第19話 振り返ったら、死ぬぜ

 チークの弓矢は完成した。いや、弓ハンマーと言うべきだろうか。


 俺、メノア、フルリュ、フィーナ、レオ、チーク。俺達は自然と横一列に並んで、マッシュルーム・マウンテンの山の麓にいた。木に囲まれた急な坂道。ここに居ると、まるで夜なんじゃないかと思えるほどに暗い。その理由は、山頂から伸びる木々が織りなす、巨大な傘だ。


 こうして麓まで来て見上げると、無数の枝が複雑に絡み合っているのが分かる。


「傘の上は、不思議な苔みたいなもので覆われていて、歩けるって言うけど。……本当なのかな」


 チークがぽつりと、そんな事を言った。


 俺達アカデミー生は厳密には冒険者ではなかったので、こうして街の外で活動する事はあまりなかった。今回は魔界と繋がっているダンジョンではないけれど、この景色が既に圧巻だ。


 ……しかし、疑問に思うこともある。


「俺達はフルリュの翼で飛んで行くから良いけど、あいつらってどうやって傘の上に行くんだろうな」


 フィーナが楽しそうに、俺の隣にぴったりくっついて言った。


「あら、支柱になっている枝が階段状になっていて、それを登って行くと頂上に出られる孔が空いているそうですわよ? ご存知ありませんか?」


「へえー……そりゃとんでもなく変な枝だな……」


 なるほど。ということは、連中は今まだ、傘の中心で枝を登っている最中の可能性もあるのか。


 対して、俺達には翼がある。相当な道のりをショートカットできるから、奴等の行動を先回りできる可能性もあるな。


 しかし……マジで、一体どうなってんだこの山は。茶色い枝が組み上がってできた天井は、光も漏れていない。


 俺達が立っている場所は、わりと普通に山なんだけどな……。山からキノコが生えてるみたいだ……。


「それで、主よ。フルリュ殿の翼で行くと言っていたが、どうやって六人で行くのだろう? まさか、全員でフルリュ殿にしがみつく訳にもいくまい?」


「それなー。考えてたんだけど、方法がひとつしかないんだよな」


 俺はチークが転がしている、大きなアイテムカートを指さした。


「これに全員で乗る、っていう」


「はあ!? き、聞いてないわよ!!」


 俺の台詞を聞いて、チークがものすごい勢いで俺に詰め寄った。


 アイテムカートというのは、商人御用達のアイテムが沢山入る、言ってしまえば荷車のようなものだ。人によってデザインが違うけど、チークのそれは比較的シンプルな外観で、ただざっくばらんにアイテムが入る箱のような形をしている。工事現場で土砂を運ぶアレのような見た目である。


 このカートを西へ東へ転がしてアイテムを売るというのが、冒険者としての商人のあるべき姿なのだ。


「これはね!! アイテムを入れるものなの!! これだって高かったのよ!? ありえないから!! 却下!!」


「でもそうしたら、カートをどうするのかって問題が残るだろ?」


「……えっ」


「もしフルリュがカートとは別に箱を抱えて飛ぶとなると、そのでかいカートは逆に邪魔になるんだよ。チークも持っていく荷物を選ばないといけなくなるし。カートは置いていく事になるだろうな」


「……に、二往復とか……」


「山頂にダンドが居たらどうするんだよ。戻るのか?」


「……」


 チークの表情が、みるみるうちに曇っていく。まあ、普通に考えればそうだ。チークのカートはアイテムカートの中でも結構大きい方だから、これを引いて山を登るのはまず無理だろう。


