第27話 奈菜SIDE 私の想い

「はあ、どうしよう」

 困ったことになってしまった。


 どうやら私は優弥の事を好きなってしまった様だ。先月まではそんな事は無かった。先月康介さんと契約更新の話をした時には別に優弥のことは手のかかる弟みたいに感じていた。

「半年一緒に生活してみてどうだい、奈菜ちゃん」

「普通ですね。最初はいろいろと戸惑ったけど、今は普通に生活できてます」

「約束の方はどうだい」

「別に、そっちも普通ですよ。異性として好きってことは無いですね」

「あれ、そうなんだ。うーん、これは久々に読み違えたかな。まあいいや、じゃあ、契約は更新という事でいいのかな?」

「はい、優弥はまだサポート無しでは暮らしにくいと思います」

「分かった。奈菜ちゃんは更新希望という事で、後で優弥くんの方にも意思確認しておくよ」

「お願いします」

 という事があり、優弥の方も問題なく、契約が更新された。


 では、なぜ彼の事が急に好きになってしまったのか。それは優弥に寝言で好きって言われた事で意識する様になってしまったからだ。

 そしてバレンタインのチョコを作っている時に自分の気持ちに気がついてしまったのだ。それを遂に抑えきれなくなって寝ている彼の横で一緒に寝たり、頬にキスしたりしまった。

 ふわああぁぁぁ。私なんて破廉恥な事をしてしまってるの。

 自分でいま振り返ってもありえない行動をしていると思っている。別に初恋という訳でもなく、これまでも何人かお付き合いした人もいるけど、こんな行動をした事はない。せいぜい手を繋ぐ程度だ。

 優弥の何処に惹かれたんだろう。至って特徴のない普通の男の子だ。顔が良いわけでもなく、頭が良いわけでもなく、センスが良いわけでもない。到底モテる要素はない。

 でも優しいし、穏やかだし、一緒にいて落ち着くし、私の料理を喜んでくれるし、いつも一緒にいてくれるし――そうか、こういう所に私は惹かれたんだ。一目惚れとは違うけど、いつも一緒にいることで徐々に彼の事を好きになってしまったんだ。


 でも、優弥には彼女がいるもの。私の気持ちに気づかれては駄目なの。この気持ちは墓まで持っていく。

 私は優弥を怪我させた男の娘だよ。優弥が好きになってくれる筈がないんだから。私は一生をかけて彼の生活のサポートをするだけよ。この想いが報われることを望んだら駄目。


 そう思っているのに、私は今日も彼のベッドで寝たふりをする。彼の布団で彼の匂いに包まれて勉強をしている彼の近くで寝たふりをする。

 手を出して欲しい。そうすれば瑞樹から奪い取る口実ができる。なんて浅ましい女なの。自分が嫌になる。彼が手を出すわけないのに。彼は寝ている女の子の寝込みを襲うような人では無いことを知っているのに。彼を困らせることを分かっているのに。

 優弥、ごめんね。いずれこの気持ちをきちんと抑え込むから今だけは甘えさせてください。

 瑞樹、ごめんね。貴方の彼氏だとは分かっているのに、好きになってしまって。貴方との関係はもう邪魔しないから、どうか彼のことを好きでいさせてください。

 もう自分ではこの気持ちを止められないの。


 最近、優弥の様子がおかしい。妙にリハビリに気合いが入っている。1年の学年末試験の際にきれいに字が書けず、成績が悪かったのがそんなに悔しかったのだろうか。先日までは嫌々リハビリをしている印象があったのだけど、今は通常よりも負荷をかけたリハビリをしている様に見える。

 夜のマッサージをしていても、彼の体のコリ具合で結構無理をしているのが分かる。

「優弥、ちょっと無理しすぎだよ。これだと逆に体を痛めるよ」

「えっ、そうかな。あまり無理しているつもりは無かったんだけど、奈菜が言うってことはそうなんだね。明日から少し控えるよ」

「急にやる気を出したみたいだけど、どうしたの?」

「別に、特別な理由なんて無いよ。皆に迷惑かけない様に頑張ろうと思って」

「ふーん。無理して怪我したら意味がないから気をつけなさい」

 優弥は分かったよと返事をしたあと直ぐに眠ってしまった。ほら、無理するから。私は疲れの溜まった優弥の体を少しでも癒せるように、いつもより丁寧にマッサージする。

 半年前はあんなにガリガリだったのに、今はかなり筋肉がついて男らしい体つきになっている。身長も私より少し高い位だったのに半年で5センチくらい大きくなった。私より軽かった体重もいまでは20キロくらい重くなっている。すっかり細マッチョに仕上がってきた。食生活にも気をつけて、体を作る料理を作ってきた成果が出てきた。

 マッサージを終え、優弥の大きくなった背中に耳を付け、彼の心臓の音を聞く。彼の暖かさを体に感じ、彼の心音を聞く。私のささやかな楽しみ。本当は胸の方に抱かれたいけど、それは彼女の瑞樹にしか許されない。


 私はこれで満足しなければ……。あと少し、もう少しだけこのままで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る