33.ユッキーとの再会

 かのんへの想いを確認した俺は、軽やかな足取りで、駅前の繁華街へ向かっていた。


 かのんの好きに応えるためにも、キチンと告白しよう――そう決心してからは、気持ちも晴れやかなものに変わっていった。


 問題はどうやって告白の場を整えるかってことなんだけど……。いかんせん、経験がないので、うまくやれる自信がない。


 ない知恵を絞り、考えに考え抜いた挙げ句、豪華な夕飯を準備しておき、かのんが「どうしたのこれ?」と尋ねてきたら、「実は……」みたいな感じで告白しようと考えをまとめたんだけど。


 これには致命的な欠点がふたつあって。


 ひとつは夕飯を豪華にしても、相手はお金持ちのお嬢様。何も疑問に思うこともなく、すぐさま「いただきます!」って言うんじゃないかという可能性。


 もうひとつは、この場合、星月さんが同席しているのは避けられないという点で、第三者が見ている前での告白とかレベルが高すぎるにも程がある!


 とはいえ、星月さんにちょっと席を外してとか言い出しにくいしなあ……。はあ、どうするべきか。


 ともあれ。


 今は目の前の問題、つまりは『朝ごはん何も食べていないので空腹が限界の件』を解決しなければならない。


 というのも、勢いよく飛び起きたまでは良かったものの、自分ひとりのためだけに食事を準備するのも面倒だし、夕食の買い物ついでに、外で食事を済ましてしまおうと思ったからだ。


 周りには様々な飲食店がのきを連ねていて、俺の胃袋を激しく誘惑している。


 ハンバーガーショップに牛丼屋、ラーメン店にファミレス……、朝食兼昼食をどこでとろうか頭を悩ませていた矢先、聞き覚えのある声が耳元へと届いた。


「おや? 蓮君、蓮君じゃないか!」


 振り返った先には黒塗りの高級車があって、その後部座席には雪之新さんが座っているのが見える。


 シワひとつ無いスーツをびしっとまとい、鋭くもどこか穏やかなその表情は、相変わらずのダンディズムだ。


「奇遇だね。こんな場所で会うとは」

「そうですね。雪之新さんは……」

「『ユッキー』と呼んでもらって構わないのだが」


 まだそこにこだわるんかいと心の中だけで突っ込みながら、苦笑いで応じつつ、俺は改めて問い尋ねた。


「どこかにお出かけですか?」

「うん? まあ、そうだな……。そんなところなんだが……」


 ……あれ? 聞いちゃいけなかったのか? 雪之新さんは途端に口籠ってしまった。


 そして視線だけを車内のあちこちへと動かし、あー、その、なんだなと選ぶようにして話題を転じてしまう。


「そうだ。君も、かのんから聞いているのだろう?」


 ……はい? 『今日のこと』って?


 一体何を言っているのかわからずに問い返すと、雪之新さんはしまったなという表情を一瞬だけ浮かべ、それから誤魔化すように咳払いをした。


「ああ、そうかそうか。聞いていないのだったらいいんだ。多分、かのんなりの気遣いなのだろうな」

「はあ……?」

「いやいや、気にしなくていい。いま言ったことは忘れてくれ」


 ハッハッハと爽やかな笑い声に続き、運転手が「旦那様、そろそろ……」と口を開いた。


「おお、そうか、急がなければな。すまないな蓮くん、今度またお茶でもしようじゃないか」

「え? ええ、ぜひ……」

「うんうん。楽しみにしているよ。ではまた!」


 そう言い残し、雪之新さんを載せた高級車は走り去ってしまった。


 ……『今日のこと』ってなんだったんだ? 気にしないでくれって言われたら、かえって気になるよなあ?


 おっといけない。胃袋が抗議の声を上げている。とにかく考えるのはお腹を満たしてからにしよう。


***


 食事を終え、近所のスーパーで買い物を済ませた俺は、両手いっぱいに袋を抱え帰路へついていた。


 雪之新さんが話していたことは気になるけれど、いま、何より大事なのは今日これからについてだ。


 どうやってかのんに告白しようか、星月さんをどうするべきか……。


 頭の中で何通りもシミュレーションを重ねながら歩いていると、マンションの目の前に、見慣れない車が止まっているのが見えた。


 これまた雪之新さんが乗っていたのと同じぐらいに高級そうな乗用車で、どんな人が乗っているんだろうなと思っていた矢先、後部座席のドアがガチャリと開き、中から美しい女性が姿を表した。


 優美なドレスをまとった黒髪の女性は、誰あろう星月さんで、俺の姿を確認するなり、一礼してみせる。


「このような格好で驚かれたかと思いますが、なにぶん急だったもので……。申し訳ございません」

「い、いや、いいけどさ」

「かのん様より伝言を預かってまいりましたので、それをお伝えしに参りました」


 どこかしら他人行儀っぽく聞こえるのは、見慣れない格好のせいだろうか?


 身構えながら続きを待つ俺に、星月さんはぼやくように口を開いた。


「というか、どうして私がいちいち伝言を預からなければならないのですか? LINEでやり取りができるよう、連絡先を交換しておかないからこんなハメに……」

「悪かったよ。で? 伝言ってなんなんだ?」

「ああ、そうでした。つい愚痴をこぼしたくなってしまう心境といいましょうか」


 深く、そして大きくため息をついて、星月さんは続けた。


「かのん様から『今日も実家に泊まるので、夕飯はいらない』と言付けられまして」

「……そうなのか?」

「ええ。今日は特別な日ゆえ、帰れないと」


 正直、ガッカリした。ひとりで舞い上がっていたのが馬鹿みたいだと後悔するぐらいに。


 でも、それ以上に気になるのは、『特別な日』が何かってことだ。


 偶然会った雪之新さんも似たような話をしていたし、何があるんだろう?


 尋ねる俺に、星月さんは瞳を何度も瞬きさせながら声を上げた。


「……本当にご存知ないのですか?」

「何を?」

「今日はかのん様のお誕生日ですよ。十六歳になるお祝いです」


 ……は? そんなこと、全っ然聞かされてもなかったぞ!? っていうか、それならそうと早く言ってくれよ! ちゃんとバースデーケーキやプレゼントだって用意したのにさ!


 一方、驚く俺を気に留めず、星月さんは淡々と話を続けてみせた。


「……と、同時に、かのん様がお見合いをなさる、大事な一日でもあります」

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