ファイル43恋心窃盗事件―お忍び平民街②―

 平民街でのアイリーンの捜査に同行しているアーサーとエドガー。

 噴水広場でニックから得た情報は、大きな事件もなく平和が続いているような内容だった。


 行方不明になっていたマルコが帰ってから、彼は無事に両親と仲良く暮らしているらしいという話には、その場にいた全員の顔が綻んだ。


 他には、最近平民街に新しくできた宝飾店とブティックについて。

 ニックによると、他の街で大人気になった新進気鋭のデザイナーがデザインしているらしいが、貴族嫌いとの理由から、王都の平民街にわざわざ店を作ったのだとか。


「今日はその宝飾店とブティックも視察に行こうか」

「そうですね」

 エドガーの一声で、本日の行き先にその二店が追加されたのだった。




 ニックと別れたアイリーンたちは、賑わう街なかを歩く。

「この近くに美味しいパン屋さんがあるんです」

 アイリーンはそう言うと、食料品を売っている市場の方を指さす。


「もしかしてそれが消えたパン事件の時の?」

「はい! ふわっふわでとっても美味しいんですよ!」

 何かのスイッチが入ったかのように、アイリーンは嬉しそうに食べ物屋を紹介し始める。


「ここは串肉が美味しいんです。たれの味が独特で! こっちは、スイーツ! 美味しい紅茶と甘いパンケーキやスコーンが味わえます。それで、あっちが」

「っく、くく」

「ど、どうして笑っているんですか!?」


 耐えきれなくなったエドガーが笑い始めると、恥ずかしくなってきたのか狼狽えた後、アーサーとマギーに助けを求める視線を送る。二人はちらりと視線を合わせて、ため息を吐く。

 マギーがアイリーンの耳元でささやくような小声で言った。


「食べ物の話をし過ぎです。食い意地が張ってるのが丸わかりですよ」

「!」


(つい、はしゃぎすぎてしまったわ。はしたないってお母様に怒られる)

 ショックを受けたアイリーンが青ざめたところで、笑っていたエドガーからフォローが入る。


「いいね。リーンが勧めると、どれもおいしそうに見える。お腹も減っただろうし、たまには食べながら歩くのもいいね。ほら、リーンおいで」


 手を引かれるがままに、エドガーに着いていくアイリーン。

 屋台でいろいろ選ばされ、気付けばマカロン片手に満面の笑みを浮かべるアイリーンなのだった。


(アイリーンがすごく喜んでる。可愛いなぁ。いくらでも食べさせたくなっちゃう。今度、美味しいお菓子を取り寄せておこう)

 彼女の幸せそうな表情にそんなことを思うエドガーなのだった。




 彼女達は少し寄り道をしながら、美味しい匂いが漂うパン屋の前に辿り着いた。

 パン屋の店主は、ちょっとふくよかで、明朗な女性で、旦那さんと二人で店を切り盛りしている。


「こんにちは!」

「こんにちは」

「おや、いらっしゃい! アイリーンちゃんとマギーちゃん。と、後ろの二人は随分男前だね。彼氏かい?」


「ち、ちがいます! こっちは兄とそのお友達よ」

「そうなのかい? まぁそういうことにしといてあげるよ。で、今日は何を買っていくんだい?」

「えーと、このチーズの乗ったパンと——」


 アイリーンとマギーのお勧めを聞きながら、アーサーとエドガーもパンを選んで会計を済ませる。

「まいど! おまけにこっちも入れとくよ!」

「ありがとう店長!」

 アイリーンはニッコリ笑顔で礼を言う。


 パンを購入した彼女たちは、店の端っこによってパンを食べながら、店主と話す。

「そういえば、最近ここいらに宝飾品屋と服屋が出来たんだよ」

「あ、今日ニックも言ってたわ。どんな感じなの?」


「腕は確かだよ! 目利きもいいし! 何でも店長同士が知り合いらしいよ。詳しくは分からないけど、二人とも貴族があまり好きじゃないらしいね」

「そうなのね。だから平民街に店を持ったのね」


「でも、それならどうして王都に来たんだ?」

 アーサーが疑問を口にすると店主は頭を横に振る。


「まぁ、誰でもいろいろあるもんさ。過去のことなんてどうでもいいよ」

 そう言ってカラカラと笑う店長の飾らない態度に、アイリーンは彼女を好ましく思う。


(この街の人は、本当に素敵な人が多いわね)

 アイリーンがしばし思考の海に潜っていると、店長が少し声を落とす。


「そういや、最近この辺に占い師ってやつが出てるらしいんだ。よく当たるらしいよ。この前、二軒隣の奥さんが占ったら、旦那がケガするって出たらしいんだ。翌日、馬車での買い付けの最中に旦那が大けがを負ったんだって」


「へぇ。それは怖いわね」

「アンタ達も気を付けなよ?」

「ありがとう。気を付けるわ」


 パンを食べ終えた彼女たちは、心配してくれた店主に別れを告げて歩き始める。


「リーン、次はどうする?」

「美味しいパンを食べた後ですし、少し歩きますが、噂の宝飾店とブティックに行きたいです!」

「いいね」


 反対する者もおらず、目的地はあっさりと決まる。

 四人は他愛のない話をしながら、食品売り場の多いイートストリートを抜けた。


(そう言えば、占い師が出るんだったわね。今通ってきた中には、見つからなかったけれど……気になるわね)

 後でニックに調査を依頼しよう、と思うアイリーンなのだった。




 ローデンの街は王城を中心として、放射状に縦の四つの大通りが貴族街と平民街まで続いており、横の大通りは街の形から波状に広がるように作られている。


 大通りにはそれぞれ名前がついている。

 平民街の食品を扱う店が多い通りがイートストリート。アイリーン贔屓の安くて美味しいものが沢山ある。


 今から彼女たちが向かう服飾店や宝飾店は、コットンストリートという、いわゆるお洒落の街だ。


「あ、あったわ! 宝飾店パールラントとブティックマダムローズ」

「とってもおしゃれですね!」


 真新しい二つの店舗は落ち着いた色味の外装で絶妙にお洒落だった。流石新進気鋭のデザイナーと言われるだけのことはあると、アイリーンは思う。

 ブティックの窓から見える服は、とてもかわいらしい。


 宝飾店は、盗難防止のためか、窓から見えるものはすっきりとした店内ぐらいだ。

 お洒落な店に目を輝かせているのは、アイリーンだけではなく、いつもは落ち着いているマギーの目も心なしかキラキラしている。


 そんな女子二人を微笑ましそうに見ると、エドガーはアイリーンに声を掛けた。

「まずはどっちから行こうか?」

「うーん、悩みますが……宝飾店から行きたいです」

 アイリーンがそう言うと、四人は揃って宝飾店パールラントの扉を開けたのだった。

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