第21話緑陰4

 札を構え、憎々しげな表情の渧幻姫と対峙する。


「あの大岩の白い鬼を解放するつもりか」

 農夫の言っていた「白い鬼」が気にかかる。

 村でおおじじ様が語ってくれた「白い鬼」とは別者か?

 そしてここにはまさにその鬼を解き放とうとしている者がいる。


「我が君。魄皇鬼はくおうきさまよ」

 憎々しげな表情とはうって変わり、瞳に恍惚こうこつの表情を浮かべると、腰の後ろから大きな扇子を引き抜いてくる。


「お前はこの美しい名前を忘れることはないわ。

 緑陰」

 殺意が溢れ出てくる。

 バサっと大きな音を立てて、二尺(約六十センチ)はあろうかという大扇子を開いた。


「そなた、なぜ名前を」

 緑陰の胸の内にポトリと落ちた、黒い不安の雫が一瞬にして胸中を覆い尽くす。


(名前が知れているということは、調べられていたということ。

 姿を見せない白い鬼……。

 まさか、大岩へ向かったのか。

 薄紅……!)


 一人残して来た事を悔やんでも後の祭り。

 今は一刻も早くこの場を切り抜ける事が優先。


 懐の鬼封じの札は一枚。

(ここで渧幻姫に使い、急いで後を追うか。

 薄紅と合流出来れば〈紅桜〉が有効だ)


 自分達を調べていた者は何故この集落を襲ったのか。

(私の足止めし、薄紅と引き離すためか?)

 いくつも疑問は湧き出るが、答えは求めようもない。


「さあ、楽しみましょう」

 妖艶ようえんに微笑み、開いた扇子を一振りすると、今度は緑陰を強風が襲う。


 身を低くして耐え切った緑陰の目の前に閉じた扇子が振るわれた。

 鬼の一撃など受けたらひとたまりもない。

 身体を反らせて避けると同時に破邪の札を投げつけた。


 五芒星を記した破邪の札は、渧幻姫の開いた扇子の陰で爆発的に霊力を撒き散らす。


 ザッ!


 そのまま距離を稼いだ緑陰は、扇子を構えたまま、後方に吹き飛ばされた渧幻姫と今一度合間見えた。

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