第51話 巫子の幸せいっぱいな平日の1日に密着しました・午後編(巫子視点)
「うーん……」
昼食後、私は紹介依頼の小説の選考を再開し、しばらくして紹介する小説が決まると、パソコンのワープロソフトを開いて原稿を書き始めました。
「なかなか良い表現が浮かびませんねえ……」
しかし物語の大まかな概要を書き終えてから全く筆が進まなくなり、私は頭を悩ませます。
というのも小説紹介は、ただ小説の内容と特徴を紹介すればいいというものではないのです。
近いもので例えるなら、学校の朝礼での校長先生のありがたいお話でしょうか?
相手のことを考えずに自分が伝えたいことを一方的に話してしまうと、生徒たちに鬱陶しがられて「早く終われ」とまともに話を聞いてくれなくなります。
仮にその話が分かりやすく価値があるものだとしても、相手にとって興味がない話なら、辛い時間に付き合わせているだけになるのです。
だからこそ最初の数秒で小説の魅力を伝えながら相手に「聞きたい」と興味を持たせる、高度な掴みや言葉選びが必要になります。
そもそもアマテラス司のチャンネル登録者数や動画への高評価は、私が小説を紹介したことで喜んでくれた人たちから、お礼的な意味合いでしてもらっているもの。
私の仕事は「面白い小説を紹介する」ことじゃない。
「面白い小説を紹介する」という手段を使って「視聴者を喜ばせる」という目的を達成すること。
これが真白さんと一緒に仕事することになった時に、最初に教えてもらった「優しさ」なのです。
「一度真白さんに見てもらってアドバイスを貰おうかなあ」
このままではいつまで経っても進展しないと思った私は、顔を上げて真白さんが今忙しくないか様子を伺います。
「……あ」
すると時計が視界に入り、時刻が16時を過ぎていることに気づきました。
そろそろ夕食の支度を始めないといけないし、今日はもうこれで切り上げちゃいましょう。
「文人さん、真白さん、私、買い物に行ってきますね」
私はパソコンをシャットダウンすると立ち上がり、文人さんと真白さんに声をかけます。
「晩御飯で何か食べたいものはありますか?」
「うーん、じゃあサッパリとして、さらに頭の回転が良くなりそうなものがいいなあ」
「真白さんは?」
「トンカツが食べたーい」
「分かりました♪ それでは行ってきます♪」
「うん。気をつけてね」
「いってらー」
私はリクエストを聞くと文人さんたちに見送られながら、部屋を出て近所のスーパーに向かいました。
◆◆◆
「えーっとトンカツ用の豚肉とサラダ用の野菜、ご飯は炊いてきてる、冷蔵庫の中に残ってるもので1品作って……」
10分後、私は献立と買い物カゴの中に入れている食材を照らし合わせながら、カートを押してスーパーを歩いていました。
「後は文人さんのリクエストかあ……」
私は何か良さそうなものがないか辺りを見回します。
「あ! 今日はお刺身が安いです♪」
すると鮮魚コーナーでお刺身の盛り合わせの特売をしているのを見つけました。
魚を食べると頭が良くなるとよく聞きますし、真白さんも好きなのでこれにしましょう♪
「ふふっ、今さらですけど、何だか子供がいるお母さんになった気分ですね♪」
私はお刺身の盛り合わせを買い物カゴの中に入れると、真白さんを子ども扱いしたことを申し訳なく思いながらも、おかしくて笑ってしまいます。
でも実際のところ文人さんに「僕が一人前の男になるまで待ってほしい」と言われたからまだなだけで、ほぼ24時間一緒にいる事実婚状態。
お互いに別れることなんて考えられない程の仲良しだし「その日」がきて本当にそうなるのも時間の問題でしょう。
「仮の指輪も貰ってますし♪ 文人さんがどんなプロポーズをしてくれるのか楽しみです♪」
私はその時のことを思い出し頬を緩めながら、左手をかざして薬指にはめている指輪を見ました。
「その前に妊娠してできちゃった婚でもいいですけどね♪」
私は左手を下げるとそのままお腹を擦ります。
避妊はしてますけどできる日はほぼ毎日愛し合ってますし、絶対なものでもありません。
「完璧な人間なんていないですし、うっかり間違えたり忘れたりすることもありますよね♪」
私は誰に言うわけでもなく、言い訳しながら悪戯っぽい笑みを浮かべました。
そして私のパパは典型的な放任主義者。
「自分で責任を取り他人に迷惑をかけないなら自由にしていい」と昔から言われているので、妊娠と文人さんとの結婚を事後報告しても反対されることはないでしょう。
万が一、文人さんの経済的な自立の目処が立たなくても、今まで通り私が養えば問題ない。
何なら文人さんが主夫になって私を支えてもらう選択もある。
男女平等が求められている時代ですから、権利だけじゃなくて義務や責任もしっかり受け入れますよ♪
「あ、でも、もう少し文人さんと2人きりの生活を楽しむのもいいですね♪」
母親になったら自分のための人生が終わり、子供のための人生が始まります。
もし生まれてきた子が女の子で、文人さんにベッタリだったら大人げなく嫉妬しちゃうかもしれません。
人生は長いし、焦らずゆっくり行きましょう♪
「これでよし。さて、帰りましょうか♪」
私はレジに行ってお金を払い買い物を終えてスーパーを出ると、この先待っているであろう明るい未来に想いを馳せながら、軽い足取りで家に帰ったのでした。
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