―Ⅱ― 不仲な事実

第6話 不死との再会

死狼の森に秋が訪れ、木枯らしが吹き荒ぶ頃になっても不死は一度もカーソン村を訪れなかった。


カイサは毎日のように作業の合間を縫って死狼の森の前で不死がカーソン村へ訪れるのを首を長くして待っていた。


あの日の一件以来クイネおばさんはカイサの家に来なくなった。


イチナとクイネおばさんの交流はまだ続いているようだが、カイサはというとクイネおばさんと村で顔を合わせてもほとんど会話をしていない。


一度だけクイネおばさんに『Cold Heart』の本を返そうとして、しかし受け取るのを断られたため今ではあの本もカイサの私物となっている。


イチナになぜクイネおばさんと喧嘩別れしたのか聞かれてもカイサにはその理由を上手く説明できなかった。実際、自分でも良く分からないのだ。


ただクイネおばさんは苦手というか、やはり好きになれない。


イチナがクイネおばさんのことを好いている以上悪い人ではないのだろうが、自分は普通に話していてもとことん馬が合わないと感じられることが多々あった。


クイネおばさんとは相性が悪い。


そう言ってしまえばそれまでだが、この問題は考えれば考えるほどに根が深いようにも感じられた。


そのためカイサはこの件に関しては適当なところで自分を納得させて、思考の外に追いやるようにしている。


死狼の森の前――イチナはクイネおばさんと一緒に作ったブランケットに包まり鼻をすすりながら独り言つ。


「こんなに毎日来てたらほんと風邪引くよ。カイサは寒くないからいいかもしれないけど」

「……嫌なら来なくていいよ」

「えーもっと早く言ってよそれ。若い女性の時間は貴重なんだよ?」


イチナはふくれっ面をして見せた。また鼻をすすってブランケットの中に深々と身を埋めるとさなぎのように硬直してしまう。


イチナには悪いと思っている。


実際に木材を村へと運ぶ作業だってイチナに手伝ってもらう分、それだけ早く終わるし何よりこんな作業一人でやってられない。


もし『明日から来ない』とイチナが言い出したら、カイサはすぐさま掌を返して血眼になって引き止めるだろう。


イチナには追々何かお返しをした方が良いのかもしれない。そう思うカイサだった。


「不死さんもこんな女性に好かれて大変だね。再会した後も振り回されないといいけど」


イチナがブランケットのさなぎから顔だけ出して口を尖らす。


中々に辛いことを言ってくる。カイサは肩を落とした。イチナのそれはずばり見事に的を射た批判だった。


確かに自分は合計しても二日ほどしか不死と一緒にいなかったし物凄く気が合うわけでもない。思い返せばあのときも喧嘩ばかりしていた。


男女は会えばいいというものではない。パートナーとしてお互いを尊重し合わないといけないのだ。


つまり不死と自分はほとんどゼロからのスタート。イチナの言う通り今後のことが不安になってくる。


カイサはイチナの仏頂面を盗み見て、ふと〝思い出し〟現実に引き戻される――そろそろ作業の時間。


もはや体内時計レベルで作業に戻る時間が分かるようになってきた。うん、悲しい。


カイサは立ち上がりスカートの汚れを払う。今日も良い夢は見れそうにないな。


そのままブランケットで全身を包み込み達磨と化したイチナに撤収の一声を投げかけようとしたそのときだった。


「カイサ!あれ不死さんじゃない?」


え⁉


嘘だったら殺す――と頭の中でまじないのように繰り返し唱えながら不死を探す。その数秒後、カイサの目が一匹の死狼の姿を捉えた。


死狼の森を背にこちらへと歩いてくる白い死狼。あの姿は、間違いない。不死だ。


「行ってきなよ。村長さんには私から上手く言っておくから」


イチナが茶目っ気たっぷりにウィンクする。


イチナ、あなたって人は……クシの次に私の大切な友達だよ。


カイサは不死に向かって全速力で駆けだした。その後ろからイチナの声が被さる。


「末永くお幸せに!」


喧しいわ。そう突っ込みを入れたいところだが今は不死だ。目の前のあいつの方が先決だ。


「不死!」


カイサが不死に向かって叫んだ。不死もカイサに気づきこちらへと走ってくる。二人が衝突する寸前でカイサの方から不死に抱き着いた。


不死の〝温かさ〟が――そう、半年以上感じることのなかったあいつの〝色〟がカイサの体を包み込んだ。


「……不死、会いたかった。私、ずっとあなたのこと待ってたんだよ?」


カイサは不死のその大きな体に身を沈ませ恥も外聞もなく甘える。不死もまたカイサへと身を寄せ付けた。


「遅くなってすまなかった。死狼達を死狼の森から魂湖へと移住させるために獅死の手伝いをしていてな。あそこのことは俺が一番よくわかっている」

「そんなこと理由にならない。私、あなたに会えなくてほんとに辛かったんだから」

「ああ、分かっている。俺も侶死からお前の話を聞くのがいつも楽しみだった」


ところで、と不死は話を切り替える。


「カイサ、今から俺と一緒に魂湖に来てくれないか?」


突然切り出され、不死の体に埋めていた顔を上げる。


「どうして?」

「実は今、魂湖で問題が発生していてな。獅死にお前を連れて来いと言われたんだ」