 幸いにも、五人立てるだけのスペースはある。ロープを括り付ければ飛べるし、そのためのロープも持ってきた。


 どうしても、これしか方法がないのだ。


「な? カートに乗るしかないだろ?」


「ぐっ……こんな事なら、カートなんか持ってくるんじゃなかったわ……!!」


「仕方ないだろ、武器とかアイテムとか必要だしさ」


「ぐうぅ……!!」


 チークが拳を握り締めて、歯を食いしばった。狼のように、ぐるる、と唸る。


 俺は両手を合わせて、チークに頭を下げた。


「すまん。正直、悪いと思ってる。でも、カートに乗れたらこの問題が全部解決するんだよ」


 素直に謝ると、チークは腕を組んで、色々考えた後に口を開いた。


「……わかったわよ、やむを得ないわ。でも後でちゃんと掃除してよね!!」


 チーク・ノロップスターというのは、話せば分かる奴なのである。


「ありがとな。だからお前好きだぜ」


「むっ……!! むうう……!!」


 チークは頬を膨らませながらも、本気で怒っている様子ではなかった。


 俺はリュックから太めのロープを取り出し、カートに括り付けた。チークに多少すまなさそうな顔をしながらも、他に手段が無い一同はチークのアイテムカートに乗り込んでいく。


 それを合図に、フルリュがロープを足で掴んだ。


「そ、それでは!! いきますよっ……!!」


 フルリュは翼を広げて――……で、でかい……!! 普段は畳んでいるだけなのか。広げると、こんなに大きくなるとは。


 羽ばたくたび、強力な風が巻き起こる。それこそ、人が一人くらいは簡単に吹っ飛んでしまうくらいに。やがて、フルリュの翼はぼんやりと光り、チークのアイテムカートは宙に浮いた。


 風の魔法だ。鳥よりもはるかに重量のあるハーピィがどうやって飛ぶのかと思っていたら、魔法だったのか。


「す、すげえ……」


 思わず、そう呟いてしまった。


「んっ……!! さ、さすがに重いですね……!!」


 フルリュは若干艶めかしい声を出しながらも羽ばたいた。あっという間に大木の全長を越え、山の全貌が見渡せるくらいに上がっていく。


 顔は辛そうだけど、力は十分にある。……あとは、傘の上まで保ってくれれば良いんだけど。


 この高さから落ちたら確実に死ぬな……俺……。


「なあ、主よ」


 ふと、メノアが地上を見下ろしながら、俺に声をかけた。


「なんだ?」


「いや。ふと、思ったのだが」


 なんだろうか。メノアは何かを言うべきか言うまいか、悩んでいるように見えた。


 だが、やがて意を決したのか、メノアは言った。


「……なぜ、本気を出さなかったのだ?」


「なにが?」


「ダンド・フォードギアと剣を交えた時だ」


 何言ってんだ……?


 一体、何の話をしているんだろうか。メノアが言わんとしていることが、俺にはまるで理解できない。


「どういう意味だよ」


「言葉のままの意味だ。主はどうしてあえて、剣だけで戦おうとしたのだ」


 は、はーん?


 まさかこいつ、俺が弓やら魔法やらをある程度使えるからって、剣だけで戦ったことを『手を抜いている』なんて誤解したって言うのか?


