化初の一日

 家主の真樹狛零まきこまれについて


 真樹狛零はわたしが通う学校で噂の不良。

 成績が悪い、授業をまったく聞かないと教師達が口を言っているのを何度も聞いたことがある。

 夜に街中を制服姿でフラフラと歩いていたという話もわたしの耳に届いたほどだ。

 あと、よくよく公園に立ち寄っては棄てられた野良猫に餌を与えているのが目撃されているという噂もある。……それは本当のこと。

 だけど誰も信じようとはしていない。


 彼の特徴といえば、ぼさぼさの赤みがかった髪、日に焼けて赤黒くなっている筋肉質な肌。

 自己申告の身長は186センチメートル、体重は75.4キログラム(最近は少し減ったとか言っていた)。

 体はよくよく肉体系のアルバイトをしているからか、ガッチガチの筋肉質をしている。

 彼が寝ているときにちょっとだけ触ってみたけれど……、すごく弾力が硬かった。

 あ、あと……お、おおきいのが……見えた。って、それは必要ありませんよね!?


 そしてわたし達、女子が着ている白いワンピース調の制服とは違い、男子は黒色の学ラン。

 それは質実剛健を現すようにピチッと着て、礼儀正しくということを現しているそうだ。

 だけど彼、真樹狛零はすべてのボタンを留めることなく、全開に開いており、度々風紀委員に見つかって注意を受けていた。

 でもわたしは知っている。彼は着ている学ランが小さいからすべてボタンを留めることが出来ないのだということを。

 度々愚痴るようにテレビドラマのブレザーを着ているイケメン俳優を見ながら、彼は「いいよなぁ」と呟いていた。

 それを思い出しながら、生徒会役員の子達と共に中庭を歩ていると一組の男女が歩いているのが見えた。

「ごきげんよう」

「「ご、ごきげんよう!」」

 もしかして、付き合っているのかしら? そんな下世話なことを思いつつ挨拶をすると彼女達も慌てて返事をした。

 しばらくすると、後ろの方から嬉しそうな声が聞こえましたが……多分、わたしに話しかけられたというのが嬉しいのでしょうね。

 ふと、視線を感じ上を見上げると赤みがかった頭が見えた。

 多分……彼が今の様子を見ていたのだと思う。

『化けるのが上手いやつ』

 きっとそんなことを呟いているに違いない。

 そう思いながらクスリと笑いそうになるのを堪えつつ、わたしは視線から消えていく彼を見ていたけれど……すぐに視線を外して歩き出す。

 彼とわたしは、ここでは一切関係ないのだから。


 〇


 夕方6時30分、茜色の空も徐々に黒くなり始め、夜が近づいてくるのが分かる。

 レースカーテン越しに眺めてから、わたしは正面を向き直ると役員の子達が書類を頑張って書いているのが見えた。

 そんな彼女達の作業を中断するように、わたしはパンと手を叩く。

 すると彼女達は一斉にわたしを見てきた。

「さ、皆さん。今日はもうここまでにしましょう」

「ですが会長、もう少しで終わるのですが……」

 真面目な性格をした役員の子が、少しだけ申し訳なさそうにわたしに言う。

 あと5分ほどで書きあがる。そう思えた書類だけれど、わたしは首を振る。

「駄目よ。もう外が暗くなっていますし、貴女達に万が一のことが起きたら……わたしは悲しいのよ?」

「「か、会長……」」

 わたしがそう言うと、役員の子達は目を潤ませ尊敬するようにこっちを見た。

 というか、わたしも夜道はちょっと怖いのだから、出来るだけ早く帰りたいのですからね。

「……わかりました。残りは明日に回します」

「ありがとうございます。それでは、皆さん帰る準備をいたしましょう」

 真面目な彼女は頷き、わたしの言葉に従って全員が作業していた書類をファイルに収めて、誰かに漁られることが無いように棚へと戻し、カバンを手にして仲の良いグループで帰り始めます。

「「会長、また明日!」」

「はい、気を付けてお帰りくださいね」

 元気のいい声を聞きながら、返事をして最後の子を見送るとわたしは生徒会室の戸締りを行い、部屋の鍵をかけた。


 鍵は職員室まで持っていき、残っていた先生に保管をお願いし、わたしも学校を離れます。

 ……くぅ。とそんな時、小さくお腹の音が鳴ってしまい、周囲を見渡しましたが誰も居ません。

「よかった。誰にも聞こえていませんね」

 出てしまった音に恥ずかしさを覚えながら、お腹を軽く擦りつつ夕暮れの道を歩く。

 お家に軽く食べることができる物は……ありませんわね。

 スーパーやコンビニは入れるようにはなりましたが、やっぱりまだ慣れませんわ。

「うーん、どうしましょう……」

 呟きながら歩いていると街頭の灯りと違った灯りが見えて、そちらを見るとピンク色を基調とした看板が見えました。

 えぇっと、DAIS●……ですか? 見ればオープンしたてなのか入り口には花が飾られており、客も少なからず出入りしているのが見えました。

「どういうお店なのでしょう?」

 初めて見る店に興味を抱き、わたしは導かれるようにして店舗へと入ります。

 そして、ひゃっきんという文化を知りました!