それを聞いてカイサは少し気を落とした。不死は自分の意志で会いに来てくれた訳ではないらしい。


不死と再会出来たことに変わりはないが、今のカイサにとってその部分は非常に重要な問題だった。


カイサが何か小言を言おうとしていると不死はカイサから離れた。


「そういうわけだ。急を要する問題だ。自魂交はまだ使えるか?」


カイサは質問の意図が分からず首を傾げる。


「使えるけど……どうして?」

「勿論、俺に付いてくるためだ」


え?背中には乗せてくれないのか?カイサはしばし黙考してから言った。


「今、足怪我してて、出来れば……」

「お前は死狼餌だろう?」


一瞬でバレた。恥ずかしいが、それよりも何とかして不死の背中に乗りたい。それもあいつから乗せてやると言わせたい。


「でも、今日凄く寒いし、ずっと不死に触れていたいというか……」

「お前は触覚がないんじゃなかったのか?」


う、またバレた。不死に甘えるには色々と不自由過ぎる体だ。


「もういい。走ってついて行くよ。馬鹿!」


カイサは不思議そうにこちらを見つめる不死をねめつけた。不死は困惑した様子だったがやれやれと首を振り嘆息を一つ。


「まあ、いいだろう。魂交ぐらいはしてやってもいいが。お前の中に光覆として入って調べたいこともあるからな」


機嫌を取ろうとしていることが見え見えの提案に虫の居所が悪くなるが仕方ない。自分が折れるしかないようだ。


その場に突っ伏した不死にカイサが密着して抱きついた。不死が光覆としてカイサの中に入っていく。


しかし温かい――そう感じた瞬間に魂交が終わり不死の光覆が不死の肉体へと戻っていった。


どうゆうこと?あっという間に終わってしまった魂交にカイサの頭の中で疑問符が氾濫して大洪水を巻き起こす。不死は立ち上がると独りでに頷いた。


「よし、大体状況は飲み込めた。大丈夫だ。行くぞ」


こっちは全然状況も飲み込めないし全然大丈夫じゃないんですけど⁉


しかし心の中でそんなツッコミを繰り出すカイサとは違い不死は険しい顔つきだ。どうやらふざけているわけではないようだ。


魂湖で問題が起きたと不死は言っていたが何か大事なことのために自分は呼ばれたのかもしれない。走り出した不死にカイサは仕方なくついていく。


二人が死狼の森に入ってから不死は不愛想というか元気がなかった。自分に会えて嬉しくないのだろうかと訝しんでしまうほどだ。


こちらから最近の出来事、死狼の森や不死――つまり本人のことを聞いても不死は上の空でこちらとも視線がぶつからないようにする意図、というか〝悪意〟が感じられた。


カイサはそんな不死の態度に少し不機嫌になった。


半年も待たせといて、背中にも乗せてくれない。おまけに魂交もいい加減ときた。はっきり言って不死のこと、ちょっと見損なった。


それでも不死からは死狼の森について色々聞き出せた。侶死からも聞いたことだが今は獅死と不死の二人で魂湖に住む死狼達をまとめているらしい。


また、心を持つ死狼は半年以上前の永死との戦いで大分数を減らし三百匹ほどになってしまったのだという。


心のない死狼はまだまだ沢山いるものの、そもそも魂湖に訪れることはないため、心を持った死狼は簡単には増えないとのことだった。


カイサはふと、ひた向きに森を疾走する不死の横顔を見た。先程からの態度は百歩譲っても気に食わないが――本当に何も変わらない。不老不死なのだから当たり前だが半年前のまま。あのとき自分が思いを寄せた不死のままだ。


今こうして不死の顔を見ているだけで半年間も彼を待っていた行為が報われた、そんな気がした。


それでも不死の背中には乗せて欲しかったし魂交もちゃんとやって欲しかったが、不死の体に触れる機会はこれからきっと幾らでも訪れるはず。そのときには思う存分に不死の温かさを堪能しよう。


「カイサ、何がそんなに可笑しい」


不死がカイサの顔をまじまじと覗き込んでいる。いけない、いけない、考えていることが顔に出てしまっていたようだ。


「何でもないよー」


カイサは頬を染めて軽く舌を出す。不死は鼻を鳴らしそっぽを向いた。若干の気まずさがその場に滞留する。カイサは話題を探し「ところで」と話を戻した。


「私は魂湖で何をすればいいの?」

「それはお前の中の〝トキの魂〟に関係がある」

「トキさん?」


出し抜けに言われた言葉にカイサはムッと顔を顰める。


カイサの中には不死身の雌死狼の不死狼魂と不死の想い人であるトキの魂が魂砕されていた。それはカイサが死狼餌であるための由縁でもある。


しかし今、トキさんの名前を聞くのはいい感じがしない。トキさんに会いたかったなどと言い出したら顔の皮を引っぺがしてやろうなどと考えていると、不死が言葉を繋いだ。


「ああ、そうだ。さっき魂交をしただろう。お前の中のあるものが覚醒しているか確かめる必要があったんだ。取り越し苦労だったが」


不死は赤い目をこちらに向けて言った。


「お前の中の〝王族の魂〟がどうしても必要なんだ」

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