第22話 僕の闇と光

 僕が改めて学校に通い出して一月が経過した。今の所、大きな問題は発生していない。といっても問題が無い訳では無く、小さな問題がいくつかは発生している。

 たとえば、1組のクラスメイトからは南雲さんと呼ばれ、ボスの様な存在に祭り上げられてしまったこととか。

 瑞樹と僕が付き合う事を許せない過激派が襲ってきて、奈菜にボコボコにされて、学校を怪我をした側なのに何故がいつの間にか退学になっていたこととか。

 僕の私物が突然無くなったと思ったら、次の日には新品になって戻ってきたりとか。

 こんな風に小さな問題はいくつか合ったんだよ。でもね。いま非常に大きな問題にぶち当たっている。誰かに助けて貰いたいけど、たぶん今は夜中だろうから自力で何とかしないといけないんだよな。困ったな。これどうしたらいいんだろう。正直、僕は今、死の危機に瀕していると言っても過言では無い。


 何で奈菜が僕と一緒に寝てるんだろう。


 まあ、大体の事は予想できているのだが……。恐らく、昨夜も何時もの様にマッサージをしてくれて、そのまま僕は寝ちゃったんだけど、その後に奈菜も寝ちゃったんだろう。僕の体に手を回して抱きつかれた格好で寝ているので、僕は全く身動きが出来ない。

 そして奈菜はあの可愛らしいモコモコの部屋着を着ているものだから、大きな双丘の谷間が目の前にデデーンとこれでもかという程存在感を放っている。

 健全な高校生にとって、これほどの地獄はあるだろうか。正に生き地獄。奈菜からもの凄く良い匂いがするし、僕の体に押し付けてくるその立派なモノの柔らかさがやばい。

 触ってみたい。だが、もしこれで奈菜が起きようものなら俺は死んでしまうだろう。ここは石になりきって耐えるしかない。

「僕は石だ。僕は石田。違う、石田じゃない。石だ」

 駄目だ、気が動転していて、思考までがおかしくなっている。

「う、ううん」

 や、やばい。急いで目を瞑って寝た振りをする。

「いけない。また寝ちゃった。駄目ね優弥といるとどうも安心しちゃうのよね。ふふ。それにしても良く寝てるわね」

 そう言って、僕の頬をツンツンとつつく。

 勘弁してよ。くすぐったいよ。

「ふふ。どんな夢見てるのよ。さあ、私も部屋に戻って寝ましょ」

 よかった。起きている事には気づかれなかったみたいだな。

「おやすみ優弥。チュ」

 頬に奈菜の唇が振れた。所詮あいさつ程度の軽いものだったが、僕には寝られなくなるには十分な爆弾だった。

 

 柔らかかったな。キスされた頬に触れる。母さん以外にはされたことの無いライトキス。バードキスは瑞樹にされたけど……。

 奈菜はどういうつもりでしたんだろう。僕に気が――ある訳は無いから、たぶん出来の悪い弟の様に思っているのかもしれないな。

 奈菜はとても出来のいいお姉さん、僕は出来の悪い弟。いつもしっかり者の姉に引っ張られて行動している。姉ちゃんか、そういえば欲しいと思ってたな姉妹きょうだい。正に叶っているのかもしれない。

 しかっり者でぐいぐいと弟を引っ張っていく姉に、寂しがり屋で気の強い妹。今の僕を取り巻く偽の家族。ちょっとしたことで崩壊してしまう関係。契約で縛られただけの関係。

 所詮、そんなものだな。どうせ奈菜も瑞樹もすぐにいなくなってしまうさ。過度に期待してはいけない。

 僕はこれまでも、これからも一人で生きていくさ。一人がいい。何も考えなくていいんだから。あー、異世界行きたかったな。



「おはよう、優弥」

「う、うん。お、おはよう」

 昨晩のキスの事を思い出して、ちょっと焦ってしまった。


「はい。これあげる」

 奈菜が朝から綺麗に包装された包みを渡してきた。

「何これ?」

「はー。あなた本当に男の子なの。チョコよ、チョコ。今日はバレンタインデーでしょ」

 あっ、今日は2月14日だった。僕には縁が無さ過ぎてすっかり忘れていたよ。

「ありがとう。うれしいよ。女の子に初めて貰ったよ」

「そうなの。ごめんね。初めてのチョコが私なんかので」

「なんでそうなるのさ。すごくうれしいよ。僕は」

「そう。だったら作って良かったわ。優弥にはお世話になっているからね」

 僕の方が遙かにお世話になっている気がするのだが……。これは来月のお返しをしっかりしないと駄目だな。母さんにもお礼はしっかりする様に言われてきたしね。


「優弥ー。おはよー」

 玄関を出たところで瑞樹が現れた。

「はい。どうぞ」

 瑞樹からもチョコを頂ける様だ。仮の彼氏なのにありがとう。

「ありがとう。うれしいよ」

「瑞樹。これ手作りじゃないでしょうね」

 奈菜は瑞樹の手作りを警戒している様だ。僕ももし手作りだったら食べたくないからね。質問してくれてありがとう。

「手作りじゃないわよ! ちゃんとお店で買ったものよ」

 ほっ、よかった。病院に行かずに済むよ。

「お嬢様、嘘は駄目ですよ。南雲様、これは手作りチョコですよ」

 な、なんだって! 奈菜と僕は瑞樹の方を見る。

「ち、違うのよ。私の手作りじゃないのよ。パリからシェフを呼び寄せて作って貰ったのよ。だから市販品と変わらないから。安心して」

 やばい、手が震えてきた。これは一粒千円のチョコなんて目じゃ無いくらい高級なチョコに違いない。市販品と変わらない事なんて絶対ない。

「これはなかなか美味しそうなチョコのオーラを感じるわね。私にも一つ食べさせてよ」

「これは優弥にあげたのよ。駄目よ。美味しさに腰を抜かして貰うんだから」

「私のだって失楽園ショコラティエ読んでから作ったから良く出来ていると思うんだから」

「なんですって、それはとても気になるわね。ここに同じ物がもう一つあるわ。交換しない?」

「いいわね。私も自分用のがあるから交換しましょう」

「ふふ。二人とも友チョコみたいだね」

「「そんな事ない」」


 昨日の夜はちょっと暗い事考えちゃったけど、どうでも良くなったな。二人も仲良くなったみたいだし。今だけの関係だったとしても、今は楽しいんだ。僕もそれを楽しんでみてもいいじゃないか。

 そう思えた朝だった。

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