久しぶりにお風呂に入る少女の話

 久しぶりにお風呂に入る少女の話


 わたしは彼――真樹さんの住んでいるアパートに招かれ、着替えを渡されて半畳ほどの広さがある脱衣所に居ます。

 公園で出会って、彼の迫力に負けてしまい……何故公園で暮らしているのかを話すと、彼に流されるまま子猫と共にアパートへと連れていかれました。

 そしてこの状況に戸惑っているわたしに、真樹さんは風呂に入るように言ってきて、脱衣所に押し込まれるように見送られました。

 脱衣所の扉を閉めてから……わたしも気持ちが落ち着いてきたのか、見ず知らずの男性……いえ、制服から同じ学校の生徒だということは分かります。

 いえ、彼の名前は学校で聞いていたので、名前と噂だけは知っていました。

 そんな噂の男性の部屋に上がってしまったこということ、流されるままにお風呂に入ることになってしまったということに戸惑い……いえ、恐怖を覚えてしまいました。

「ど、どうしましょう……」

 無意識なのか、自然と口からそんな言葉が漏れてしまいます。

 彼はいったい何の目的で、わたしを家に連れてきたのですか? 善意? いえ、あんな噂が広まっている真樹狛零さんですよ? 善意であるわけが……。


「でも、人は見かけによらないという可能性だってあります。真樹さんを、信じるしかありませんよね……」

 そう自分に言い聞かせるようにわたしは呟き、着ている服を恐る恐る脱ぎます。

 汚れた制服がパサリと床に落ち、それを真樹さんが言っていた籠……の隣へと置き、下着へと手を掛けます。

 ブラジャーを外し、ショーツを脱ぎ、ガーターベルトを外し、ストッキングを脱いで、わたしは裸となりました。

 彼が言っていたようにタオルは置かれており、その上に袋に入った入浴剤。

 それらを手にして、風呂場へと入るとあまりの狭さに少しだけ驚きました。

「普通の家のお風呂は、ずいぶんと狭いのですね……」

 呟きながら、畳一畳ほどの小さな風呂場を見ますが、きっと蓋がされているこれが湯船ですよね。そう思いながらわたしは蓋を除けると、もわっと白い湯気が上がりました。

 その中へと封を切った入浴剤を落とすと、固形の入浴剤はお湯の中へと沈んでいき……少ししてブクブクと底から泡が出始めてラベンダーのような香りが漂ってきました。

 久しぶりに嗅いだアロマの香り、その香りにホッと緊張がほぐれるのを感じ……わたしは洗い場を見ます。そこには使い古した風呂桶と椅子が置かれていて、古めかしい鏡の前にはシャワーがありました。

「洗わずに入るのは、駄目……ですよね」

 自分に言い聞かせるように呟いて、シャワーヘッドを手に取るとシャワーの蛇口をひねります。

 すると蛇口をひねることで流れ出した水は若干弱めにシャワーヘッドから流れ、指先を少しだけ当てると……温まっていないのか水の冷たさが感じられました。ですが段々と水は熱くなっていき、程よい温かさになってから足先に向けました。


「あったかい……」

 シャワーが流れ、床に当たる音と共にじんわりとしたお湯の温かさが足先へと感じられ、ゆっくりと腕を動かして足から脚へ、太もも、股、お腹、胸へとシャワーヘッドを上げていくと……体はわたしが思っていた以上に冷えていたのでしょう、肌に当たるシャワーのお湯が少し熱いと感じながらも同時に気持ちよく感じていました。

 手に持っていたシャワーヘッドを元々の位置にかけ、そこに顔を近づけてシャワーを浴びます。顔を、髪を、温かなお湯が濡らしていき、わたしの体には濡れていない場所なんてありませんでした。

 目を閉じシャワーを浴びていると、わたしの耳にシュワワ~~……と音が聞こえ、湯船を見ると入れていた入浴剤が溶け終わるようで、軽くなった入浴剤の塊が浮き上がり、紫色にお湯はなっていました。

「ご厚意に甘えさせて、入らせていただきます」

 お湯で濡れた髪をタオルで軽く拭い、小さく呟いてから恐る恐る湯船へと片足を入れると……程よい温かさが片足を包みました。そこからゆっくりと沈めていくにつれて……脚まで温かさが感じられ、もう片足を湯船へと入れます。

 ちゃぽん、と足が湯船へと入った瞬間、水の音が聞こえ、両脚がお湯の温かさに包まれ……そこから脚を曲げて、お尻にお湯の温かさが伝わり、お腹、胸がお湯に沈んでいきました。

 浴槽は小さいからか、体育座りをするような体勢でしたが……底は深いので、肩まで浸かることが出来ます。

「はぁ…………、きもち、いい」

 浴槽の端に背中を当て、リラックスし始めた瞬間……ポツリと口から洩れた言葉、その言葉に自分はこれほどまでに疲れていたのだということを理解しました。

 あのまま公園で暮らそうとしていた場合、わたしは倒れてしまっていたのでしょうか?