 やれやれ、とんでもない思い違いだ。思わず俺はため息をついた。


「あのな、メノア。武器には、それぞれ得意な間合いってもんがあんだよ」


「そ、それは分かっている。だが、主は結構、色々な技を使えるだろう? 多芸じゃないか」


「いくら多芸だって、間合いが遠くなきゃ魔法は使えないし、隙がないと弓は撃てないだろ。スキルを使うのにも時間が必要なんだよ。その間は止まってないといけないしさ」


 当たり前のことだ。剣士が剣を使い、魔法使いが魔法を使うように。それぞれ、できる事は限定されている。


 いくら俺がどんな武器でも扱えるからといって、武器ごとの戦い方も、得意な間合いも異なっている。


「スキルとやらを使うには、止まっていないといけないのか?」


「まあ、種類にもよるけどな。歩きながら魔法を使う魔法使いなんて見たことないぞ」


「そう、なのか? それで主は、武器を固定して限られたスキルだけで戦っていたのか……」


 メノアは頭に浮かんだ疑問符が消えないようだった。可愛らしい見た目には想像もつかないような喋り口調だが、小首をかしげる様は完全に少女のそれである。


 押し黙ったメノアはしばらくの間、考え込んでいた。


 そうしてふと、俺に言った。


「でも、変じゃないか?」


 どうしても、腑に落ちないようだった。


「そんなことねえよ……魔法は立ち止まって撃つっていうのは、冒険者の中では常識に近い事なんだよ」


 メノアは純真無垢な瞳に、真面目な顔で言った。


「でも人間以外の種は、動きながら火を起こしたりするぞ?」


「いや、それは――……」


 ん?


 メノアにそう言われた時、俺は思わず、先に続く言葉を見失ってしまった。


 ……あれ? 言われてみれば、確かにそうだな。


 ジンや他のリンドウルフは、走りながらでも火法を使える。実際に見せてもらった事もある。


 そうか。魔法が立ち止まって撃たなければいけないモノなら、リンドウルフが走りながら火球を飛ばせることの説明がつかない。


 フルリュだって、ついさっき羽ばたきながら魔法を使っていた……な。


 もしかして、俺が今常識だと思っているこれも、アカデミーで植え付けられた固定概念……?


「……」


「ラッツ?」


 できるのか?


 確かにそれができるなら、俺の戦い方は大きく変わる。


 複数の武器を使う戦闘スタイル。様々な魔法を使える時に使って、自分に最も有利な状況を作り出せばいい。


 今まで、そんな事は考えもしなかった。だって魔法を使うにはある程度の集中できる時間が必要で、武器を持ち替えるのも隙が生まれる。常に相手がいつでも距離を詰められる状況で、剣以外の選択肢なんて俺には、ないと思っていて。


 動きながら武器を持ち替え、魔力を貯め、スキルを使う。


 たとえば、そう……ダンドと戦った時、長剣で太刀打ちできなかった時に、短剣に持ち替えた。あの時は速度を重視して、リュックを捨ててしまったけれど。


 それを、戦闘中に行う。


 できるか? 難しそうだが……。


「おーい、主よー」


 メノアが俺の目の前で、ひらひらと手を振る。


 よく考えてみれば基本のブーストスキルだって、剣士だから剣士用のスキルしか使ってはいけないとか、そういったルールはない。


 やった事はないから、魔力の管理なんかは少し難しいかもしれない。戦っていく中で、問題も出て来るかもしれない。


 でも、可能性は、ある。


「メノア、サンキューな」


「何か、発見したのか?」


「ダンドに勝てるかもわからん」


「……そうか」


 メノアは微笑んでいた。


「あっ!! 傘の上が、見えてきましたよ!!」


 フルリュの言葉で、俺達は再び山の方へと意識を集中させた。


 広い……本当に、地面がそこにあるみたいだ。よく見れば、無数の芝のような草が生えている。何が変異しているのか分からないが、土のようなものも見える。これなら立って歩くことも、なんなら走る事だってできそうだ。


