第18話緑陰1

 夕刻には雨も止み、切れた雲間から紅い夕日が村を染める。


 逢魔時おうまがとき

 黄昏時たそがれどきとも言われる、昼と夜の交わるほんのひと時。

 すぐに闇が手を伸ばし、空を覆い始める。


 村の人々も昼過ぎには、すでに家へと帰っている。

 最後まで心配してくれていたおサナばぁちゃんにも、頼んで帰ってもらった。


 どうにも夕刻が近づくにつれ、ざわざわと神経が落ち着かない。


 身支度を整え直し、少し濡れたままの髪をいつもより少しだけ高く結い直す。


 大丈夫。

 握り締めた左手を、右手の平で覆った。


 妖魔がわざわいくなら、むしろこれからが本番。


 大禍時おおまがとき




 焦げ臭い匂いに、急ぎ街道を行く足が止まった。


 昼過ぎに穂波を出て、村まで残り半分以上は来ただろうか。

 穂波を出立した際には降っていた雨も止み、黄昏時の空はあかく大地を濡らす。


 本来なら穂波で一泊してもおかしくない道のりを、一日で往復しようという強行に緑陰りょくいんの疲労も激しい。


 研ぎ澄まされる神経。五感に触れるは……。


 瘴気!


(風上からか。

 確かもう少し南に小さな集落があったはず)


 懐の破邪の札を確認すると街道から外れ、雨上がりの湿気をじっとりと含んだ南風に向かい、草むらを走り出す。



 家屋のあちらこちらから上がる火の手に、空が黒雲に包まれている。


(何が起きている)


 集落の裏手から回り込んだ緑陰は、その先に倒れる人影を見つけると走りよった。


「どうされた?」


 助け起すその男は緑陰とあまり変わらない、二十代前半くらいだろうか、農夫らしい健康的な肌は、今はすすと血にまみれている。


「鬼……。白い、鬼が」

 苦しそうな息の下、うわ言のように言葉が漏れた。


「白い鬼?」

 緑陰の頭に、おおじじ様から聞いた話が思い出される。


(まさか)

 目をやる集落には確かに大きな瘴気の塊を感じる。

「必ず戻る。

 しばらく待たれよ」


 緑陰は男にそう告げると、その身体をそっと横たえ、集落の中へ進んでいった。

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