋼鉄の熊が立っていた。



「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!デメェ!!!」

「おいおい、転化は無しだろ」



 チユキはアイアンアックスの憤怒の咆哮に苦言を呈すと自らも転化し、電撃的な速度で跳び上がり、ベコベコになったその顔面に空中回転回し蹴りを放った。



「グオオ!?」



 まさか転化していきなり攻撃されると思ってもみなかったアイアンアックスはこれをまともに受けた。金属同士が勢いよくぶつかる音を轟かせ、アイアンアックスはひっくり返った。



 バタバタと藻掻いて立とうとするアイアンアックスに、チユキは反撃の隙を与えなかった。



 右手を大剣に変化させたチユキは落下の勢いを乗せ、勢いよく腹に突き立てた。並の武具では傷一つつけられぬ神器の体を、大剣へと変化したチユキの右腕はあっさりと突き破った。



「全く、何て短気な奴だ。神器っていうのはこんなのばっかりなのか?」



 貫いた右腕を引き抜きながら、チユキは毒づく。アイアンアックスは決死の反撃を試みるも、先端を槍に変化させた尾が右腕の付け根を貫き、地面に縫い付けて出だしから潰した。



「グガガ…」



 仰向けに倒れるアイアンアックスの胸を容赦なく踏み付けると、チユキは右腕を掲げ、バキバキと異音を轟かせながら変化させた。



「それで?いったい何が分からないって言うんです?」



 言いながら、チユキはハンマーに変化した己の右腕を満足そうに眺めると、何の躊躇も無く身動きの出来ないアイアンアックスの頭部に振り下ろした。



「お前らに、一つ教えてやろう」



 金属同士が激しく衝突する凄まじい破砕音が響いた。



「お前らは力だけの屑だ」



 振り上げ、振り下ろす。ビキッという異音がした。アイアンアックスの体が痙攣した。



「獣と、いや、幼子と同じだ。なまじ力が強いからタチが悪い」



 振り上げ、振り下ろす。神器は悲鳴を上げて許しを請うた。



「生まれたてのガキが。良いか、この際だから言っておくが」



 振り上げ、振り下ろす。もはや言葉も無い。



「神器も人間も、等しく価値など無いわ」



 振り上げ、振り下ろす。



「特にお前らの様な力だけでモノを言わそうとするような邪悪存在なら特に」



 振り上げ、振り下ろす。



「鉄屑風情が図に乗るな」



 振り上げ、振り下ろす。



「お前達は」



 振り上げ、振り下ろす。



「愚図だ」



「お前らがここに所属できる理由はただ一つだ」



 振り上げ、振り下ろす。



「お前らが粗暴で戦闘以外に糞の役にも立たない事は上は百も承知だろうが、その戦闘での価値が一定以上あると判断されてるからこそお前らはここに居る事が出来るんだ」



 振り上げ、振り下ろす。



「逆に言えばそれ以外何ら期待されてないわけだ。当然ですね」



 最早転化すら解けて気絶しているアイアンアックスを蹴り転がすと、鋼鉄の怪物は固まって動かない神器たちを睥睨した。



「と、まあ私からは以上です。これからよろしくお願いします」



 チユキは転化を解きながら、ぺこりと一礼して締めくくった。



 これだけの事をやらかしておいていけしゃあしゃあとよく言ったものである。しかし、インパクトを与えるという意味ではこれ以上なく成功している。



「ヒュー、こいつぁスゲェ!アイアンアックスを一蹴かよ!」

「ぎゃははざまぁーねぇな熊野郎!」

「おい新入り、そのままそのカスを鉄屑スクラップにしてやれ!」



 ギャラリーに徹していた男たち、即ちダガ―ラプトル、ハンマーパンダ、デスナックルは思い思いの事を口にした。



 先輩の、それも一番力の強そうなやつを叩きのめしたことに目くじらを立てる者はおらず、どころか殺してしまえと言うものすらいる始末。



 チユキは過去最高レベルに顔を顰め、近寄ってきて労わるように肩に手を置くアグラヴェインに顔を向けた。



「( ゚Д゚)」

「残念ですが、あなたは今日からここで働くんです。諦めてください」

「( ゚д゚)」



 チユキはその顔のままアグラヴェインから顔を外し、伸びているアイアンアックスとそれを囲んではやし立てる神器たちを見て、再びアグラヴェインの方に顔を向ける。



「( ゚Д゚)」

「そんな顔しても無駄ですよ。決定事項ですからね」

「(# ゚Д゚)」



 チユキの怒りの咆哮は、丁度そのころエクスカリバーを作り出し、アーサーに向けられた拍手喝采の音で完全にかき消され、城の中の誰にも聞かれることなかった。







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