38.陽太からの相談

 明けて月曜日。


 教室へ足を運んだ俺は、窓際の席に腰掛ける陽太と朝の挨拶を交わしてから、「かのんと付き合うことになった」と、さり気なく付け加えた。


 以前のあの忠告は、陽太なりに心配してくれての言葉だったんだろうなと思って報告したんだけど。


 陽太自身の反応としては、


「あっそ。良かったじゃねえか」


 なんて具合に、素っ気ない返事が返ってくるだけだったので拍子抜けしてしまう。


「あったりまえだろ? オレに彼女がいるんだったら、もうちょっと祝福する気にもなったろうけどよ。テメエひとり、学校一の美少女と付き合うとか、全校の男子から恨まれても仕方ない立場だぞ?」

「そうか……。それは悪かった」

「ああ、もうっ。真に受け取るなって! ちょっといじってみたくなっただけだろうが!」


 後頭部をボリボリとかきむしり、それからひと呼吸置くと、陽太はしみじみと口を開いた。


「しっかし、あのオカンに彼女とかねえ。信じらんねえな」

「どういう意味だよ」

「小学生の時から、ハンカチちり紙はもちろん、カバンの中に救急セットとソーイングキット、ウェットティッシュにエコバッグまで詰め込んでたヤツだぞ? そんなオカンオカンしている男に彼女が出来るなんて思わねえじゃん」

「悪かったな。どうせ最近買った本も掃除特集の雑誌だよ」

「はぁ……。そんなヤツが天ノ川さんとねえ……」


 ジロジロと観察するようにこちらを眺めやり、陽太は机に片肘をつきながら話を続ける。


「んで? そんな美少女とめでたく付き合うっていうのに、お前のしけたツラはなんなの?」

「……う。バレたか」

「バレバレだっつーの。離れていたとはいえ、こちとらガキの頃からの付き合いだぞ。なにか不満でもあるわけ?」


 じとりと目を座らせて呟く旧友に、俺はため息混じりで切り出した。


 かのんと付き合うのはいい。それは嬉しいけど、恋人になったという報告をかのんの父親へしなくてはいけない。どうしたものか。


 話に耳を傾けていた陽太は、不幸を喜ぶようにニヤリと口端を釣り上げて、意地悪く笑っている。


「そうかそうか! いや、モテる男はつらいなあ。たかだか付き合うだけでも、親父さんと会わなきゃいけないなんてよ!」

「優しい人だっていうのは知っているんだけど……。気が重くてさ」

「いいじゃねえか。『娘さんを僕にください!』みたいなノリでいきゃいいんだよ。こういうのはな、勢いなんだよ、勢い」


 一〇〇パーセント他人事のような口調だな、おい。無責任な言葉で励ましてるつもりか?


「だってしょうがねえじゃんか。他人事だもんよ」

「まあ……、そうなんだけどさあ。もう少しほら、なんかあるじゃんか」

「ねえよ、何にも。せいぜい当たって砕けてこい」


 そう言って、陽太は笑い声を上げながら、ポンポンと俺の肩を叩いた。


 そりゃね、俺だって雪之新さんへ挨拶しにいくのは当然だと思ってるよ。


 でもなあ……。なんていうの? 陽太の言う通り、これって結婚前の挨拶みたいなものじゃんか。どこの世界に「娘さんと付き合うことになりました」って、わざわざ報告しにいく高校生がいるんだよって話で。


 これで、「付き合うのは認めないっ!」とか言われようもんなら、立ち直れないしな。


 それに、雪之新さんについては未だに引っかかっていることがある。


『あの子が好き勝手やれるのも今のうちだけだし』


 コーヒーショップで呟いた、あの言葉の真意がわからないままでは、これから先、不安を抱いたままかのんと付き合うことになってしまう。


 はあ……。報告するにせよ、真意を確認するにせよ、雪之新さんとは会わなきゃいけないなと静かに覚悟を決めていた矢先、目の前の旧友が口を開いた。


「なあ、そんなことは置いといてよ。オレたち親友だよな?」

「そんなことと、一言で片付けるやつを親友と呼んでいいのか疑問ではあるけど。まあ、友人ではあるな」

「だったらさ、大事な友人のためにひと肌脱いでくれないか?」


 いつになく真剣な眼差しの陽太。ひと肌脱ぐって、何をすればいいんだよ?


「頼むっ! オレと星月さんが付き合えるよう協力してくれっ!!」


 ……はい? 陽太と星月さんが?


「なんつーの? オレ、ああいうクールビューティがめちゃくちゃタイプっていうかさ、この前、一緒にメシ食った時からずっと気になってて……」


 クールビューティ、ねえ? 確かに星月さんは美人だからな。


 だけどなあ。悪いけど、付き合うとなったら、陽太にはハードルが高いと思うんだよ。


「はあ? 何でだよ?」

「お前の名前すら覚えてない相手だぞ? この前だって白菜顔って言ってたし」


 言われてみれば白菜に見えなくもない旧友の顔を眺めやって、俺は頭を振った。


「こう言うのもなんだけどさ。ぶっちゃけ、望みは薄いぞ? そもそも陽太に興味がないっていうか」


 改めて紹介したところで、氷点下の眼差しプラス冷淡な声で流されて、はい終了っていう幕引きしか想像できないんだよなあ。


 Sっ気っていうの? 時折感じる星月さんからの態度って、そういうのに近いモノがあるし……。旧友を傷つけさせないためにもここは諦めさせたほうがいいっていうか。


 そんなこちらの意向を無視するように、陽太は興奮気味に声を上げた。


「バッカだな! それがいいんじゃねえか!」

「は?」

「ああいう女性に足蹴にされたいっていうの? 罵声を浴びせられたいっていうか、むしろ踏んでくださいお願いしますっていうか」

「……お? おう……?」

「女王様っていうの? 昔っから、そういうのに興味があったつーか、この前の出会いで目覚めちゃったっつーか……」


 大声で主張し始める陽太へクラスメイトの女子たちから冷たい視線が浴びせられている。


 旧友のためにも話題を変えるべきだと思ったものの、陽太はさらに声高に続けた。


「最悪、付き合うとかそういうのはいい! 星月さんに踏んでもらいたい! 責めてもらいたい! オレはそういう気持ちで一杯で!」

「陽太、陽太って」

「なんだよ! お前だってわかるだろオレの気持ち!」


 ちっともわかりませんし、わかりたくもないですけど。


 こんな形で旧友の性癖を知りたくもなかったと思いながら、そんな不純な気持ちで星月さんとの仲を取り持つわけにはいかないと、俺は諭すように声をかけた。


「陽太。お前の気持ちは十分過ぎるほど伝わった」

「おお、わかってくれたか、親友! それじゃあ……」

「ああ、よく聞け親友」

「……?」

「諦めろ」

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