あなたは

「佐田様、こちらへどうぞ」


 佐田がフロントで料金を支払い、二人で黒革のソファーに腰を掛けて待っていると、黒服が呼びに来た。


「拓、お前先、行け」


 佐田は拓を促した。


 拓は頷くと、立ち上がって黒服の後をついて行った。


「頑張れよ!」


 佐田は拓の後ろ姿に声を掛けた。拓の為に、愛瀬まみ似の嬢をホームページから予約しておいたのだ。念の為電話までしておいた。正直なところ、佐田がそっちにお相手を願いたいところだったが、初めてであろう拓に花を譲ったのだった。「ま、正直愛瀬まみより、生田ほまの方が好きだしな」と佐田は思った。生田ほまは愛瀬まみよりも熟女よりの、戦闘系AV女優といった雰囲気があった。佐田は強そうな女が好きなのだ。


「大変お待たせいたしました佐田様」


「おう、よろしく頼むよ」


 ◆


 二階へ続く階段の踊り場で、背が低いピンク色のニットワンピースを着ている女性に引き合わされ、「こんばんわ」と馴れ馴れしく手を繋いできたそのなすがまま、拓は連なるドアの一室に入った。


「今日はよろしくお願いします。すずりって言います」


 部屋に入った瞬間、すずりと名乗った女が拓に抱きついて来た。拓の胸あたりにすずりの頭があった。緩いウェーブがかった髪は結い上げられ、露わにしているうなじから嗅いだことのない良い匂いがした。拓は硬直したまま、すずりが自分にもたれ掛かる不思議な重みを受け止めた。両腕をどうすればいいか分からず、CIAに「手を上げろ!」と命令された密売人のように軽くあげていた。


 すずりが上目遣いで拓を見上げた。


「どうする? ここで一度、しちゃう?」


 声に聞き覚えがあった。

 溢れそうな大きな瞳に、自然と笑っているような口角の唇。困ったように下がっている眉毛。押し当てられている大きな乳房。あのパーキングエリアで、発作を起こした拓に紙袋を渡してくれた女性の声とそっくりだが、いざ視覚情報と合わさると自信が薄れた。


「しちゃうって、何?」


「ん? そういうプレイが好きなの? じゃあね、い・い・こ・と」


 細い指で拓の腹から上を突いていく。


「ねぇ、チュウしよ」


「チュウ」


「キスして」


「なんで?」


「なんで??」


 二人の間に沈黙が流れた。部屋は薄暗く、有線のTRFが流れている。

 すずりが念の為、下から拓の首筋に唇を当てた。


「ひう」


 変な声をあげて拓が身を翻し、すずりと距離を取った。そのまま、何やら恐ろしげにすずりを見ている。ずずりは腰に手を当て、


「ねえ、そんなんじゃ何も出来ないでしょう。それともそういうプレイがしたいの? あたしが追いかけて無理やり脱がしたりしなきゃいけないやつ?」


 冷静に言った。アニメ声だ。拓は完璧に記憶と一致したが、首筋を舐められた感覚でそれどころではなかった。あの、えと、という風に狼狽えてしまっている。すずりは溜息をつくと我が家のように背の低い冷蔵庫から缶ビールを取り出し、良い音を立てて開け、飲みながらベッドの淵に腰を掛けた。


「座ったら」


 足を組み、ベージュのパンプスをブラブラさせながら拓に隣に座るよう促した。拓はおずおずと首筋を抑えたまま、三人分ほど間を開けて座った。すずりはボンボンと大きく隣を叩き、それでも拓が近寄らないと分かるや、一気に拓の隣まで自分から距離を詰めた。


「ちょッ」


 拓はドギマギして視線を合わさない。すずりは膝の上で固まっている拓の手の上に自分の手を重ねた。


「緊張してるのね。気にしなくていいのよ、そういう人、結構多いんだから」


「あの、あのそうじゃなくて」


「飲み物はいらないの? 烏龍茶、飲む?」


「あの、いらないです」


 拓はすずりの顔をちらっと見た。目が大きくて可愛い。何となく愛瀬まみと似ている。ふぅん、とすずりはつまらなさそうに缶ビールをあおった。今日は一人を相手にしただけだが、その一人が勢いだけの自称性欲モンスターでいささか疲れていた。営業スマイルをするのもしんどい。かと言って、二時間もこの沈黙には耐えられない。


「ね、キミは何しに来たのかな?」


 すずりが重ねていた拓の手を自分の胸にゆっくりと持っていく。


「ほらおっぱい。結構大きいんだよ。ノーブラだからほら」


 驚いたように拓は手を慌てて引いて、また膝の上に手を戻した。何となく、すずりも負けたような気がして、さらに気を引こうとした。


「ほら、なんと、太ももが徐々に、徐々に露わになっていきますよ」


 そう言いながら拓の隣でめくっていく。拓はチラチラと目をやるが、やはり体を硬く強張らせたまま動かない。


「はぁー」


 どさりとすずりは後ろに身体を倒した。


「やらないならやらないで、別にあたしは構わないんだけど。このままゆっくり雑談でもしよっか。ね。でもさ、本当にあなた、何をしに来たの?」


「教えてくれるって聞いた」


「何を? 女体の神秘?」


「顔射」


「は?」


 すずりが起き上がった。

 聞き間違いかと思ったのだ。


「顔射」


「うける」


 真顔ですずりが言った。










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