第2話 目標が大切

「話の続きを聞きたく存じます。」


 経久と共に都に留まることになった秀綱が興味津々に聞いてきた。


 「もう少し待たせておこうかな?」


 「焦らさないでください・・・。」


 「冗談だ、私の思い描く将来は目標なのだ。」


 「目標・・・。」


 秀綱は首を傾げたままであり、まだ理解できていないようだった。

経久が一呼吸おいて話し出す。


 「例えできてもできなくても大成するという目標があった方が良い。

なぜなら目標があれば努力ができるからだ。」


 「なるほど。よくお考えですな、若殿。」


 「目標達成のために努力をして、それで失敗してもその努力は次に生きる。」

 「まぁ、この私の先見の明は確かだがな。」


 「だったらこの私の将来を占ってみてください。

後になって外れたら詰め寄りますから。」


 「秀綱は百まで生きる。」

 「これでどうだ。」


 「・・・それを確かめられるのは・・・。」


 「百年後だ。」


 「そんな馬鹿言わないでください、そのころには覚えていませんよ。」


 「もっとも、百歳の前で亡くなっても詰め寄られる心配はないがな。」


 「わ、若殿ったら・・・!」


 「じょ、冗談だ。・・・でも百まで生きるのは間違いない。」


 「なんでわかるのですか。」


 「亀は長生きするというではないか。」


 「鶴は千年亀は万年・・・、え?」


 「自分の姓を思い出せばわかる。」


 「亀井・・・、亀・・・!」

 「そんなことで決めていたのですか、若殿!?」


 「これも冗談だ。」


 「もてあそばないでください、若殿。」

 「もし百まで生きれたとしたら若殿の方が先に亡くなるはず。

生前にこんなことをやって、死後は覚えておいてくださいね!」


 「わ、悪かった・・・。すまぬ、調子に乗りすぎた・・・。

お願いだから死後は安らかに眠らせてくれ。」


 秀綱に見事な仕返しをされた経久であった。



 何はともあれここに経久の人質生活が始まったわけだが、

このころの情勢について話しておきたい。


 足利幕府にとって大きな打撃となった応仁の乱は、

東軍が細川勝元ほそかわかつもとを、西軍が山名宗全やまなそうぜんをそれぞれ総大将に担いで

戦いを繰り広げたわけだが、実のところ未だに終結してはいなかった。


 戦闘こそ軍勢が疲弊したことで起きていないが

両軍の軍勢は京の都に留まっており、それぞれが簡単な陣所を築いて

にらみ合っている。


 とはいえ、先に述べたように両軍に戦闘する力はなく、

総大将の二人もすでに病死しているため、どこかの部隊が引き上げれば

雪崩を打つように引き上げるものと思われた。


 そんな最中である。

京極勢も属している東軍の陣営にある大男が現れたのだ。


 「赤松家家臣、黒田治宗くろだはるむねが三男、黒田貞幸くろださだゆき。ただいま参陣仕った。」


 「さ、貞幸・・・、おぬしは播磨を守っておれとあれだけ言ったのに・・・。」


 「父上、ご安心を。播磨国内の敵を全て退治して参陣した次第。」


 この大男は赤松家が守護である播磨国(今の兵庫県南部)の豪族、

黒田治宗の三男でありまだ二十歳もいかない若者だが

槍術で右に出る者はいないほどだ。


 「早速、戦場に参陣したい次第だが、戦場はどこに。」


 鼻息を荒くしながらそう言う貞幸に、父の治宗は小さな声でこう言った。


 「戦場はないぞ・・・。」


 「は・・・?」


 「戦はほぼ終わった。あとはどこかが引き上げればそれで終戦する。」


 「そ、そんな・・・。」


 手で地面を殴るように悔しがる貞幸であったが、すぐに治宗の方を向くと


 「この貞幸、敵陣に切り込んで参ります!」


 「ま、待て・・・。」


 治宗がそう言ったときには既に敵陣へと走り出していた。


 「いざ、敵陣に切り込まん!!」


 この男、黒田貞幸は後に尼子家の家臣となる人物である。

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