第3話 恋人と夫婦の違い

 時は流れて放課後。春のうららかな陽気の中。


「ふぁーあ。よく寝たー」


 よく寝てスッキリしたといった感じの八重やえ


 これがこいつの通常運行だ。もちろん、八重とて、授業中に居眠りをしていれば教師に叱られる。なので、目を微妙に開けたまま、意識をほとんど手放すという謎特技を開発するに至る。


「お父さん、八重の将来が心配になるよ」


 少しの皮肉を込めて言ってみる。


「じゃあ、パパが養ってくれると嬉しいなー?」

「お父さんとしては、ちゃんと就職して欲しいかな」

夜勤やきんの仕事あるし、大丈夫だよ、パパ!」

「お父さん、八重が夜勤の仕事を舐めてるんじゃないかと心配だよ」


 と、冗談はこれくらいにしておくか。


「マジな話、大学に入った後も、昼夜逆転生活続けるつもりじゃないだろうな?」

「私がこれでも勉強出来るの知ってるでしょ?大丈夫」

「そうなんだけどな。ほんと、神様はおかしい」


 俺も学年ではまあまあ上位の成績だが、こいつは授業をまるで聞いていないくせに、ちょっとの勉強時間で俺より上位の成績をキープしている。


「何事にもこつがあって、時間だけかけてもいい成果は得られないものだよ」


 得意げに言う八重。


「なにげに真理ついてるのがムカつくな」


 良くも悪くも自分のペースを崩さないのが八重の特徴だ。逆に言えば、そうそうな事では自分のペースを崩さないという事でもあり、勉強にしろ運動にしろ、遊びにしろ、コツを掴むのがうまい。


 まあ、勉強のことはどうでもいいのだ。マイペースな癖に器用な奴だから、なんだかんだでこなしてしまうだろう。問題は、俺とこいつの関係性だ。


「なあ、今朝の話なんだけど、彼女は駄目で夫婦ならいいってどういうことだ?」

「そんな事なんて言ったかな?」


 しらばっくれるが、寝言の振りなのはわかっている。


「いや、振りはいいからさ」

「……」


 ようやく表情を真面目なものに変える八重。


「ねえ。恋人と夫婦の違いってなんだと思う?」


 投げかけられた問いは俺の意表をつくものだった。


「恋人と夫婦の違い……?」

「そう。どう違うと思う?」


 さっきまでと違う真剣な瞳。

 なら、ちゃんと考えて答えないとな。


「簡単には関係を解消できないって辺りか?恋人同士だと、極論、「別れようか」「うん、別れよう」だけで成立するしな」

「夫婦だって、離婚届があれば離婚出来るでしょ?もっと、誓いの内容的な話」

「誓いねえ……」


 その言葉に、結婚式の時の誓いの言葉が思い浮かぶ。


 死が二人を分かつまで、とか。永久に云々とか。つまり、夫婦になる誓いの有効期限はどちらかが死ぬまでか、離婚の意思を示すまで。翻って、恋人同士の場合、そういう概念はない。自然消滅なんて言葉があるくらいだし。


 で、そこまで考えて、ようやくこいつの意図してることがわかった気がした。


「ひょっとして、生涯を添い遂げる事を誓うかどうかの違いか?」

「うん。正解!さすがに、ゆうちゃんは私のことよくわかってるー」

「だいぶヒントもらわないとわからなかったけどな」


 言いたいことはわかった。恋人といういつまで続くかわからない関係じゃなく、生涯続く関係になろうと。


「でも、重すぎるだろ、それ」


 もちろん、俺達はまだ法的に結婚出来る年齢ではない。しかし、こいつが言ってるのはそういう意味ではなく、要はそれだけの心持ちで居て欲しいということ。


「重いのはわかってる。でも、この一線は譲りたくないよ」

「なら、お前は誓えるっていうのか?」

「もちろん、誓えるよ。だいたい、私みたいな社会不適合者の言動を、いつものように流してくれるのは、ゆうちゃんくらいだし」

「自覚あるなら、社会適合者になれよ」

「それは無理!私は私だから!」


 えっへんと胸を張る八重。

 こいつは、太古の昔から自分の我を絶対曲げない奴だった。

 言っても無駄なのは承知だ。


「……こんな重い女は嫌?」


 と思ったら、一転してしおらしくなって来た。


「自信あるのか無いのかどっちなんだよ」

「だって、変えたくても今更変わらないから」

「……まあ、今更、変われとは言わないさ」

「でも、ゆうちゃんに愛してもらえるのかは気になるの!」

「それこそ、今更だろ。鬱陶しかったらとっくに付き合い止めてるさ」

「うん、ありがと。ゆうちゃん……」


 そう言って、ぎゅっと肩を寄せてくる。この歳でこんなややこしい決断をすることになるとは思ってもみなかったけど、仕方ない。


「よし!今夜、八重桜公園やえざくらこうえんにもういっぺん行こうぜ!」


 決めた。


「え?私はいいけど……急にどしたの?」

「夫婦の誓いをするなら、ロケーションは重要だろ?」

「ゆうちゃんがキザったらしいこと言ってる……!」

「ツッコミ待ちだろうが、こっちも開き直るからな?」


 こっちも色々鬱憤がたまっていたのだ。


「う、うん。よろしく、お願いします」


 言葉に気圧されたのか、珍しく八重が敬語になっていた。

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