祖父と話をしに行く男の話。

 祖父と話をしに行く男の話。


「くそっ、突然すぎるだろ祖父さん……っ!」

 化さんを大家の婆さんに預け、俺は全速力でつい数時間前に訪れていたスーパーの駐車場に向けて走っていた。

 やぶい動物病院からの帰り道の電話で話をすると言われ、待ち合わせ場所としてその駐車場を指定されたけれど……多分、車が入らないからだろう。

 そう思いながら俺は走るけれども、巨体+強面が全力で走っているからか時折威圧感を感じた人が振り向きギョッとするのを見てしまう。

「ひ――っ、ハ、ハ●ク!」

「ヤクザっ!? 殺されるーーっ!!」

 いや、誰がハ●クだよ? 俺、緑色じゃないよ? あとヤクザじゃないし、そう言われるのは本当に傷つく……。

 内心ショックを受ける俺だったが、とっとと話を終わらせないとという想いが上回り必死に走る。

 その甲斐あってか、普通に歩くよりも3分ほど早く俺はスーパーの駐車場へと到着することが出来た。ただし、一気に走ったからかぜぇぜぇと息が漏れ、汗が噴き出し、心臓がバクバクする。

「急ぐべきじゃなかったか?」

 不意にそんなことを思ってしまったが、遅れたら面倒だし早く終わらせたいと思っていたのだから仕方ないだろう。

 そう結論付けながら駐車場を見渡すとさっきと比べて車の数は変化していた。

 ファストフード店のドライブスルーに車が並び、昼食として食品や総菜、弁当を買おうとしているのかスーパーに人が入っていくのが見える。

 ……そういえば、俺も化さんも腹が減り始めるよな。……婆さんへの土産としてハンバーガーを買うついでに俺達の分も買うか。

 そんなことを考えながらファストフード店やスーパーの方とは違う方向へと視線を向けていくと……黒塗りのリムジンがあった。

 昼間の駐車場には場違いとしか言いようがない……車を6台近く止めるのを邪魔するといわんばかりの10m近い長さを持つ黒塗りのリムジン。

 どう見てもお偉いさん、もしくは危険な人が乗っているかも知れないというそれを見て、俺は顔を顰めながらゆっくりと近づき始めた。というかどう考えても普通、こんなリムジン日本にねぇよ……。

 俺が近づいて来ているのが分かったのか、リムジンのドアが開かれて中から人が二人出てきて、その人物に俺は驚いた。

 一人は黒髪をボブカットにした伝統的なメイド服姿の少女。もう一人は少女と同じボブカットをした金髪の少年執事といった感じの服装の少年。……いや、見た目は少年だが、実際には少年ではなくまぎれもなく少女だった。

 というか、隣に並んでる少女と双子の姉妹だ。

瀬場巣せばすたちか……、久しぶりに会うが元気してるみたいだな」

 近づく俺へと恭しく頭を下げるメイドと、対照的に元気良く手を挙げてぶんぶんと左右に振る執事を見ながら、俺は呟きながらそちらへと近づく。

 すると、執事の方が我慢できないと言わんばかりにこちらへと飛び出し、俺へと跳びかかってきた。

「こまにーちゃん! 久しぶりぃ!!」

「おっと、……久しぶりだな元気にしていたのかサン?」

「うん、ちょー元気っ! こまにーちゃんこそ元気にしてるの?」

 跳びかかってきた執事を抱き留めると、彼女はキラッキラに笑い挨拶をする。

 2年ほど会っていなかったからか記憶に残っているよりも少しだけ重く、いや大きくなっていて成長したのだということが感じられた。

 そう思っているとメイドの方がこちらへと近づき、片割れと対照的に礼儀正しく頭を下げてきた。

「久しぶりです。こまにいさん」

「ああ、久しぶりだなルナ。元気か?」

「はい、元気にしています。でも、サンに振り回されてて疲れるけど」

「むぅ~、ルーちゃん。その言い方はないよ!」

「ははっ、お前ら相も変わらず、いつも通りだな」

 表情を変えず、淡々と話すメイドに苦笑しつつもすぐに騒ぎ出した双子・・に俺は笑みを向ける。

 双子、そう……彼女たちは俺の祖父さん専属の執事である瀬場巣さんの孫であり、俺の幼馴染といった間柄だ。

 俺とは三歳ほど歳が離れている為、彼女たちは現在中学生なのだが教育は行き届いているようで彼女たちは学生であると同時に一流のメイドと執事……となる為に修行中なのだ。

 あの家を離れる際に「行かないでぇ!」と泣きつくサンと、何も言わずにギュッと服の裾を掴んで離さなかったルナのことを思い出しながら、俺は彼女達を見る。


「むー、いつも通りって言い方は酷いよ。こまにーちゃん!」

 執事の格好をしている少女は瀬場巣サン。

 彼女は髪は外人である母親譲りの金色、瞳は日本人の父親譲りの茶色という見た目が洋人形のような愛らしい少女だ。

 性格は……何というか落ち着かない印象が強い。というかゴールデンレトリーバーのような大型犬みたいに何時も構って構ってと近づいてくるイメージが浮かんでしまう。

 事実、子供の頃の俺の後ろをパタパタと駆ける姿を何度も見ていたのが懐かしい。

 そして好奇心も旺盛で、気になるものがあればすぐに駆け寄ってしまって痛い目をよく見ていた。俺も巻き添えを喰らっていた。

 ちなみにサンという名前は、彼女の父親が産まれた我が子を抱きながら『ああ、この子は僕の太陽! 君は僕の太陽だ! そうだ、サン。この子はサンだ!』と幼かった俺と父さん、それと彼の父である瀬場巣さん達を含む使用人を前にハイテンション気味に名付けていた。

