第35話 僕の謝罪


「何の御用ですか、南雲さん」

 瑞樹の冷ややかな声が響き渡る。

「ごめん、瑞樹。僕は君の気持ちに全く気がついていなかった。本当にごめん」

「謝っていただかなくて結構です。お話はそれだけですか。終わったのならお引取りください」

 そう言って踵をかえす瑞樹。

「待って」

 瑞樹の手を掴む。

「まだ、何か?」

「もう少し聞いて欲しい」

 強引に瑞樹を引き留めた。

「僕はずっと一人だったんだ。小中と一人も友達はいなかった。そして高校でもそうだった。僕は死ぬまでずっと一人だと思っていた。でもあの事故から僕の人生は変わったんだ」

 僕の生活の中に奈菜と瑞樹の二人が入り込んできた。最初はめんどくさい、邪魔だなどと思っていたが、次第にそれが普通になっていた。

「僕はブサイクだし、面白い事も言えないし、陰キャだからさ。こんな僕の事を好きになってくれる人なんていないと思ってたんだ」

 だから、瑞樹が恋人になってくれと言ったときも、虫よけの為に彼氏のふりをしろと言うことだと思いこんでしまった。そしてその事を疑いもせず、瑞樹にはっきりと聞かなかった。

「この半年、僕はすごく楽しかった。瑞樹がいて、奈菜がいて、僕に家族ができたみたいだった」

 一緒にご飯を食べる。ただそれだけの事がすごく幸せだった。

「瑞樹が僕の事を好きだと言ってくれて嬉しかった――でも、これ以上交際は続けられません。瑞樹、僕と別れてください」

 嘘の関係だったら交際するのもよかった。でも瑞樹が本気なのだとしたら、駄目だ。きっぱりと別れておかないといけない。僕と瑞樹じゃ住む世界が違う。それに――


「チャンさん、これは僕が墓まで持っていこうと思っていた事です。誰にも話さないいと約束して頂けますか」

「なんでしょうか。聞くのが怖いですね。でもお約束いたしましょう。私も誰にも話しません」

「お願いますね。僕の父は水瀬翔陽さんです」

「な、南雲様。それは……」

「はい。母が死の間際に教えてくれました」

 母は水瀬家で働くメイドだった。その時たまたま知り合った瑞樹の父と関係をもってしまったそうだ。そして僕を身籠った。瑞樹の父には婚約者がおり、結婚が決まっていたそうだ。そして妊娠により迷惑をかける事を恐れた母はメイドを辞め、実家に戻りひっそりと僕を生んだそうだ。

 僕は望まれて生まれてきた存在では無かった。母は死の間際にずっと僕に謝っていた。僕は別に気にしてはいなかった。母が僕を大切に思ってくれていた事は分かっていたからだ。だが、ずっと謝っている母にかけるべき言葉が出てこない自分に無性に腹がたった。そして、母に何も言えないまま、母は息をひきとった。

「南雲様はどうしてそれを公表しないのですか。すれば莫大な資産を相続できるかもしれないのに」

「母は何も言わずに去ったんです。それは迷惑をかけたくなかったからでしょう。では僕がそれを公表すると母の頑張りが無駄になってしまいます」

 それに、僕は目立ちたくないし。生きるのに必要な資産は十分に残してもらっている。

「だから、僕と瑞樹は兄妹なんです。だからこれ以上お付き合いは出来ない」


――僕と瑞樹は血が繋がっている。だから本気なんだったら交際は出来ない。チャンさんとの話を聞いていたのなら瑞樹にも理由は分かっているだろう。


「話はそれだけですか。先程も言いましたが、もう結構です。奈菜さんとどうぞお幸せに。チャン、南雲さんを玄関までお送りして」

「かしこまりました」

「瑞樹、最後にこれだけは言わせて。ありがとう、この半年とても楽しかったよ」

 チャンさんに見送られて、瑞樹の家を後にする。和解とはいかなかったが、きちんと気持ちは伝えられた筈だ。


「お嬢様、そんなに泣かれるくらいならば真実をお話になればよろしかったではないですか。お嬢様は旦那様の実のお子様ではないのですから……」

「黙りなさい。優弥にとっては私は唯一の妹なのよ。彼が何よりも欲しがっている家族なのよ。だったら本当の事なんて言えないでしょ。私は優弥の妹になりきるしかないのよ。それがお兄ちゃんの為なんだから」

「はいはい。いくつになっても面倒くさい性格は治りませんね」

「煩い。それにどう逆立ちしても菜奈には叶わないし」

「はあ、ご自分の事は分かっておられないのですね……。そのままじゃ、明日学校に行けませんよ。きちんと目を冷やして腫れをとってくださいね」

「本当に煩いわね。あなた。首にするわよ」

「はいはい。昔はお兄ちゃん大しゅきって可愛かったんですがねー。いつの間にか生意気に育ってしまって」

「煩い。もう寝ます。それから明日は学校は休みます」

「はいはい。仰せのままに。お嬢様」

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