剣は振るえないけどその代わりにフライパンを振るってもいいですか? 〜貧乏領地に追放された最弱冒険者は胃袋を掴むのだけは得意のようです〜

早見羽流

プロローグ

1. 私、冒険者になります!

 ここはセイファート王国の王都『ディートリッヒ』。


 勤め先である料理店『黒猫亭』からの帰り道で私はとある女の人に声をかけられた。高級品である木綿の上下から帽子まで赤を基調としたもので統一した背の高いその出で立ちは若干の圧迫感をおぼえるが、顔立ちは穏やかであり、人の良さがにじみ出ている。


「やっと見つけた! ティナさん! ……ティナ・フィルチュさんですよね!?」


 顔なじみの、冒険者ギルドのお姉さんだ。名前は忘れた。

 冒険者ギルドというのは、月々の登録料を払うと私たち冒険者にクエストを発注したり、雇ってくれそうなパーティーを斡旋あっせんしたり、面倒なことはなんでも引き受けてくれる組織のことだ。特にこのお姉さんから私は何故か妹のように扱われており、私も名前を覚えていないお姉さんのことを『お姉さん』と呼ぶので、傍から見ると姉妹のように映ることもあるようだ。


「……なんですかお姉さん? 履歴書ステータスの掲載料なら払ってますよ? 今月のギルド登録料は……給料日まで待ってもらえれば必ず」


 すると、相手は両手と顔をブンブンと振りながら否定の意を表してきた。


「いえいえ! 今日は違うんです! ──あの、先程冒険者ギルドにティナさんを雇いたいという方がいらっしゃいまして……」

「へぇ、私みたいな底辺冒険者を雇うなんて……どこの物好きの貧乏人です? それとも体目当てですか? そういうのはお断りしているんですけど……」

「とか言いつつも履歴書の掲載続けてるってことはまだ冒険者諦めてないってことじゃないですか!」

「……」


 図星なので言い返せない。

 私は残念ながら冒険者として有用なスキルはほとんど持ち合わせていないし、体力的に自信があるわけでもない。それでも私には料理店に勤めながら冒険者ギルドに登録料を払ってでも冒険者を諦めたくない理由があった。とても……とても深い理由が。



「……でも、雇われるからにはちゃんと冒険者としてのスキルを買ってもらいたいんですよ。そこら辺の貧乏人のおもちゃにされたんじゃ祖国のお父さんとお母さんが泣きますから」


 私が面倒くさそうに答えると、冒険者ギルドのお姉さんは「ふふふっ」と意味深な笑い方をした。


「聞いて驚かないでくださいよ? ティナさんを雇いたいと言ってきたのは──ヘルマー伯爵家です」

「──は?」


(き、きききき貴族っ!?)


 私は努めて動揺を顔に出さないようにした。が、相手には伝わってしまったようだ。私が食いついたと感じたお姉さんは、得意げな表情で続ける。


「ヘルマー伯は、ティナさんをお抱えの魔導士として雇いたいと仰っています。──給金も希望額の倍払うと……」

「はぁ?」


(冒険者ランクは一番下の『Fランク』だから給金の希望額はかなり少なめに設定してあったけど、その倍払う? しかも貴族のお抱えって……大抜擢じゃない? さすがに虫がよすぎない?)


 あまりの好条件に私は当然のように不審がった。


「──やっぱり身体目当て……」

「あー、それなら心配いりませんよ! ヘルマー伯は男色家として有名な方ですから! ティナさんがいくら魅力的な身体をしていようとそれを奪おうとは露ほども思っていないはずです!」

「……っ!」


 頭にかぁぁっと血が上るのを感じた。そもそもとして私は別に女性として魅力的なスタイルをしているわけではない。胸は控えめだし背は低くて子供っぽく見られることも多い。なのに変な早とちりをしてしまったことに激しい羞恥心しゅうちしんをおぼえた。うぬぼれも甚だしい。


「先方はいかなる場合も契約の解除はしないと仰っているので、ティナさんの了承さえあればすぐにでも契約成立になるのですが──どうしますか?」


 お姉さんは私が悶絶しているうちに話を進めてくる。なんとなく断りづらくなってしまった。しかも、契約の解除はしないとのことなので、会ってみて「やっぱりやめます」とはならないらしい。それはこの上なく好都合な条件だ。怪しい所は多々あるものの、貴族に仕えるからにはそこまで悪いようにはされないだろう。



「会って……みます。ヘルマー伯に」


 胸の高鳴りを抑えながら、私はお姉さんにそう返したのだった。



 ☆ ☆



 私が住んでいるのは、セイファート王国の王都、ディートリッヒの中でも外縁部に位置するスラム街。家を建てる金のない者はそこにどこからか資材を運び込んできて即席の小屋のようなものを建てる。そして住居の境界線すら曖昧なそこは住民同士の小競り合いが頻発し、王都の中では当然治安が悪い部類に入る。なので、住民たちのなかには自分の住処の近くに居を構えている腕利きの冒険者に金を払って安全を守ってもらっているものも多かった。


 一人暮らしをしている古びた木製の小屋の扉を開けて中に入る。4.5ラッシュ(約四畳半)ほどの室内には小さな寝台が一つ。これといつも身につけているボロ布のような衣類と麻袋に入れている調理道具、そしてなけなしの銀貨、銅貨が私の全財産だった。


 ……それともう一つ。



 私は麻袋の中から古びた革製の帯のようなものを取り出す。その表面には『古代文字』という幾何学文字が刻まれており、輪状になっていたであろうその帯は、ナイフのようなもので無理矢理切断された形跡があった。


 それは、かつて私が最強の魔導士になるべく故郷を離れて王都の魔法学校で教育されていた証……そして、それが適わず追放された証でもあった。


七天しちてんか……」


 革製の帯──ブレスレットをギュッと握りしめて呟く。

『七天』。当時魔法学校でも特に優れた七人は私も含めてそう呼ばれていた。実際、私以外の六人は魔法学校卒業後に最高ランクの『SSランク』冒険者として有名貴族に高値で雇われていった。


(なのに……)


 とある特殊体質のせいでろくに魔法を使うことができなかった私は、さっさと魔法学校を追放された。しかし、故郷の両親には「王都で立派な冒険者になって戻ってくる!」と宣言していたため故郷に帰るわけにもいかず、スラム街で暮らし、料理店に勤めながらなんとか冒険者を目指していたのだ。

 幸い、ごく単純な魔法であれば使うことができたので、冒険者ギルドで冒険者登録をすることができたのだが、冒険者ランクはSS、S、A、B、C、D、E、Fのうち最低の『Fランク』。

 もちろん雇ってくれる人はいなかった、それもそのはず、誰がわざわざお金を払ってまでパーティーのお荷物を雇うかっていう話だ。

 惨めな生活は五年にも及んだ。


「……やっと、やっと冒険者になれるかも。……それも貴族のお抱えに!」


 私は大きな希望とわずかばかりの不安を胸に抱きながら、硬い寝台で眠りについたのだった。

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