公園暮らしをすることになった少女のお話

 公園暮らしをすることになった少女のお話


「……すまない、初。本当にすまない」


 朝起きて、使用人が来ないのを不思議に思いつつも洗顔をして、パジャマのまま食堂へと向かうと、開口一番にお父様から頭を下げてそう言ってきました。

 当然何がどういうことなのか全くわかりませんでしたが、お父様の説明でわたしはなんとか理解しました。

「えっと、つまりは……会社がダメになった。ということでよろしいんですの?」

「ああ、その補填として……この屋敷を手放し、残ったお金も使用人達への支払いに回して、解雇通知も昨夜のうちに出しておいた」

 そう言うお父様は一晩で疲れ果てていたのか……昨日と比べて一気に老いたように見えました。

 きっと起きてしまったことに憤慨し、苦悩し、どうするべきかを考えた結論なのでしょう。

 なのでわたしはお父様へと頷き、微笑みます。

「わかりました。それで、お父様はどうするのですか? そしてわたしは何処へ……」

 この町を離れる。それでも構わないと思いつつも、次の町では上手く出来るのだろうかという不安を感じてしまう。

 そんなわたしへと、お父様は言います。

「いや、会社が駄目になったということはしばらくは隠させてもらうことが出来た。せめて、お前が学校を卒業するまでは何とかといったところだが……。そして初、お前はこのまま今まで通り学校に通ってくれ」

「え? だ、大丈夫……なのですか? ですが、屋敷はもう……」

「大丈夫だ。こちらで住む所は用意することが出来た」

 お父様の言葉に戸惑うわたしへと、お父様は紙を差し出してきます。

 差し出された紙を見ると、地図でした。地図には赤丸が付けられており、マンションの名前が書かれていました。

「マンション、ですか? えっと、パラダイスマンション……で良いのでしょうか」

「ああ、知り合いになんとか初だけでもと相談したら、そこを薦めてもらった。セキュリティもしっかりしていて、女性のひとり暮らしでも安心だそうだ」

「普通のマンションでもわたしは大丈夫ですけど……」

 お父様の言葉を聞きながらわたしは言います。ですが、お父様は不安そうに首を横に振るだけです。

 そして絞り出すように理由を口にしました。

「初、一人で住むようにと私は言ったが……正直不安だ。だってお前……」

「何を言うのですか、お父様? わたしはひとりでも大丈夫ですのよ!」

 不安そうになっているお父様を安心させるべくわたしは腰に手を当てて、自信満々に言います。ですが、お父様は不安そうです。

「初よ……。一人で大丈夫というのは、首元を濡らしたままのパジャマを着続けているような人間が言うセリフではない……。そして食事もきちんと採ってる人間でなければならないのだ……」

「あ……、そうでした」

 わたしはパジャマのままでしたね。お父様に失礼します。と言って部屋で着替えを行うことにしましょう。

 そう思いながら立ち上がると、お父様は言います。

「着替えるなら、ついでにマンションに向かう為の準備もしておきなさい。ここにはもう帰ることが出来ないのだから」

「分かりました。ではお父様、失礼いたします」

 わたしはお父様に頭を下げ、食堂を離れ自室へと戻りました。


「それではお父様、お気をつけてください」

「ああ、私の為にすまないな。初……、だがきっと負債を返済して戻ってくるよ」

 荷物をまとめ終え、重いながらもそれを手にしながら玄関前でお父様へと頭を下げると……心配そうにお父様はわたしを見ます。

 そんなお父様を心配させないとばかりにわたしは微笑むと、お父様はますます心配そうに顔を顰めました。

「心配しないでください、わたしだって学校ではしっかりしているのですから……ひとりで暮らすことになったとしても問題はありません」

「…………そう、だな。これはいつか起きることになる出来事が速めに来たと考えれば良いんだ。わかったよ初、ひとり暮らしは辛くて厳しいと思うけれど、頑張るんだよ」

「はい、お父様。化初は頑張ります」

 そう言ってわたしが微笑むと、お父様は頷き……わたしとは違う道へと歩いて行きました。その方向は駅……でしょうね。

 さて、わたしは学校へと向かいましょう。勉学は学生の本分なのですから。

 何時もの通りわたしは学校へと向かいます。持っていた荷物は……不本意ですが、生徒会室に置かせてもらいましょう。

 職員室に居た先生から鍵を受け取り、周りに挨拶を行いながら生徒会室へと入ります。

 部屋の中は紙のにおいと役員の子が度々出してくれる紅茶の香りがしており、どこか心地よく感じられて安心しますね。

 その匂いを感じながら、わたしは部屋の隅に荷物を置かせてもらい……それを確認してから室内から出ました。当然鍵は掛けさせていただきます。

 鍵をかけ終え、職員室へと再び鍵を返してから教室へと向かい……授業を受けます。

 規則正しく、いつも通り授業を受けて、一日を終える。それこそがちゃんとした学生の本分ですからね。

 今までは使用人に手を借りていましたが、それが無くなるだけ。ちゃんとしていけば問題はないはずです。わたしだって何も出来ないわけではないのですから!


