第15話 嘘つきオールドパー

 翌日、琥珀亭で顔を合わせた真輝さんは「昨日はごめんなさい」とだけ言い、玄関掃除に向かった。あとはいつも通りだ。


 俺は狐につままれたような気分だった。情緒不安定に見えた昨日が嘘のよう。


「どうなってんだ?」


 トイレ掃除をしながらぼそりと呟いてみたものの、考えても切りがない気がしたので、いつも通りに振る舞うようにした。所詮、男には女心は永遠の謎だ。そう諦めるしかない。


 その日はお凛さんが久しぶりに早い時間から飲みに出ていた。このところ演奏会の準備で忙しいと言っていたが、それも落ち着いてきたらしい。


「お凛さん、演奏会の目処はたったんですか?」


 俺が話しかけると、彼女はいつものようにメーカーズマークをロックでやりながら、安堵の顔つきになった。


「まぁね。大地も助っ人でチェロを弾いてくれるっていうし、助かるよ。あとは本番でずっこけなきゃいいんだけど」


「大地の音大受験って難しいんですよね?」


「そりゃあね。でも、まぁ、どんな試験だって、本人次第だよ。悔いが残らないようにやればいい。今まで身につけてきた技術は宝だし、今回の受験だって良い経験になるさ。チェロの師匠だった遥もきっと天国で喜んでいるだろうさ」


「板前の道が目の前にあるのに、自分から試練の道を選ぶなんて、大地も根性ありますね」


「最終的にあいつがどんな道を選ぶのかは勝手だがね。少なくとも、今のあいつは生き生きした顔をしているから、それでいい。自分で選んだ道なら、挫けても糧にできる。そう思うんだよ」


 俺はお凛さんのこういうところが好きだ。まず人を肯定して受け入れてくれる。それは簡単に見えることだけれど、なかなか難しいことだ。そして、彼女と話しているとどんなことでも可能な気がしてくるんだ。



 そのとき、お凛さんの隣に居合わせたお客様が「尊君、同じのくれるかな?」と声をかけてきた。


 そのお客様は常連客の一人で、この近所に住む古本屋の主人だった。お凛さんとも古い付き合いらしい。


「あんたは飽きずに決まってオールドパーだね」


 お凛さんが快活にからかう。古本屋の主人も、赤くなった頬をテカらせて笑った。


「そう言うお凛ちゃんだって、いつも同じじゃないか」


 俺は微笑ましい気持ちでオールドパーというウイスキーを注ぐ。古き良き仲間ってのは良いもんだ。


「尊君は知ってるかい? このボトル、斜めに立つんだぜ」


「え? 本当ですか?」


 古本屋の主人は得意げにそっと角の一つを床につけて斜めにボトルを傾けた。オールドパーのボトルは左に傾いたまま、見事に静止した。


「へぇ、知らなかった!」


 すると古本屋の主人がニヤニヤして俺を見る。


「尊君は何にでも素直で良いなぁ」


 それって、褒めてるのか?

