第26話 Sランクパーティのリーダー

「トーマスさんは分かってないね」


 俺は軽るくおどけるように言ってみた。


「何をだ?」


 トーマスの声のトーンも、すっかりいつもどおりに戻っている。


「だってこの街での”英雄の息子”は、スクワッシュ王国での立ち位置とは違ってるんだよ? だから今の俺は、”英雄の息子”として無理に気張る必要はないんだ。それなら俺は、この街でアレクサンダーとして自分を確立したい。まあどんな見方にしろ、俺が”英雄の息子”として人々の目に映ってるんだろうから、あくまで俺の自己満な考えなんだけどね」


 スローライフを画策してルイーネにやってきたが、負の遺産を受け継いでしまった俺は、しっかり金を稼がなければいけない。

 しかも、良くも悪くも俺が”英雄の息子”であることは知られている。


 だが今のところ、俺はかつてのようにさげすまれていない。

 ならば俺は、”英雄の息子”であることから逃げたり、逆に真っ向から向かい合うこともせず、ただアレクサンダーとして生きる。

 それでも俺が”英雄の息子”なのは事実。

 その事実がである以上、俺の目指す生き方は簡単なことではないだろう。


 しかし、今の俺は過去にはいなかった頼りになる奴隷がいる。

 敵か味方か、はたまた清廉潔白か腹黒かよく分からない、俺の従者になうことを希望する元聖女だっているのだ。

 まあ今は、エロの権化的存在のリズのことは置いとくとして、確実に役立つフェイの恩恵に預かるつもりだ。

 無知な少女を利用するのが、ゲスいことだというのは百も承知。

 その分、俺はフェイを大事に扱うつもりでいる。

 便利な奴隷ではなく、大切な家族として。


「まあ、近いうちにオリンダさんとやらの家に行ってみるよ」

「それは助かる。――だがその前に」

「その前に?」

「アレックスの今現在の力量を見せてくれ」


 トーマスから唐突にそんなことを言われてしまった。


「いきなり何で?」

「俺はギルマスだ」

「そんなんの知ってるけど」

「ギルマスとしては、この街に所属する冒険者の力量を知って必要があるんだよ。特にC以上の上位ランクのな」


 国によっては傭兵団なども存在しているが、国軍以外の戦闘戦力は、ほとんどが冒険者であることが多い。

 都市国家であるルイーネも、冒険者は大事な戦力なのだろう。

 そしてギルマスであるトーマスは、有事の際に備えて自身のギルドに所属する者が、どれほどの戦力であるか知っておく必要があるに違いない。


「アレックスは、このルイーネがどんな立ち位置の国かもう知ってるだろ?」

「南北を断絶する山脈に中心にあり、唯一南北の行き来ができる交通の要所でしょ?」

「そのとおり」


 山脈などと呼んでいるが実際には山ではなく、登ることのできない断崖絶壁だ。

 もはや山脈とも呼べない岩の壁が、東西に数100kmにも亘って伸びていると言われており、唯一その壁が途切れている場所こそが、ここルイーネであった。


 では何故、ルイーネの場所だけ壁が途切れているかと言えば、この場所はかつて雲をも突き抜ける高い塔ダンジョン、天空の塔ジグラートがあった場所だからに他ならない。

 天空の塔ジグラートが倒壊した話は置いとくとして、ジグラートの跡地として残ったルイーネだけが、南北を行き来できる場所になっているのが現状だ。


「そんな場所だから、必然的に北の都市国家連邦の国々や数多の小国、そして南のスクワッシュ王国を含めた大国の数々がルイーネにやってくる」

「それは知ってるけど、俺の力量と関係ある?」

「まあ聞け」


 トーマスは俺の質問を軽くあしらい、勝手に語り始めた。


 過去にルイーネは、その立地故に数多の国々から狙われたが、それはそれとして、現在は都市国家として独立している。

 そして城郭都市としては破格の大きさだが、交易都市として発達したため、農業地は確保できていないのが現状だ。

 それでも様々な物資が運び込まれるため、食料に事欠くことはない。


 またルイーネの周辺は、交通の要所であるため街道などが整備されており、魔物の駆除などは軍が定期的に行なっている。

 そのため、冒険者本来の仕事はあまりなく、もっぱら商隊の護衛が主な仕事だ。