 フルリュは少し高めに飛んで、それからゆっくりと、傘の上にカートを降ろした。


 まったく沈む気配はなく、想像以上にしっかりしている。


「おお……普通に地面なんだな」


 傘の上を歩きながら、レオが驚いた声でそう言った。


 さて。ダンド・フォードギアが、ここに居なければそれでいい。


 でも、もし居たら――……。


「あっ……!! ラ、ラッツさん!! ラッツさん!!」


 フルリュが俺の肩を掴んで、指をさした。言われるままに、俺はマッシュルーム・マウンテンの中央付近を見た。若干盛り上がっているその中央付近には、数名の人影があった。


 それを見た瞬間、俺は真っ先に走り出した。


「お、おい!! ラッツ!!」


 レオが俺を止めようとするが、言うことを聞いてはいられない。


 だって、そこにあいつの影が見えたから。


 あいつには、言いたい放題言われた借りがある。


『誰かに認められたければ、黙って従え。それも分からねえか』


 俺には、分からない。分かる日も来ない。


 どれだけ努力したって、誰も認めてはくれなかった。


 俺の周りにはいつだって、自分の事だけを考えて生きている連中ばかりがいた。


 そいつらは、自分のためなら何だってやった。誰かに媚を売ることも。誰かを貶めることも。誰かを傷つけることも。


『…………ひっ……!!』


 誰かを、殺すことも。


 俺は真っ先に走り出し、そうして、立ち止まった。


 そいつは俺を見て、そうして……苦虫を噛み潰したような顔をした。


 森でも見た、数名の冒険者。その中央には、羽を毟られて飛べなくなったハーピィの姿があった。


 後から走って来た、フルリュが叫んだ。


「ティリル!!」


 その男は、地面に魔法陣を描いている最中だった。視線だけを、俺に向けている。


 その男が――ダンド・フォードギアが――俺に言った。


「お前には、何を言っても分からないらしいな?」


 理由は分からないけど、ダンド・フォードギアがセントラル・シティに対して強い恨みを持っていること。それだけは、分かる。


 逆に言えば、奴にとって当事者ではない俺には、それくらいしか分からないって事なんだ。


 言葉が持っている力なんて、それくらいのものなんだ。


 誰かと意思疎通をすることは、できない。


 俺は、目を閉じた。


 そうすると、過ぎ去った記憶が雪崩のように、俺の所に押し寄せた。冒険者になろうと思ってから本当に色々な、人間の憎悪というものを、浴びるように見てきた。


『まー、そしたらさ。俺が冒険者になった時は、人間のみんなに伝えるよ。リンドウルフは悪い奴らじゃないってこと』


 考えろ。


 俺にできることは、なんだ。


「へえ。……俺は、何を言われたんだ?」


 挑戦的な笑みをダンドに向けた。


 そう問い掛けると、屈んで魔法陣を描いていたダンドは立ち上がり。そうして、剣を抜いた。


「誰かに認められたければ、黙って従えと――言わなかったか。それとも、三歩歩けば忘れる鳥頭か。スーパービギナー」


 俺は、笑った。


 きっと今までに出会った奴等も、同じことを俺に思っていたんだろう。


 黙って従え。黙って、自分の利益になることをしろ。


 人の利益にならない俺には、何をする価値もないと。そういう意味だったんだ。


 文字すら読めない俺には。


「前にさ。黙って従った結果、家族が死んだことあんだよ。だから今は別に、誰にも認められなくて良いかな、と思ってる」


 見ているか、ジン。


 俺は、冒険者になった。


 でもそれは、魔物を狩るためじゃない。金を稼ぐためでもない。


「逆に、お前に聞きたいんだけどさ。後ろ向きな理由で、得られるものってあるのかな」


 ダンド・フォードギアが、ぴくりと眉を動かした。


 俺は、頭の上のゴーグルを引き下げ、装着した。


 きっと俺は、どこから見たって冒険者には見えない。


 鎧がない。兜もない。ゴーグルに指貫グローブ、カーキ色のジャケット、大きなリュック。


 およそ、冒険者として格好が付くようなものを何も持っていない。


 上級冒険者の、ダンド・フォードギアとは明らかに違う。飾りっ気がなくて、どこかみすぼらしい。


 それでいい。


 それでいいんだ。


 だって俺は、誰かに認められたくて冒険者になったわけじゃない。


 俺は冒険をするために、冒険者になった。


 それが全てだから。


「ああ、まあ良いんだろうな。上級冒険者様は、ウジウジしてても許される環境下に居るんだろ? ……でもさ、俺と戦う時は気をつけろよ。前は勝てたかもしれねーけど、俺は前しか見えてねえからさ」


 リュックから短剣を二本取り出し、両手に構えた。俺を見下すダンド・フォードギアに、剣の切っ先を向けた。


 武者震いが全身を駆け巡った。


 そうして、俺は笑った。




「振り返ったら、死ぬぜ……!!」



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