「ふんふんふ~ん、ふふんふ~~ん♪」

 パンパンになったビニール袋を手に、わたしは今にも飛び上がりそうになりながら道を歩く。

 ひゃっきん、あれは良い物です。

 簡単には手に入らないと思っていた物が簡単に手に入ったのですから。……ちょっと、真樹に買ってこさせるのも恥ずかしい物もあったので良かったです。

 特に替えの下着が手に入れられたのが……。

「けど、お財布の中は空っぽになってしまいましたわね……」

 頭の中に怒鳴る真樹の姿が浮かびますが、まあ大丈夫でしょう。

 怒鳴ってから考えれば良いのですからね。

 そう思いながら築年数の古いアパートの金属製のサビた階段を上り、ポケットから鍵を取り出して開けて中へと入る。

「ただいま戻りましたわ」

 帰宅の挨拶をするけれど、暗い室内からは誰の返事もありません。

 というかあったらあったで逆に恐ろしいですわね……。

 そう思いながら、靴を脱いで室内に入るとひゃっきんで買ってきた袋から興味本位で買ってきたお菓子を取り出して、床へと置きます。

 お菓子を取り出した袋はわたしのスペースに置いて、明日のために制服を脱いでしわを手で撫でて取ってからハンガーへと干し、買ってきた消臭スプレーを撒いてみます。

 しゅっしゅ、とトリガーを引くたびに霧が噴射され、制服に当たっていい匂いがしてきました。

 うん、これなら明日も気持ちよく過ごせますわ。

 非常に満足していたけれど、下着姿では少し寒すぎたのか……くちゅんと小さくくしゃみが出てしまいました。

「うぅ、はやく上に着ませんとね……」

 両腕を手で擦りながら、常用するようになっていた長そでを頭から被る。

 元々は真樹が着ていた長そでだから、わたしには物凄くぶかぶかだったりするけれどもこのような感じに一枚だけを着て過ごすというのはあまりなかったわたしですが、良い物だと思っています。

 手が隠れるほどの長さの袖を少しだけ巻くり、寒さが大丈夫だと理解すると穿いていた靴下を脱いで洗濯物へと入れておきます。こうすれば真樹は洗濯をしてくれますもの。

 一度わたしにもするように言ってきましたが、二度目はありませんので彼任せを続けています。

「ごろごろごろ……くちゅくちゅくちゅ……」

 手洗いを行い、うがい薬を入れてうがいをして、わたしはテレビへと陣取ると寝転ぶと買ってきたお菓子を開ける。

 ビスケット、チョコのお菓子、コーンを原料にした面白い味のお菓子、塩味の利いたポテトチップス、そんな様々なお菓子を食べながらバラエティ番組を見ていると扉が開きました。

 そちらを見るとぐったりとした様子の真樹が立っており、バイトを頑張ってきたのだということが分かります。

「おふぁえりー」

 おかえりなさい、と言ったつもりなのですが口に咥えたビスケットで上手く言葉が出ず、ちょっと間抜けな感じになりました。

 そんなわたしを真樹は何というか残念な物を見るような視線で見てきたけれど、すぐに視線を外します。……多分、お尻を見たのでしょうね。

 少しだけ恥ずかしいと感じながら、色々と会話をしていると案の定、真樹はわたしがひゃっきんでいっぱい買ってきたことを怒りました。

 けれど真樹はお凸を押せるように手を当ててしばらくすると、晩御飯を食べました。

 ……ですが、お菓子を食べていたからかあまり食欲がありません。真樹には、ばれていませんわよね?

 そんなことを思いながら、紅鮭弁当を食べて彼が出してきたインスタントのお味噌汁を飲みます。


 二人同時にごちそうさまを行い、真樹が後片付けしている間にわたしはテレビを見る為に寝転びます。

 すると彼は呆れたようにわたしに牛になるぞと言ってきました。

 それに対して、少し大胆にわたしは真樹にお礼と詫びを兼ねて、揉んでも良いと言ったのですが……彼はまったく嬉しそうにはしていません。

 男は基本的にそう言ったら喜ぶのではないのですか?

 正直枯れているのではないのかと思いつつも、女として見られていないのかと不安を抱きつつ……彼が沸かしてくれたお風呂に入って、悶々とします。

ぶくぶく真樹さんぶくぶくぁバカ……」

 ……って、どうしてわたしが彼のことで悩まないといけないのでしょうね。

 そう思いながら、湯船のお湯を手で掬い、目を瞑って顔へと当てる。

 温かく柚子っぽい香りが付いたお湯が顔を濡らし、一日の疲れを取れるような気がしつつ、わたしはあの時のことを思い出す。


『狭いけど、俺の家に……来るか?』


 あの真っ暗な公園で、どうすることも出来ず途方に暮れていたわたしに手を差し伸べてくれた彼の、真樹狛零の姿を……。

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