 そうなると、魔物を狩れる上位ランクの冒険者は定住しない。


 ちなみに、”英雄”夫婦がルイーネに定住することにしたのは、冒険者としての仕事をしなくてよい場所だったからだ。


 だがそんなルイーネにも、北西にはこれまた岩壁で囲まれて他国と繋がっていない袋小路の森がある。

 そこは低位の魔物しか出ず、様々な薬草が群生していて、低ランク冒険者が活動できる場所であった。

 そのため、駆け出し冒険者が採取の依頼をこなしたり、中堅冒険者がそれなりに魔物を狩って生計をたてており、なかなかバランスの取れた地であったと言えよう。


 あの出来事が起こるまでは。


 あの出来事とは、言うまでもなく氾濫スタンピード

 そして、新ダンジョンの発見だ。


 新たなダンジョンが発見されたことで、現在はダンジョン都市の開拓が急ピッチで進められている。

 当然、活躍の場を求めて冒険者も集まっているのだが、安定した狩場に根を張る上位ランクの冒険者は、まだ都市も出来上がっていない新たな地にホイホイきたりしない。

 集まってくるのは、地元で上手く稼げていない中途半端な者たちだ。


 そして現在、新たにやってきた冒険者の数は、氾濫スタンピードで命を落とした者たちと同数くらい。

 質もどっこいどっこいと言ったところか。

 そんな状況で、再度氾濫スタンピード級の災害が起こったらどうなるか?

 今はもう、助けてくれる”英雄”がいない。

 ならば、いる者たちでどうにかしなければならないのだ。


「そんな訳で、Cランクのアレックスは、ルイーネでは数少ない上位ランカーなわけだ」

「スクワッシュ王国では、散々無能扱いされてたんだけどね」

「お前の両親が”英雄”じゃなきゃ、ソロでCランクは褒め称えられてただろうな」

「どうだか」


 トーマスの言う可能性もあったかもしれないが、実際には蔑まれていたのだ、たらればを言っても意味がない。


「で、俺が”英雄”の代わりになれるか確認すると?」

「まさか。”英雄の息子”だから”英雄”級の働きができるなんて、俺はこれっぽっちも思ってない。あくまで、Cランク冒険者としての実力を確認したいだけだ。――とは言え、お前にはフェイの武具とリズの障壁があるからな、単なるCランク以上の実力があると読んでる」

「さいですか」


 トーマスは、フェイの鍛冶と付与術のことをあらかた知っている。

 更に、元聖女のリズが障壁を張れることも、当然知っているのだ。


「相手は俺がする。もちろん訓練所は出入り禁止にして、誰にも見られないようにするから、思う存分力を発揮してくれ」

「え、トーマスさんとやるの?」

「何だ、年寄の体を心配して手加減でもしてくれるのか?」

「逆だよ。ちょっと実践から遠ざかってても、Sランクに近いAランク冒険者の力はまだ衰えてないでしょ? むしろ手加減してほしいと思ってるんだけど」


 俺は軽い口調で言っているが、内心では本当に手加減してほしいと思っている。

 というのも、トーマスの個人ランクはAだが、トーマスの率いていたパーティのランクはSだったからだ。


 冒険者のランクというのは、対象となる魔物のランク、例えばAランクの魔物を単独で倒せれば、個人ランクはAになる。

 そして、Sランクの魔物を最大6人で編成されるパーティで倒せれば、パーティランクはSになるのだ。


 俺の両親は、それぞれ単独でSランクの魔物を倒したことで、どちらも個人ランクがSになったのだが、そもそもそれは異常なことで前例がなかった。

 むしろここ数10年もの間、Sランクパーティすら存在していなかったことを考えると、Sランクパーティのリーダーだったトーマスもまた、尋常ではない強さを持つ英傑なのだ。


 俺は気乗りしないながらも、断っても無駄だと分かっていたので、大人しくトーマスの後に続いて訓練場に入った。

 そして一箇所しかない出入り口の扉が閉められると、処刑台に上げられた囚人のような気分になる。


「んじゃ、支度しろ」

「はい……」


 こうして俺は、口角を上げた厳ついオッサンと、望まない手合わせを始めるのであった。

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