ZAPZAP

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 ……じゃあ次のお便り。耕し侍さんね、いつも聞いてくれてありがとう。


「今、僕は生まれて初めて実家を離れ、友人と旅をしています。友人、と言うと少し照れくさい、というか、心のどこかがむず痒く感じます。でも、多分友だちなのだと思います。姉がそう僕に教えてくれました。


 旅というのは良いものですね。例えば車窓から見える景色一つにとっても、普段の日常からして全然違います。我々は ──僕と友だちの事ですが、白いバンに乗って旅をしているのです。車の運転は友人がしてくれています。僕には車の免許がありません。


 東京都から東北の方へ向かったのですが、高速道路に乗って北へ北へと向かうと、ビルが立ち並ぶ都会から緑深い田舎への移り変わりが本当にダイナミックで、見ていて全然飽きません。高いビル群を抜けると一軒家が立ち並ぶさまを見下ろすようになり、やがてぽつぽつと緑がその間を埋めていきます。高速道路の分厚い壁に阻まれ、トンネルを抜けるとそこはもう畑と田んぼばかりの「THE田舎」といった風に世界が一気に変わるのです。


 そうした景色は大変美しく、心を奪われました。それから夕方になり、サービスエリアに止まって、美味しいカツカレーを食べました。友だちは「ここは麺類が美味しい」と教えてくれたのですが、僕はカレーが大好物なのです。


 そこでしばらく、景色を眺めました。

 初めての高速道路のサービスエリアは、とても不思議なところでした。駐車場は広大で、大きなトラックが停まっているエリアもあれば、小さな自家用車だけのエリアもあり、出口の近くには大きなガソリンスタンドもあるのです。そこにひっきりなしに車がやってきては、空いている場所を探してウロウロとし、時々クラックションを鳴らして喧嘩をしながら、窮屈なスペースに何度もお尻を振りながら入っていくのです。見ているだけで全然飽きません。


 でも、ずっとそういうのを眺めているうちに、だんだんと僕は気が遠くなってきてしまいました。目の前には大勢の人間がいるのに、僕は誰もその人たちの事を知らないし、彼らもまた僕の事を知りません。でも、僕が毎日、朝起きて、勉強して、お昼ご飯を食べたり、バイトをして帰ってきて、お風呂に入って夜眠るような生活を、間違いなく彼らも送っている筈なのです。


 大きな男の人や、少年や少女や、おじいさんやおばあさんが歩いていました。


 彼らはどこかへ向かう筈の車から降りて、やれ一服しようだとか、それこそ、美味しいラーメンを食べようだとか、ほんの束の間の休息を得る為だけにこのサービスエリアへ降り立ったのです。そうした名前もない人達と同じ座席に座って食事をしたり、ただ目の前を通り過ぎていくだけの確率について思いを巡らせると、途方も無い可能性のうちの一つを偶然、僕は選んでいるのではないかと、そう感じたのです。選んでいるのか、選ばされているのかは、僕には分かりません。でも、何となく僕は自分自身で選んでいるのだと、感じています。


 先日見た、AVの事も思い出しました。

 僕はそれを家族の前で再生してしまったのですが、その際にこう言われました。


「こういうのは、みんなそれぞれ隠れて見たり、する事なのだ」


 と。


 僕が今見ている景色を、誰かに伝えたいと思いました。夕暮れで、車のフロントガラスはキラキラと輝いており、排気ガスの匂いと、楽しそうに連れ立っている家族と、やって来て、反対から出て行く車たちの姿が見えます。誰も僕のことを知らないし、彼らも僕のことを知りません。僕から見える、大人になった人たちは素知らぬ顔をして、夜、体を重ねているのだと、思います。季節は冬で、僕はお腹がいっぱいで満たされています。もちろん、今僕の目の前には友だちのノートパソコンの画面があって、それにこの文章を書いている訳ですが。つまりこれは回想です。いわば、右から来て、左へ去った車のナンバープレートを思い出しているようなものなのです。


 僕は、何が言いたいのだろう。

 何となく、DJさんなら僕が言いたい事や、聞きたい事が分かってくれるような気がする。分かってくれますか?

 でも、頑張って考えます。

 僕にだって、考える事くらいは出来るんですから。


 もしかしたら、僕はこういう事が言いたいのかも知れない。


 大人になりたい。

 まっとうな人間に。


 また、メールします。読んでいただいて、ありがとうございました」


 オホン。


 本当に耕し侍さんの手紙は毎回毎回、何ていうのかな、童心を思い出させてくれるよね。そうか、旅に出たのか。良いよね旅。寂れた温泉なんかに行ってさ、しっぽり日本酒なんかをちびちびしながらさきイカをしゃぶりたいよね。


 また、メール待ってるよ。

 おじさんから今言える事はひとつ。


 


 それだけ。

 じゃあ次のメールね、行こうか。


 ……何笑ってんだよ!



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