クビに至る病

六田

第1話 今

 授業はいつも退屈だった。親や先生に「やれ」と言われるから書きたくもないことをノートに書いて、やりたくもないテストを受ける。テストの点が悪いと怒られる。

 こっちはやりたくないことをやらされているのだから「よく我慢したね」と褒められたっていいくらいだ。

 四時間目の授業が始まるまでの短い休み時間、校庭の隅の桜の木を教室の窓から眺めていた。六年生になってからそうやって過ごす時間がすごく増えたように感じる。

 あの桜が満開だった頃、小学校に入学したあの頃はこんな風に考えることはなかったのに、いつから変わってしまったのだろう。そんなことを考えているうちに、チャイムが鳴り、国語の先生である三國先生が教室に入ってくる。

 いつも通り授業が始まるものだと思っていた。

「これから校庭に出て、みんなで運動しましょう。」

三國先生は開口一番そんなことを口にした。

 僕は、しばらく何を言っているのか理解できなかった。僕だけでなくクラス全体が巨大なはてなマークを抱えているようだった。

 三國先生は僕の知っている大人の中でも特に厳しく、その抑揚のない低い声で怒られるととても怖い。体格の良さも相まって生徒全員から恐れられているイメージがあった。

 その三國先生が授業をやめて、遊ぼうというのだ。どう考えても普通ではなかった。

 結局、誰も反対しなかったため、その授業は校庭でキャッチボールをした。

「なぁ、村田。」

僕の投げたボールをキャッチした同級生の萩野が、ボールを右手に持ち直しながら話しかけてきた。

「三國先生、どうしたんだろうな。」

やはり、彼も不思議に思っていたようだ。クラスの中でも背が高く、大人びた雰囲気の彼と話していると、自分も大人っぽくなれたように感じて、気分が良い。

 結局、三國先生の異常の原因に思い当たる節はなく、その日の授業が全て終わっても納得のいく答えは出なかった。なぜか三國先生の様子が頭から離れず、放課後に荻野と二人で話し合うことにした。

 公園に集合した僕たちはそれぞれの意見を出し合った。

 ドラマに影響を受けた説や誰か偉い人に言われた説、はたまた宇宙人のなり替わり説というのも出たが、どれも妄想の域を出ない。

 僕たちが公園の隅で頭を抱えていると、後ろから声をかけられた。驚いて振り向くと、そこには同じクラスの女子生徒、蒼井が立っていた。

「それ、三國先生の話?」

蒼井はクラスで一番頭がいい。彼女の意見を聞けば答えに近づけるような気がしたため、僕たちの話し合いに彼女にも参加してもらうことにした。

 三人で話し合いを始めて五分ほどたったころ、蒼井が「もしかして、病気なのかも」といった。病気で人が変わった説、なるほど、なくはない話だ。

 その後もいくつか意見が出たが、結局答えになりそうなものはなかった。

 夕焼けで赤くなりだした空にカラスの影が見える。日が落ちる前に僕たちはそれぞれ帰路についた。


 僕は家が少し遠いため、いつもバスで登下校している。

 いつもならバスの中で眠ることはないのだが、長い話し合いの疲れが出たのか、瞼が重くなる。そのまま僕は眠りについてしまった。

 「しまった」と思い、あせって目を開けるが遅かった。バスは自宅近くのバス停を通り過ぎ、はるか遠くまできてしまていた。

 どこかもわからないバス停に停まり、どうすることも出来ず今にも泣きだしそうな僕の横を一人の乗客が通り過ぎていった。

 しかし、なぜかその乗客は振り返り僕の横まで戻ってきた。

 「村田か?どうしてこんなところに」

声の主は三國先生だった。

 僕は藁にも縋る思いで事情を話した。先生は一言「そうか」というと僕の手を引き、バスから降ろした。


 三國先生の家はバス停から歩いてすぐのところにあった。家につくと先生はすぐに車の準備をはじめた。先生が車で自宅まで送ってくれるという。

 ありがたくて、うれしくて、我慢していた涙があふれだしてしまった。先生は何も言わず背を向けたまま作業を続けていた。

 僕の自宅に向かって走る車の中で、僕は今日の授業について直接聞くことにした。

 先生は理由は教えてくれなかった。僕と荻野と蒼井の三人で話し合った説について話したとき、先生は大きな声で嬉しそうに笑った。

 「病気か、確かにこれはうつされたのかもな。」

先生はとにかく嬉しそうだった。

 

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