第13話 英雄の最期

「あのふたりは下手な貴族より金を持っていた。実際には何度も叙爵を断っているが、低位の貴族なら顎で使えるほどの金をな。――でだ、遺産関係は依頼としてギルドで請け負っているが、友人として頼まれてることもある。ちょっとばかり面倒な内容だ」


 翌日、宿で朝食を済ませて冒険者ギルドを訪れると、昨日と同様にギルマスの部屋に通された。

 そして両親の最期を尋ねたところ、話の中で伝えると言われる。

 では何の話かと問えば、遺産についてだとのこと。


「面倒ってのは?」


 俺としては両親の死など想定していなかったため、遺産のことなど考えたことなどなかった。

 なので寝耳に水なのだが、しっかり聞いておかなかればならない。

 とはいえ、面倒と言うのが気になる。


「それも話の中で伝える。――まずはライアンの方から説明していくが、そのためにはルイーネで起こった出来事を交えて伝えねばならん」

「わかりました。お願いします」


 そうして始まった説明は、だいたいこんな感じだった。


 事の起こりは2年程前、ルイーネの北西方面に魔物の出現が多く報告されていた。

 それにより魔物の討伐数が増え、冒険者もギルドも好景気状態になる。


 そして1年と少し前、そのルイーネの北西方面に今までの比ではない魔物が出現したとの報告があった。

 当時まだ副ギルド長――サブマス――だったトーマスは、常々調査隊を出すべきだと進言していたが、好景気に水を差すと言って当時のギルマスは話を聞かない。

 だが嫌な予感がしてならないトーマスは、早急に対処すべきだと強くギルマスに進言する。

 しかしギルマスは、ルイーネがダンジョンのある都市ではないため、ダンジョンから魔物が溢れ出る氾濫スタンピードほどではないと判断。

 しかもルイーネは天然の要塞である城郭都市のため、街そのものに危機が訪れることはないと言い出した。

 それでもトーマスがうるさく言うので、ギルマスは仕方なしとばかりに冒険者を偵察に出し、群れの規模などを調査させたのだ。


 だが調査を開始して間もなく、出現報告のあった場所から離れた街道で、都市国家間を移動中の商隊などが次々と被害にあってしまう。

 さらに、街の近くの森に出ていた低級の冒険者なども被害にあっている、という報告が次々に上がってくる。

 もはや連絡を待っている場合ではないと思ったトーマスは、引退していた”英雄夫妻”に状況を伝え、討伐に出るよう頼み込んだ。

 引退後はすっかり趣味の鍛冶にハマっていたライアンだが、国家の危機と聞いて数年ぶりに戦場へと赴く。

 また、20年以上前に引退していたレイラは、ありったけのポーション類をギルドに提供すると、スランプを感じさせない軽やかな動きで戦場へ向かった。


 一方で、ギルマスが緊急招集を発動する。

 これ自体は問題ない。

 しかし、初動の遅さから他国家の商隊にまで被害が出てしまったことで、自身の責任問題を問われることを恐れたギルマスは、保身のために条件を変更していた。

 通常の緊急招集で強制できるのがCランク以上であるところを、全冒険者に強制出撃を命じたのだ。


 この愚かな命令により、多くの冒険者が命を失うことになる。


 その後、”英雄”である”剣鬼”ライアンと”魔導姫”レイラの活躍によって、さほど日をかけずにあらかたの魔物はほふられた。

 しかし倒して終わりとはいかず、原因の究明をしなければならない。


 終息の翌日、ルイーネの北西方面に調査隊が派遣されると、未確認のダンジョンが発見された。

 であれば、今回の出来事は氾濫スタンピードであったことが有力視される。

 そうなると、ダンジョンの規模を調べなければならない。

 すでに氾濫スタンピードを起こしているだけに、ダンジョン内も魔物が多くいることは想像できる。

 トーマスは老骨に鞭打つようで申し訳ないと思いつつ、”英雄夫妻”に調査を頼むと、両”英雄”は快諾してくれ、準備が整い次第早々に出発してくれた。


 新ダンジョンは一般的な洞窟型で、調査は順調に進んで第1層から第4層まで問題なくクリア。

 しかし第5層はそれまでの洞窟とは違い、屋外のような所謂フィールド型。

 ライアンは過去の経験則から、そこが最終下層と推測したようだ。


 サポートに付いていた冒険者からその報告を受けたギルマスは、ダンジョンコアを破壊することなく、ラスボスのみを撃破するよう指示。

 トーマスは引退した”英雄”のふたりには、ギルドからの依頼ではなく個人的に頼んだだけ。

 しかもふたりはとうの昔に実践から離れたロートルなのだから、安全を第一に調査だけしてくれればいいと頼んでいた。

 それなのにギルマスは、勝手な指示を”英雄”に与えるべく、伝令を走らせてしまったのだ。


 そんな状況下で、自分だけのうのうと安全な場所にいられないと思ったトーマスは、職務を放棄して自分もダンジョンへ潜ることに。

 しかし久々の戦闘準備に手間取り、ダンジョンへ入るのに時間がかかってしまう。

 それでもどうにか第5層に到着し、戦闘が行われているであろう場所へ急行した。


 だが戦闘は既に終了している様子。

 慌ててレイラの元へ駆け寄ると、そこには既に事切れたライアンの姿があった。


 レイラの話によると、ラスボスはドラゴンだったとのこと。

 第5層までしかない浅いダンジョンにも拘わらず、ドラゴンが出現することが異常であったが、その上かなり熟成していたと言う。

 しかも、ドラゴンはダンジョンから力の供給を得て、地上のドラゴンをも上回る脅威度だったようだ。

