第10話 都市国家ルイーネ

「冒険者ギルドはどこですか?」


 ひと悶着どころではない騒ぎもあったが、俺たち一行は無事に都市国家ルイーネへたどり着いた。

 しかし俺は、ここへ初めてきたので両親の家を知らない。

 なので、冒険者ギルドの者であれば両親の家を知っているであろうと思い、門衛にギルドの場所を尋ねたのだ。


「幼いエルフと美人な人間の奴隷を連れてるとは、随分と稼ぎが良さそうだ。アンタ高ランクの冒険者か?」

「いや、まあ、一応Cランクですけど」

「へぇーCランクか。さすが上位ランク、羨ましい限りだ」

「……そんなことより、ギルドの場所を教えてくれませんかね?」


 不躾な目で奴隷と奴隷に見える元聖女を見て、軽口をたたく門衛。

 その言動に軽い怒りを覚えつつ、ちょっとした安心感を覚えた。

 というのも、スクワッシュ王国内での俺は、名乗らなくとも蒼と紅のオッドアイの冒険者というだけで、”英雄の息子”だと分かってしまわれていたのだ。

 しかしこの門衛は、俺が誰だか分かっていない。

 それだけでもここに来た甲斐があったと思えた。


リズ・・、どこかで服を買っていこうか?」


 俺は元聖女に問いかけた。

 これからおふくろと会うというのに、弟子が貫頭衣を着て俺の奴隷のように見えてしまう現状は、あまりかんばしくない。

 門衛もリズを、”美人な人間の奴隷”と言っていたのだから、傍から見たらそうにしか見えないのだろう。


 ちなみに、リズというのはイライザの本名の愛称だ。

 そもそも彼女の本名はエリザベスで、教会に預けられた際に愛称の一つだったイライザが洗礼名となり、聖女イライザと名乗っていたらしい。

 しかし、イライザを名乗るのは後々面倒になりそうなので、本名も使わずに幼少期の愛称だったという”リズ”を名乗らせることにしたのだ。


「いいえ、手持ちもありませんので」

「そういうのは気にしなくていいって言ったろ?」


 リズは俺の目を見た時点で、俺が”英雄の息子”だとわかっていた。

 なので、英雄である両親がルイーネにいることを伝えてある。

 そして俺が、両親の世話になる気でここを訪れたことも。


「あのな、今のリズはどう見ても奴隷だぞ。そんな姿でおふくろと会ったら、確実に俺が奴隷にしたと思われる」

「私は奴隷でもかまいませんが」

「そうなったら俺の身が危険なんだよ。おふくろはマジで容赦ない人なの。だからリズがなんと言おうと、ちゃんとした服を着てもらうからな」

「……そうですね。これ以上アレクサンダー様にご迷惑をおかけできませんし、借金という形でお洋服を買っていただいてもよろしいですか?」


 この元聖女は、”わざと恩を売ってきたり借りを作ってるんじゃねーか?”と思うようなことばかり言ってくる。

 それこそ要注意人物でなければいくらでも恩を着せてやるのだが、恩を着せてもそれをネタに手を出せないのだ、いまさら借金を背負わせても意味がない。


「借金とか気にしなくていいから。それより、フェイの服も選んでやってくれないか?」


 簡素であってもワンピースを着ているフェイだが、みすぼらしい格好であるのは事実。

 奴隷市場で着せられたまま、新しい服を用意することなど考えなかった俺は、リズの件でフェイの服も替えてあげるべきだと思い至ったわけだ。


「……わかりました。アレクサンダー様のご厚意を素直にお受けさせていただきます。ですが、この御恩はいつかお返しいたします」

「ああ……」


 リズはなかなかに頑固なようだ。


「それから、フェイちゃんのお洋服は、私がしっかり見繕います」

「頼む」


 リズは俺の奴隷になる気だったため、自分たちは奴隷姉妹だと言い出し、呼び名も姉妹っぽく”フェイちゃん”と”お姉ちゃん”になっている。

 実年齢ではリズの方が下だが、エルフとドワーフは実年齢の半分が人間社会での年齢になるらしい。

 そうなると、31歳のフェイは15歳の扱いとのこと。

 ちなみに、人間社会は15歳で成人なので、12歳くらいの見た目のフェイも成人だとリズが教えてくれた。


 しかし残念だ。

 いくらフェイが成人扱いだとはいえ、見た目からしてこんなちっこい子に手を出そうなんて思えない。

 仮に、手を出してしまえば小児性愛者と言われる可能性がある。

 それに対し俺が、”この子は成人なのだから俺は小児性愛者じゃない!”と言い張ったとしても、きっとそういう趣味の人だと思われるだろう。

 それは本気で嫌だ。


 なんてことを考えている俺は今、道中で見かけた服飾店にリズとフェイだけで行かせ、店の近くにあったベンチに座っている。

 暇だと碌なことを考えないな、などと思っていると、買い物を終えたふたりが出てきた。


「お待たせいたしました」

『ご主人さまー、ヒラヒラしたお洋服だよ。お姉ちゃんが選んでくれたのー』


 貫頭衣と粗末なワンピースで入店したふたりは、言いつけどおり買った服を着て出てきた。


『似合ってるぞ、フェイ』

『ありがとーご主人さまー』

「で、リズよ」

「何でしょうか?」

「お前さんもフェイも、なんでその格好なんだ?」


