狂喜夫婦 聡明英知な夫と才子多病な妻
野水 志貴
第1話
僕の妻は、ゆでたまごが好きだ。
それにもかかわらず、彼女は茹で卵をタイマーを使わずに茹でるものだから、
ある時、「6分半だと半熟。10分くらいだと硬く茹で上がるよ。」と教えてあげたのだ。
その時、彼女は「それなら7分半くらいで茹でたら良さそうだね。」と言ったのだ。
なぜ僕の助言に耳を貸さずにいないのかは、僕は最後までわからなかった。
これは、たった数ヶ月の僕と彼女の結婚生活の物語だ。
彼女とはお見合いで知り合った、知り合ったというべきか引き合わせたというべきか、
お互い初見の印象は変わった印象だったらしい。
だが、「一緒になれたら嬉しい。」と初対面にもかかわらず言うものだから、僕は好印象を持ってしまい、「では結婚を前提にお付き合いしましょう。」と、
とんとん拍子でお付き合いが始まったのだ。
どんな仕事か、生活か、趣味など聞いて、あいまいな部分はあるものの、彼女の受け答えで彼女自身が相当な変わり者だと言うことは確信していた。
あとは僕がどれだけ柔軟に真摯に対応できるか、という僕のゲームのようなものになっていた。
これは結婚生活の中にも充満している感覚である。
「トイレットペーパーはどのくらいの残量で買いに行けばいいかわからない。」と毎回彼女は言う。ドラックストアは徒歩2、3分のとこにある。
「1、2ロールになったらで構わないよ。」と僕は言ったのだが、
相当な心配性なのか「絶対足りないよ。だって地震とかなにかあったらどうするの。」と言ってすぐに買いに行くことになった。
彼女の何かが不足していると不安になる対象は他にもいろいろあった。
それはものだけではなく、目に見えないものもだった。
なにせ、彼女は画家なのだ。
対象がないと、不安になるらしい。
「どうしよう、描けないの。」
と、結婚当初彼女は悩んでいた。
「幸せになると描けなくなるの。」と寂しそうに話していた彼女を一生忘れないだろう。
彼女の部屋にあった幸せ恐怖症の記したノートを初めてみた時は、
成人してからこんなこと考える人いるんだと心底驚いた。
僕とは世界が、感覚が違いすぎたのかもしれない。
ただ、平和な生活が、彼女との愛に溢れた人生を送りたかったことが、彼女を苦しめていたことが
僕には到底理解できず、僕も苦しんだのだ。
彼女は自ら不幸へと進んでしまったのだ。
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