 思わず「はは」と力なく笑うと、すっかり気を良くした主人が俺にこう言った。


「オールドパーのボトルにおじいさんの絵があるだろ? こいつ、誰かわかるかい?」


「えっと、すみません。わからないです」


 こういうときは内心悔しかったりするんだけど、素直に教えを請うのが上策だってことは俺だってわかる。だって、古本屋の主人は話したくてうずうずしてる顔なんだから。


「教えてくださいよ」


 古本屋の主人が「じゃあ、君も一杯飲むといいよ」と上機嫌で目配せをした。


 お言葉に甘えてウーロン茶をご馳走になると、古本屋の主人がなぜか自分のことのように誇らしげに話し出した。


「この『オールドパー』は日本に初めて紹介されたと言われるスコッチ・ウイスキーなんだよ」


 スコッチ・ウイスキーというのは、スコットランドで製造されたウイスキーのことだ。


「明治初期に岩倉具視が欧米視察から持ち帰ったとされているんだな。吉田茂、田中角栄も愛した酒としても有名なんだ」


 さすがに俺でも知っている大物政治家たちの名前に、「へぇ」と思わず頷いた。


「このボトルに描かれているのは、イギリスでなんと百五十二歳まで生きたとされるトーマス・パーっていうおじいさんだ。百年だけでも凄いのに、プラス五十二歳だぜ?」


「マジっすか」


「結婚したのは、八十歳のとき。百歳で私生児をもうけたんだったかな。最初の妻が死んでから百二十二歳で再婚したトンデモなく元気なじいさんだ」


 ウェストミンスター寺院に葬られた彼は、今もなおスコッチの顔として活躍中だという。ラベルの絵はあのルーベンスが描いたものが基になっているらしい。


 俺はそこまで聞いて、思わず笑ってしまった。


「ありえないですよね。眉唾もんですよ」


「まぁ、嘘かもしれないけどミステリアスじゃないか」


 古本屋の主人は俺の反応が面白いらしく、えらく上機嫌だ。


「それに、俺も妻を亡くして長いからな。オールドパーじいさんにあやかりたいのさ」


「あんたはまず酒癖の悪さを直さなきゃならんね。もう目がとろんとしてるじゃないか。しっかりしなよ」


 お凛さんがピシッとした声で古本屋の主人をやりこめる。この主人はあまり飲み過ぎると何処でも寝てしまうクセがあるんだ。


「大丈夫、今日はもうこの一杯を飲んだら帰るよ。うちの猫に餌をやるのを忘れてたんでな」


 古本屋の主人が帰った後で、お凛さんが言った。


「あいつはあんなこと言ってるけど、後添えなんぞもらう気はないさ。死んだ奥さん一筋だからね」


 俺はカウンターの端で他のお客様と話している真輝さんを盗み見た。


「でも、そうやってずっと独りでいられるもんなんですかね? 寂しくないのかな?」


 それは俺の中に浮かんだ率直な疑問だった。お凛さんは俺の視線の先を追って、見抜いたように言う。


「あの親父には子どももいるしな。でも、それでも寂しくはないなんて保証はないね。それだけ生涯の伴侶というのは大きな存在じゃないかな。みんなそうだとは限らないけれどね、真輝も含めて」