 そこにきて、自分たちは衰えている。

 レイラはポーションをギルドへ提供しており、手持ちがなかったため出発前に急遽用意したが、想定外の難敵が相手にすぐにポーションが尽きてしまう。

 それでもライアンは、最期の力を振り絞ってドラゴンを倒す。

 だがドラゴンの動きが完全に停止したのを確認すると、まるで役目を終えたと言わんばかりにライアンも力尽きてしまったのだと。


 その後、サポート要員だった冒険者にダンジョンコアを見張らせ、ライアンの亡骸を連れてレイラと地上へ。

 レイラもまた地上へ出ると倒れてしまい、そのまま療養施設へ緊急運搬される。


 街では騒動の解決を喜ぶ声で溢れかえるが、ギルド内では浮かれる者もなく、皆が”英雄”ライアンの死を嘆いた。

 そんな中、ギルマスだけは大はしゃぎ。

 堪忍袋の緒が切れたトーマスはギルマスをぶん殴って気絶させると、地下牢に放り込んでしまった。


 それからしばらくは国への報告など事後処理に忙殺され、気づけばトーマスはギルマスに就任していた。


 ようやく落ち着き、レイラに報告ができるようになったトーマスは、ライアンの葬儀を大々的に執り行う旨を伝えたが断られてしまう。

 だが友としてライアンを送り出してあげたいトーマスの気持ちを汲んだレイラは、ふたりで葬儀を行い、自宅の庭に墓を作った。


 そして、ライアンが受け取るはずだった報酬はレイラの意向で、今回の騒動での死傷者や遺族などに分配されることに。

 ライアン個人の遺産は当人が亡くなる間際に、「このダンジョンがあれば多くの冒険者が救われる。きっとダンジョン周辺の開発が行われるだろうから、俺の金はその開発の足しにしてくれ」と言い残したのだとか。

 その言葉を受けたレイラは、これから行われるダンジョン都市開発に使うようにと、ライアンの資産を全額寄付した。


 さらにレイラは、今回の件で親を失った子どものために孤児院を設立し、自身の資産を惜しみなく注ぎ込んだ。

 その孤児院の運営は冒険者ギルドに委ねられ、10歳以上の孤児は冒険者ギルドの見習いとして雑事を行わせている。

 そして15歳になったら冒険者になるもよし、なりたい職に就くもよし、との方針で全力サポート。


 一連の手続きが全て終わり、それまで忙しかったレイラもようやく落ち着くことができるようになった。

 それが約半年前。


 だが忙しさから解放されたことで、レイラにライアンを思い出す時間ができたのが仇となってしまった。

 ライアンを深く愛していたレイラは、急激に老け込んでしまったのだ。

 そしてレイラは、それまで打ち込んでいた研究にも手を付けなくなっている。

 見かねたトーマスは、レイラをわざと忙しくさせようとポーション大量に発注するも、彼女はただただポーションを生産するだけで、どんどん人間味を失っていく。


 どうにかレイラを以前のようにしたい、そうトーマスが頭を悩ませていると、約ひと月前、レイラが危篤状態との連絡を受ける。

 優秀な治療師などを送るも、レイラはそのまま帰らぬ人となってしまった。


……ということのようだ。


「すまんアレックス。俺がふたりを頼らなければ……」

「それは違いますよ。そんなことが起これば、遅かれ早かれ両親の耳に入ったはずです。そうなれば、トーマスさんに頼まれなくても両親は討伐に向かったでしょう。だからトーマスさん、貴方が責任を感じる必要なんて、これっぽっちもないんですよ」


 これは別に、トーマスを庇っているわけではない。

 あの両親なら、絶対にそうしていたと断言できる。


 何故なら俺の両親は、”英雄”なのだから。


「それにおふくろのことも、トーマスさんは最期まで気にかけてくれてたようですし、俺からすると感謝しかありません」

「アレックス……」

「まあ、おふくろに惚れてたトーマスさんからすれば、当然のことなんでしょうけどね。ってか、トーマスさんがルイーネにきたのって、もしかしておふくろを追ってのことですか?」

「ふ、ふざけんなアレックス! 俺はルイーネ出身で、里帰りしただけだ!」


 トーマスがおふくろに惚れてる、という噂話はかなり昔からあったようで、俺もその噂は本当だと確信している。

 だが普段であれば、こんなことはわざわざ口にしない。

 むしろ初めて言ってみたのだ。


 まあトムおじさんも、前のギルマスに苦労させられてたみたいだし、俺の両親に頼ったのは仕方のないことだと思うんだよね。

 それなのに、その責任を感じたまま今後を生きるってのは、俺的にはちょっと違うと思うんだ。

 俺からすると、俺の両親はやっぱり”英雄”だった、って再確認できて良かったし。

 だからまあ、”英雄の息子”が気にしてないって言ったことで、トムおじさんの気持ちが少しでも軽くなってくれるといいな。


「ところでトーマスさん、聞いた感じだと遺産はほとんど寄付しちゃってるみたいだし、面倒はなさそうな気がするんだけど」


 少しばかり空気が緩んだのを感じ、俺はちょっとばかり砕けた言葉――昔のように話しかけてみた。


「はぁ~……まあいいか。その寄付が話を面倒くさくさせてるんだよ」


 元々剛毅なトーマスは、深い溜息を一つだけ吐き出すと、グダグダ言わずに気持ちを切り替えてくれたようだ。


「それはどういう?」


 寄付をしたなら金が無くなって終了だと思うんだけど、などと思いつつトーマスの言葉を待った。

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