 少し過剰と言いたくなるような表現だったが、今ではそれが懐かしく思う。ちなみにサンは持ち上げられたときにギャン泣きして父である瀬場巣さん(老)に怒鳴られていた。

 そして、彼女は名前のごとく太陽のように明るい性格で元気いっぱいに育った。

 よく笑いよく泣く、元気よく走り回り、周りの注目を浴びる。まるで太陽のような少女。


「変わらない物は、ここにあるよ。こまにいさん」

 そして、メイドの格好をしている方は瀬場巣ルナ。

 彼女はサンとは逆に髪は父親譲りの黒髪で、瞳は母親譲りの碧眼という見た目が日本人形のような神秘的な少女だ。

 性格は、母親のお腹の中でにサンに感情を持っていかれたのではないだろうかと思うほどに表現が乏しくて表情があまり変わらない……いわゆる、無表情というやつだ。

 けれど、あまり表情が変わらない代わりに親しい人物に対してのスキンシップはぐいぐいとくる。……あと無表情ながらもジッと見つめてくる瞳が訴えてくる威圧感が凄い。

 そしてサンという名前からわかるように、彼女は太陽に並ぶ月を名前にと考えたようで、ルーナとなったのだが呼びづらいと言われたために短くルナとなっていた。

 ちなみにその時の名付けはサンと名付けた後にギャン泣きしたことを忘れたとでもいうようにまたも持ち上げて叫んでいた。

『この子は太陽に並び立つ月。そう、この子はルーナ! ルーナがい……え? 長い? じゃあ、縮めてルナで……あ、はい。下ろします』

 騒ぎを聞きつけてやってきた俺の母が、彼の妻に代わってニコニコと微笑みながら近づいたからか、その威圧に負けてゆっくりと彼女達の父親である瀬場巣さん(若)はルナと名付けられた娘を下ろした。……ちなみにルナは持ち上げられたことも叫んでいたことも蚊帳の外とでもいうようにすやすや寝ていたのには、ある意味で驚いたと思う。

 彼女は物事に基本的に動じずに月のように静かに照らされ、見守る……というか一歩下がって周囲の行動を見て育った。

 無表情ながらも感情が豊かで、意思を曲げるつもりはない。物静かながらも自らを主張する月のような少女。


 俺の両親が居て、瀬場巣さん達が居て、温かい家庭で温かい時間だった……。

 だけど……それはもう一生戻ってこない、懐かしくて悲しい思い出だ。

 その思い出を振り払うべく、頭をブンブンと振るってから気持ちを切り替えて俺は二人の仲裁へと入る。

「むぅ~~」

「……むぅ」

「落ち着け二人共。それで、祖父さんはどうしたんだ?」

「「あ、そうだった」」

 睨み合う二人へと俺がそう言うと、言い合いは終了したらしく二人でこちらを見てきた。

 というか、喧嘩を始めてて忘れてただろう?

「こまにーちゃん、こっちだよ」

「こまにいさん、車に入って」

 思い出したように彼女達は俺を招くようにリムジンへと歩き出した。

 それに続くようにして俺はリムジンへと向かっていくと、リムジンのドアが開かれた。

「……って、おいおい、まじか?」

 中から出てきた人物に唖然としながら呟いた。

 当たり前だ。リムジンから出てきたのは黒いスーツにサングラスというどう見ても堅気の仕事をしていないという男達だったからだ。

 そんな人物がドアが開かれたリムジンの中からずらずらと出てきた。……その数、実に10人。

 いや、多すぎない? というかこいつらを乗せるためだけにリムジン走らせたわけじゃないよな?

 そうとしか思えないような状況に困惑してると、すっきりとした車内へと招くように瀬場巣姉妹は手を車へと向ける。

「さ、中に入ってこまにーちゃん!」

「中に入ってから説明するから」

 ……断るという選択肢はないようで、俺は顔を顰めながらリムジンの中へと入る。

 俺が入ったのを確認し、続いて瀬場巣姉妹が入るとリムジンのドアが閉められた。

 そして閉められると同時に外に出ていた黒服達がリムジンを取り囲むように立ったのが、車内からの影で分かった。……誰かに見られていたら、きっと休み明けに新しい噂が立ってしまうだろうなぁ……。

 締め切られた車内は上品な芳香剤の香りが漂い、左右に設置されたソファーのような椅子は見るからに高級そうなフカフカとした見た目をしている。

「どう考えても贅の限りを尽くしているって感じの車だよなぁ……」

「まあ、そうだよねー。あははっ」

「でもそのお陰で、ルナたちはフカフカを堪能できている」

 俺の言葉にケラケラ笑うサンと、ムフーと無表情ながらドヤ顔っぽい雰囲気を出すルナ。

 そんな二人はソファーに座ると俺にも座るように促してきたので、向かい合うように座る。それが不本意なのか、二人から不満げな様子が感じられるが無視だ無視。

「それで? ここまで来たのに祖父さんが居ないってことはどういうことだ?」

「あー、えっと。その……」

「サン、落ち着いて。こまにいさん、ご当主様はこれで話すから」

 俺の視線を受け、サンはしどろもどろとなったが……ルナはそれを言われるのを理解していたようでタブレットを取り出すとちゃちゃっと操作して膝の上へと置いた。

 そしてタブレットには『Sound only』と表示されており、何時の間にか繋がれていたスピーカーフォンから声が響いた。

『……久しぶりだな。狛零』

「祖父さん……。ひさしぶりだな」

 スピーカーフォンから聞こえてくる声に対し、俺は懐かしさと同時に関わりたくなかったと思いながら返事を返した。

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