 俺はぐっと黙ってしまう。病めるときも健やかなるときもなんて誓ったことのない俺には、想像もつかない。夫に先立たれたお凛さんから言われると、何も言えなかった。


「なぁ、尊。私はお前に期待しているんだよ」


 お凛さんがいつになく真面目な声になった。


「あんたなら、あの子の止まった時間を動かしてくれる気がしてね。......好きなんだろう?」


 お凛さんが言うのは、もちろん真輝さんのことだろう。俺は否定せず、力なく笑う。


「かいかぶりですよ。それに、俺の手は届かないです」


 きっと、お凛さんはとっくに俺の気持ちなんか見透かしていたんだろう。もしかしたら、俺自身より先に。


「そうかな。でもね、あんたが来てから少しは柔らかくなったんだよ、あの子もね」


 お凛さんが呟く。


「できれば私が蓮さんと遥のところに逝くまでに、あの子を幸せにしてくれるといいんだけどね」


「縁起でもないこと言わないでください。毎晩これだけ飲める元気があるんだから、まだまだあの世には逝けませんよ。ほら、命の水をどうぞ」


 俺はお凛さんのグラスになみなみとメーカーズマークを注ぎ足した。


「それから、彼女のことは、失ったものが大き過ぎて、敵う気がしません」


「馬鹿だね、尊」


 馬鹿なんて言っておきながら、その言葉には優しい響きがあった。そっと肩に手を置いて励ましてくれるような、そんな声だ。


「オールドパーと一緒だよ。実際はそうでもないかもしれないじゃないか。今、重要なのはそこじゃない」


 俺はその言葉をかみしめ、真輝さんを見た。何も知らずにお客様と話す横顔が、また遠く見えた。


 店じまいの後、真輝さんは珍しく俺に先に休むように言ってきた。


 今日の彼女はいつも通りだと思っていたけど、そうじゃない。だって、俺の目を見ようとはしないじゃないか。


「真輝さん」


 俺はいつになく強い口調で言った。


「昨日からどうしたんですか? 俺、何か気に障ること言いましたか?」


「どうしてです?」


 真輝さんの笑顔がぎこちない。


「もう、すぐそうやって......」


 いらっときた俺はカウンターに腰を下ろした。


「いいですか、真輝さん。俺は何があってもあなたを軽蔑なんかしません。だから、何か思うことがあるんだったら言ってください」


「私......」


 真輝さんが言い淀んで目を逸らしたが、俺は半ば睨むように彼女を見つめ続けた。


「俺たち、仲間でしょ」


 嘘をついた。本当は仲間以上の気持ちなくせに。でも、真輝さんが変なのを放っておけなくて、どうにかしたくて、口をついて出た言葉だった。


 すると、真輝さんが深いため息をついた。


「わかりました」


 そう言うと、静かに俺の隣に座る。そして、小さな掠れ声でこう言った。


「私、怖いんです。優しくされるのが」


「怖い? 怖いってどういうことですか?」


「尊さん、一緒にショッピングモールに行った日のこと、覚えてます?」


「はい。クリスマスの準備でしたよね」


「ええ。あの夜、一緒にこうして飲んでくれて、私に言いましたよね。『子守唄は歌えない』って」


 真輝さんにホット・バタード・ラムをふるまったことを思い出し、「あぁ」と頷いた。


「確かにサラ・ヴォーンみたいには歌えないって言いましたね」


「あのとき、私、自分に驚いていたんです。がっかりしている自分がいて」


「どういう意味ですか?」


「尊さん、やっぱり知らないんですね」


 少しぎこちなく笑い、彼女はこう続けた。


「あの『バードランドの子守唄』は恋人へ向けた愛の歌なんですよ。それを歌ってもらえないことが残念な自分に、自分で驚いたんです」


 それって......もしかして、もしかして、真輝さんは......。心臓が大きな音を立て始めた。

 けれど、真輝さんの次の言葉で、その浮き足立つ気分が地に落とされた。


「でもね、私はすぐに後悔しました。正義に申し訳なくて」


「どうしてですか?」


「私は、自分だけ幸せになることが怖いんです。ある人が好きだと言ってくれたときも、私は動けなかった」


 多分、暁さんのことだろう。


「その人は言いました。『正義がお前が幸せになることを望まないと思うか?』って。でも、そうじゃないんです。私が怖いのは......自分が罪悪感に潰されそうだからです。正義の幸せを奪っていたかもしれない我がままで勝手な自分が許せないんです」


 真輝さんがちょっと間を置いてから覚悟を決めたように切り出した。


「私には子どもがいません」


 絞り出すような声が痛々しい。


「正義は子どもを欲しがりました。でも、私が拒否しました。まだ二人で過ごしていたかったんです。そのくせ......独りきりになったとき、思わずこう思いました。......せめてあの人の子どもがいたらって」


 俺は心底驚いた。真輝さんが初めて涙をこぼしたからだ。わななく声で、彼女は続ける。


「子どもがいれば独りではなかったし、その子を通して正義の面影を見れたのにって。自分で自分が嫌いになりました。なんて勝手で、ずるい考えなんだろうって」


「真輝さん......」


「自分のことばかり考えて正義が望む子を産もうとしなかった私に、そんなことを思う資格なんてない。もし私が子どもを授かっていれば、生きているうちは正義はもっと幸せだったかもしれないのに」