 実はフェイとリズ、同じ格好をしている。

 確かにフェイに似合っているのだが、俺としては納得していない。


「私たちはアレクサンダー様にお仕えするのですから、やはりメイド服・・・・が適切だと思ったのですが。似合っていませんか?」


 リズに似合っているかどうかで言えば、正直似合っている。

 そもそもリズは、本人が超絶美人なのだ、貫頭衣でさえ似合って見えてしまうのだから、むしろ似合わない服を探す方が難しいだろう。

 だからこそ、わざわざ使用人が着る服を選ぶ必要はない。


「はぁー」


 思わずため息が漏れる。


「もう一つ理由がございます」

「何だ?」

「エルフらしからぬフェイちゃんの黒髪は目立ちます。そこにきて淡い色合いの服では、暗い髪色がことさら目立ってしまいます。なので、暗い色の服で髪色をごまかす狙いで探したのですが、黒はメイド服しかなかったのも理由です」


 そういった意味合いもあるのなら、俺は文句を言えない。


「今回はそれでいいけど、おふくろに会ったら別の服飾店を教えてもらって買い替えだからな」

「やはり似合っていませんか?」


 敢えて答えないでいたというのに、悲しそうな顔でそんなことを言われたら、答えないわけにはいかないだろう。


「……似合ってるよ」

「ありがとうございます、アレクサンダー様」


 その笑顔は卑怯だ。

 手を出してはいけないのに、そんなキラキラした笑顔を見せられては、危険を冒してでも手を出したくなってしまう。

 本当に止めてほしい。


 心を揺さぶられながら、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。


「新人登録を頼みたい」

「では、こちらの登録書にご記入願います」


 問題なくギルドに着くと、せっかくなのでふたりの登録をすることにした。

 ギルド証は身分証にもなるので、登録費用さえ払えば誰でも登録できる冒険者ギルドは、こういった際に便利だ。


「それから、この街にSランク冒険者の”英雄”夫婦が住んでるだろ? その家の場所を教えてほしんだけど」

「申し訳ございませんが、そういった情報を勝手にお伝えする訳にはいかないのですが……」


 真面目そうな受付嬢は、申し訳無さそうに想定通りの対応をしてきた。


 言いたくなかったけど、やっぱり言うしかないよな。


「俺の名はアレクサンダー。父はライアン、母はレイラ。両親に会うためにこの街に来た」

「――!」


 受付嬢は俺の言葉で目を見開き、わかりやすく驚いている。


「息子が親に会いにきたんだ、教えてくれてもいいんじゃないか?」

「……ね、念の為、ギルマスに確認してきますので、少々お待ちを」

「慌てなくてもいいから」


 もはや俺の言葉など聞こえていないらしく、受付嬢は脱兎の如く席を離れて行ってしまった。


 暇を持て余した俺は、フェイの分も登録書を書いているリザをを眺めている。

 何をしていても絵になるなー、と思いつつ絶世の美女に見惚れていると――


「ほー、ちゃんと”英雄の息子”アレックス本人じゃねーか」


 都市国家ルイーネに着いて、初めて俺を”英雄の息子”と呼ぶ声が聞こえた。


「あれ、トムおじさん? どうしてここに?」


 俺を”英雄の息子”と呼ぶ声が聞こえた方に顔を向ければ、そこには見知った顔があったのだ。


「おいおい、ギルマスに対してトムおじさんはねーだろ」

「あっ、すいませんトーマスさん。――って、トーマスさんギルマスやってるんですか?!」


 ルイーネの冒険者ギルドのマスター――通称ギルマス――は、幼い頃から良く知るトーマスだった。


 トーマスは俺の親父とほぼ同期らしく、親父を一方的にライバル視していた人であり、数少ない個人ランクAの冒険者だった凄い人だ。

 そして、親父が腹を割って話せる数少ない人物のひとりでもあり、幼少期に何度も我が家で顔を合わせたことがある。

 スキンヘッドに長い髭の強面で、恰幅がよい割に身長が低いというギャップがむしろ異様な威圧感を生み、とても恐れられていたらしい。

 だが俺からすると、面倒見の良いちっさいオッサンだ。

 当然、俺を”英雄の息子”と知っていている人物であった。


「あまり騒ぐな。ここじゃなんだから俺の部屋にこい」


 想定外なことに驚いた俺は、かなり大きな声を出していたらしく、周囲の視線がこちらに集まっている。


「えっ! あ、このふたりも一緒に連れて行っていいですか?」


 フェイとリズを目立たせたくなかったというのに、思いっきり目立ってしまった俺は、慌ててトーマスに問いかけた。


「ほー、ふたりも奴隷がいるのか。あの”英雄の息子”に」

「…………」

「別にかまわんぞ。付いてこい」


 リズは奴隷ではないのだが、そこはひとまず置いとく。

 ただ、”英雄の息子”を強調していたのはちょっと気に入らない。

 とはいえ、文句も言えないのだから黙るしかなかった。

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