「え、住めない……ですか?」

 一日を終えて、役員の子達を見送ってからマンションに向かうと……何故かパトカーが数台ほど止まっており警察の方に事情を聴いた結果、そう言われました。

 なんでも、このマンションを施工した会社が手抜き工事を行ったらしく、こちらが授業を受けている間にそれが判明したそうです。

 当然わたしは授業を受けていた為、その情報は知りません。そしてそれを問い合わせようにも管理会社も立ち入りが入ってるようです。

「あの、わたしはどうすれば……? 今日から、住むことになっていたのですが」

「えっ!? 今日から住むことになってたんですか! あぁっと……、どうすれば良いんでしょうか。ちょっと聞いてきます」

 入り口を塞いでいた警察の方が慌てながら上司であろう方に尋ねていくのが見えます。何とかなるでしょうか……。

 そんなことを思いながらしばらく待っていましたが、結論としてはどうにもならないということでした。

 まあ、誰でも彼でもと面倒を見ることなど出来ないのですから、当り前ですよね。

「ですが、どうしましょうか……」

 住むはずであったマンションが住めなくなったという状況に途方に暮れながら歩いていると、公園へと辿り着きました。

 暗い公園の中には人は居らず、電灯に照らされたベンチに座り項垂れます。

「家には帰ることが出来ませんし、マンションも住めない……どうしたら良いでしょう」

 それに……、お腹が空いてきました……。

 学校での食事も周りの視線がある為に少なめにしか食べれませんでしたし、そういえば朝もあまり食べませんでしたね。そして夜もまだ食べれていませんし……。

 そう考え始めると体は正直で、ぐぐぅ~~とお腹から音が鳴ります。

「っ!!」

 周りをきょろきょろと見渡しますが、誰も居ないことを確認してホッとしました。

 わたしは女子側の生徒会長であり、学校の女子の見本でもあるのですから、お腹の虫を鳴らすなんて恥ずかしい真似は出来ません。

「でも、お腹がすきました……。ごはんが食べたいです」

 呟きながらわたしはお腹を押さえ、小さく溜息を吐く。

 そういえば、わたしってコンビニやスーパーなどはあるのは知っていますけれど……そこで買い物をしたことってありませんでしたね。

 今更ながらその事実に気づいてしまい、愕然とします。

「と、というか、お財布にはお金はいくらありましたっけ……?」

 一番大事なことを思い出し、お財布を取り出すと……あまりありません。

 カードはお父様に渡されて持っていますが、きっと使えないでしょう。

「あ、明日からどうしましょう……」

「ミャア! ミャア!」

「あら、猫ちゃん? ふふっ、小さくて可愛いですわね」

 困り果てるわたしへと近づくように子猫が鳴きながら近づくのが見えました。

 灰色の毛並みの可愛らしい子猫。

 産まれてから……半年も経っていないと思うほどのサイズですよね?

 わたしが手を下へと降ろすと、子猫は力強く鳴きながらわたしの指を両手で挟み始めました。……可愛いですね。

「猫ちゃん。あなたもひとりなのですか?」

「ミャア! ミャァ!」

 わたしの話を聞いているのかはわかりませんが、子猫は挟んだわたしの指をはむはむと噛んでいますが……ちょっと歯と爪で指が痛いけれど笑みが零れてきます。

 少し痩せているように見えるけれど、痩せすぎていないと思うので……多分ですが心の優しい人が餌を与えてくれているのでしょう。

 わたしも、誰かにご飯を……いえ、わたしは駄目になったと言っても化家の娘、誰かに施しを貰うことなんてできません。

「でも、お腹も空きましたし……泊まるところもないです。どうしましょう……猫ちゃん、何処かいい寝床はありませんか?」

 冗談でわたしは子猫へと尋ねてみますが、聞いているのかはわかりません。

 ですが、まるでわたしの言葉を聞いたからとでもいうように子猫は噛むのを止めて、クルリと体を起こして歩き出します。

「猫ちゃん?」

「ミャア、ミャアァ~!」

「ついてこい、と言ってるのですか?」

 まるでそんな風に感じながら、荷物を手に取って子猫が歩き出した方向へと歩き出します。すると後ろをついて来てくれていると信じているのか子猫はスイスイと移動していき、5分ほど歩いて辿り着いたのは公園内の隅でした。

 そこは公園を囲むように造られた2.5メートルほどの高さがある壁の角、そこには管理されていないのか一本の常緑樹があり、その前には同じように管理がされていないであろう腰よりも少し高めの低い木が生えていました。


「ここは……、あ、猫ちゃん」

「ミャア!」

 案内されたかも知れない場所に立ち尽くしているとわたしを誘うように子猫は鳴き、目の前の低い木の下を潜り抜けていきます。

 これは、どうしましょう。

『ミャア、ミャア!』

「行って、みましょうか……」

 はやく来てと言っている風に感じて意を決して、わたしは低い木を子猫と同じように潜り抜けようとします。ですが、このままだと引っかかってしまいそうですね。

 幸いにもわたしは身長の割には出るところは出ていないようなので大丈夫ですけど……。

 女性として少し悲しい現実を思い出しながら、わたしは少しでも通りやすい場所を探してみると……隅の方に空間があるのに気づきました。

「この低い木は真ん中に生えている。ということですか……ぅん、しょ!」

 納得をしながら、今度こそ先ほどよりも広くなっている木の下の隙間を這って進むとようやく隅へと入ることが出来ました。

「ミャア」

「お待たせしました猫ちゃん。……ここに案内、してくれたのですか?」

「ミャア!」

 木の下でわたしを待っていた子猫を撫でながら、その場所を見ると……そこは完全に死角となっていて、ちゃんと意識していないと普通は気づき難いような場所でした。

 風も壁のお陰であまり当たらない、地面は常緑樹から落ちた葉っぱのお陰か柔らかく、暖かく感じられます。

「……うん。これなら、泊まれそう……ですよね?」

「ミャア、ミャア……」

「もしかして、猫ちゃんはいっしょに眠ってほしくて案内したのですか?」

 そんな風に感じながら子猫を抱いてお腹を撫でると、あばら骨の感触はあるけれど……ぷにぷにとしたお腹は温かかった。

 眠りはじめる子猫の温かさを感じながら、わたしも疲れていたようで……何時の間にか眠りについていました。


 ……こうして、わたしの新しい生活は幕を開けました…………。

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