「でも、望んでいても子どもができたかはわからないじゃないですか」


「それでも、自分の我がままを押し通した自分が許せないんです!」


 真輝さんの声が大きくなった。大きな目いっぱいに溢れる涙が、頬を伝う。


「その自分勝手さが、自分の母親を思い出させるんです」


 初めて真輝さんの口から『母親』という言葉を聞き、思わず目を見張った。


「私の母は看護師でした。いつも夜勤で忙しくて、家庭を顧みない人でした。でも、そんな母を父は懸命に支えて、愛情を向けていた。なのに、あの人はそんな父を裏切って、勤務先の医師と不倫した末に家を出たんです。父と私を捨てて」


 真輝さんは顔を真っ赤にし、怒りを滲ませていた。


「父のひたむきな愛情も、私も捨てて、あの人は自分の我がままを押し通した。あんな人と同じことはしないと心に誓ったはずなのに、やっぱり私も自分のことばかり正義に押し付けてしまった!」


 そう喚くように言うと、ふっと肩を落とす。


「父は母と別れてから、すぐに病死したんです。最期まで母を責めることはありませんでした。その姿が、私の我がままを黙って受け入れてくれた正義と重なるんです。母と同じになりたくないのに、いつの間にか夫に同じような仕打ちをしていたんじゃないかと怖くなりました。どんなに忌み嫌っても、所詮はあの人の娘なんだって痛感したんです」


 それを聞いて、俺はいつかお凛さんが言っていたことを思い出した。


『真輝はね、大事なものを突然失ってばかりだ。だから、余計に動き出せずにいるのさ』


 お凛さんが言っていたのは、正義さんと蓮太郎さんのことだけじゃなく、このことも指していたのだと、今になって気づいた。


「でも、真輝さんはこんなに正義さんを想ってるじゃないですか」


 泣きたいのは俺のほうだ。ぐっと拳を握りしめ、吐き出すように言った。


「今だって、こんなに彼を想ってる。お母さんと真輝さんは血が繋がっていても、別の人間ですよ。別の家庭ですよ。同じじゃない」


「ありがとう。でもね、やっぱり怖いんです」


 真輝さんが深呼吸して、震える手で口元を覆う。


「他の人と幸せになろうとするたび、自分が怖かった。私は母のように、こんなに自分勝手で、我がままでずるい考えをする人間なのに。また誰かと同じことを繰り返すかもしれないなんて、耐えられなかったんです」


「誰かと一緒になったら、また誰かを不幸にするって、本気で思うんですか? 真輝さんは、正義さんが不幸だったなんて、本気で思っているんですか?」


「わかりません。もう確かめようがないんですから。でも、胸を張って『彼は幸せだった』って言えないことよりも、生きているうちにそれを確かめもせず、彼がそこにいることを当たり前に思っていた自分が嫌い」