 そんな風に思ってしまいながら、わたしはお湯を見ると……弱り切っている自分の顔が見えた――気がしました。

「いけない。化家の娘が、生徒達の代表である生徒会長であるわたしが、簡単にへこたれるわけにはいきません!」

 自分に言い聞かせながら、わたしは弱気な自分を振り払うようにお湯を掬うと自らの顔へとかけます。

 じんわりと温かいお湯とラベンダーのような香りが鼻をくすぐり、わたしの心を励ましてくれる。そして、そんな気持ちを振り払おうと洗い場を見ます。

 そこにはボトルが2本が置かれており、湯船から上がってボトルを手に取ってみるとリンスを使わないタイプのシャンプーと、弱酸性のボディーソープでした。

 使っても良い、と彼は言ってましたが、良いのでしょうか? そんな不安を感じつつも、ただお風呂で温まっただけで風呂から上がられても、困るのは相手の方だと考えて使わせてもらうことにしました。


 椅子に座り、ポンプを押して手へと緑色のシャンプーが絞り出され……両手を使ってシャンプーを泡立て、泡で髪を揉むように洗っていきます。

 すると髪は泡立ちが弱いながらも、少し泡立ちはじめます。……髪は汚れていたのでしょうか。それとも、このシャンプーが泡立ちにくい物なのでしょうか……。

 追加でもう一回シャンプーを手に取って髪を再び揉み始めると今度は泡が立ち始めるのが感じられました。

 途中から目を瞑っているのでよく見えていませんが、きっと泡まみれになっていますよね?

 そう思いながら、撫でるようにして長い髪を梳いていくようにして洗っていきます。

 強く洗うと髪質は傷んでしまうので、ゆっくり丁寧に洗っていき……少しだけ目を開けて、シャワーを回しました。

「――ひゃ!?」

 瞬間、シャワーのお湯は冷えてしまっていたのか、冷たい水が頭へと浴びせられビクンと震えると同時に声がもれました。

 ですが少しすると水はお湯に温まっていき、泡まみれの頭からシャンプーを洗い流してくれます。……冷たいのはびっくりしました。

 ある程度、頭からシャンプーを流し終えると今度は手に弱酸性のボディーソープを出して、両手で揉むようにして泡立たせると体に塗り込むようにして洗い始めます。

 体を洗うタオルは脱衣所に置かれていましたが、あれは荒すぎると思ったので手を使って洗うことにしました。

 右手で左腕を、左手で右腕を洗って、両手を使って首、肩、胸、お腹、背中、股間、お尻、脚、足、足裏と丁寧に洗っていきます。

「へくちゅっ! ……うぅ、はやく洗って、お風呂に入りましょう」

 お風呂に入っていた熱が冷めてきたのか、体がブルリと冷えて震えました。

 体の隅々までボディーソープで洗って、羊のように泡で真っ白になった状態でわたしは再びシャワーを浴びようとしますが、またも冷たい水が体にかかるのは嫌なので立ち上がってシャワーヘッドを取って蛇口を回します。

 予想通り水が初めに流れ、それからお湯へと変わり……体へとシャワーを当て、泡を流していきました。

 冷えた体がシャワーのお湯で温まり、同時に肌が綺麗になったような気がします。

「はふぅ…………」

 疲れが取れていくような気がして、溜息のような声が口から洩らしながら……シャワーを全身に浴びせていき、洗い終えたのを確認して蛇口を締めました。

 使い終わったシャワーヘッドを所定の位置へと戻し、もう一度お風呂に入ると……少し冷めてきたのか先ほどよりもぬるく感じられました。

「追い炊き機能といったものはないのですね」

 小さく呟き、温かいお湯が欲しいと思ってしまいながらも十分に温まるまでお風呂に入ってから、わたしは上がりました。


 タオルで体を拭き、水気を軽く取ってからバスタオルでちゃんと体を拭いて……渡されたジャージを広げます。

「下着は、持ってくるのを忘れましたが……大丈夫、ですよね? で、でも、取りに行くのも難しいですし……大丈夫だって、信じましょう」

 そう自分に言い聞かせてからわたしは素肌のまま、渡されたジャージのズボンを穿き……上を着て、チャックを締めました。

 わたしが着たらすごくブカブカになっているジャージ。ずり落ちないようにズボンのひもは少し強く締めましょう。

 キュッとズボンのひもを締めてから、脱衣所の扉を開けます。

「あ、あの……。お風呂、ありがとうございました……」


 恐る恐る顔を出し、わたしは居間にいるであろう真樹さんへと声を掛けました。

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