 震える細い肩が、大きく揺れていた。

 俺はその告白に、どうしていいかわからず、ただぼんやりをその様を見ていた。


「他の人みたいに『好きだ』って言ってくれれば跳ね返すこともできるのに、でも、尊さんは違うから怖かった」


「えっ? 俺が怖かった?」


 不意に俺の名が出たことに驚き、びくりとした。


「俺、真輝さんを怖がらせることしましたか?」


「ううん、尊さんは私には優しすぎるって意味です。ただ黙って傍にいてくれるから、許してくれるような気がしてしまって。でもそのたびに自分が醜く見えて怖かったんです」


 真輝さんが涙で濡れた頬をそのままに、俺の目を見た。


「私......あなたに嘘をつきました」


「なんですか?」


「あの寝込んだ日、何も覚えていないなんて嘘です。あなたが私の唇を触ったのを、私は覚えています」


 俺の顔が熱くなるのを、自分で感じた。


「嬉しかった」


 真輝さんが力なく呟く。


「でも、私は正義に顔向けできない気持ちのままなんです。その気持ちのまま、あなたを好きかもしれないなんて、ずるい女です」


 胸がぎゅっと鷲掴みにされたようだった。こんなのってあるかよ。


「そうですね......あなたはずるい人です」


 俺の言葉に、真輝さんが目を伏せる。


「自分でそう言ってしまうのもずるいけど、一番ずるくて、自分勝手なのは俺に『好きだ』とも言わせてくれないことです」


 俺は立ち上がると、彼女の腕を掴んで抱き寄せた。髪の匂いがふわりと鼻をくすぐる。真輝さんは抵抗しなかった。


「本当にずるい人です」


 俺はそう言って、髪を優しく撫でた。


「でも、お互い様です。俺も、あなたを好きだと思っていても、正義さんに立ち向かう勇気が出ないままでした」


 俺のワイシャツが涙で濡れて滲んでいくのがわかった。


「だけど、そんなことを知ってしまったら、もう引き下がれません」


 もう一度、真輝さんを包む手に力をこめた。


「覚悟します。もう逃げられないし、止められませんよ。あなたが、好きです。どうしようもなく、好きなんです」


 噛みしめるように、呟いた。


「俺もずるい男です。真輝さんの気持ちを知ってから覚悟を決めるなんてね」


 真輝さんがしゃくり上げて泣いている。


「正義さんがどんなに真輝さんの中で大きい存在でも、俺は生きています。これからいくらでも、あなたの中に俺との時間を刻める。彼がそうしたように。正義さんはあなたの中にいるんじゃない。俺の中にいるんです」


 俺は静かに言った。まるで、自分に言い聞かせるように。


「真輝さんは自分の中の正義さんと戦ってるけど、それは違う。違うから苦しいんだ。認めてください。正義さんはあなたの中にいない」


 真輝さんが震える手で俺の背中に手を伸ばし、そっとシャツを掴んだ。まるで子どものように、ぎゅっと。


「俺は正義さんとは違う人間だけど、どこか似ているはずです。同じ部分があるからこそ、同じ人を好きになって、同じ人に好きになってもらえるはずです。正義さんは俺の中にいます。だから、心置きなく俺と幸せになればいいんです」


 真輝さんは俺の胸の中でふっと噴き出した。


「......変な理屈」


「いいんです。だって、そうでしょう? 俺はずるい真輝さんだって好きです」


 彼女は答えない。けれど、俺はそれに構わず、噛みしめるように繰り返した。


「そう、好きなんですよ」


 それは世界で一番、大切な言葉に思えた。


「お母さんと同じにはなりませんよ。だって、俺以外の人には見向きもしないくらい夢中にさせますから」


「すごい自信」


 そう呟いた真輝さんに、思わず俺の口元にも笑みが漏れた。


「うん。自信あります。でも、その自信はあなたがくれたものです」


 俺は力強く、でも優しく言った。


「だから安心してください。これからゆっくり、俺の中の正義さんと違う部分も好いてください。一番の違いは、真輝さんとこれからを生きていけて絶対に独りにしないってことです」


 彼女は返事の代わりに、俺の背中を掴む手に力をこめた。


「俺はずっと隣にいますよ。ただ黙って傍にいてあげることもできるし、こうして抱きしめてあげることもできます。飽きるほど気持ちを確かめ合うこともできます。......あなたが望んでくれさえすれば。俺はあなたと一緒に時間を刻んでいきたい。寄り添って生きていきたい。それって、今まで夢なんて持ったことがなかった俺が初めて持った夢だと思うんです」


 俺はそこまで言うと、そっと彼女を離した。真輝さんが俯いたまま、涙を拭う。


「おやすみなさい。また明日」


 俺は『また明日』という言葉に、ありったけの願いをこめて囁いた。どうか、これから先ずっと明日を一緒に過ごせますように。


 真輝さんがどんな顔をしているのか確かめる勇気がなかった。

 琥珀亭を出ると、階段を駆け昇った。初めて琥珀亭に来た夜のように、興奮しながら走って部屋まで戻った。


 ただ違うことは、俺の心臓が踊り狂っていたことと、ベッドに顔を埋めて俺まで泣いてしまったことだった。なんでそのとき泣いたかなんて、今でもわからないけどさ。


 でも、ただ一つ言えることは、人は悲しくなくても泣けるってことだ。

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