第5話 エールテイル大森林


「うおおお、すごいすごい! アーク、すごいぞ!」

 ミズキはアークの背中にまたがって、頬に風を感じ、眼下に広がる光景を見て歓声をあげている。


「ピピー!」

 アークもその声に喜んで、速度をあげている。


「ちょ、ちょっと、ミズキさん落ち着いて下さい! アークも、もうちょっとゆっくりお願い!」

 乗り慣れているはずのララノアは、いつも以上の速度に恐怖心を覚えて、前に座っているミズキにしっかりと抱き着いていた。


「はははっ! アーク、気持ちいいけどララノアが困ってるみたいだから、少し速度を落とそうか」

「ピー!」

 ララノアの言葉では速度を落とさなかったアークだったが、ミズキの言葉には素直に耳を貸して、ゆっくりとした飛行へと変化させていく。


「わ、私のほうが付き合いが長いのになんで……」

 すっかり親友のように仲良くなった二人を見て、ララノアは疎外感を覚えて不満そうに頬を膨らませつつぼやくように小さく呟いていた。


 それからしばらくの間、空中散歩を楽しむこととなるが、目的地が近づいてきたところでアークはゆっくりと高度を下げていく。


「ミズキさん、見えました! あの森の中に、私と師匠の家があります!」

「あそこが……」

 そこに見えるのは広大な森であり、魔力のあるミズキの目から見るとただならぬ気配を感じさせる森だった。


「あの森はエールテイル大森林といって、普通の人は足を踏み入れないような場所なんです」

「……エールテイル!?」

 ミズキはその名に聞き覚えがあったため、思わず大きな声を出してしまう。


「ここがあのエールテイル大森林なのか……」

 差し入れられた本に記されていた内容では、エールテイル大森林とは人が住めるような場所ではなく、鬱蒼とした森に凶悪な魔物が数多く生息しているという場所である。


 ミズキはふと振り返ってララノアの顔を見た。

 するとどうしたの、というようにきょとんとミズキの顔を見たララノアはふにゃりと笑みを見せる。

 彼女のような人畜無害そうな少女が、そのような危険な場所に住んでいるという事実に驚いたための行動である。


「なにかありましたか?」

 しかし、驚いているミズキに対して、彼女は笑顔で首を傾げている。


「いや、こんな森によく住んでいられるなって」

 彼女の笑みに促されるように素直な感想を漏らす。


「ふふっ、なんだかここまで私ばかりが驚いていましたけど、ミズキさんでもそんな風に驚かれるんですね……でも、そうですねえ。この森は確かに危険な森です」

 そう言いながらララノアは柔らかい表情で森を見渡す。


「こんな私でも森に住んでいられるのは、師匠のおかげなんです。家の周りには師匠の結界が貼られていて安全ですし、戦いも……」

 そこまで言ったところでララノアの言葉が止まる。


「師匠です!」

「えっ?」

 感激したようにララノアが指さしたのは、自分たちがいる場所の前方だった。

 つまりは、空中であり、ミズキは何を言っているんだ? と思いながら視線を前に戻す。


「遅い!」

 そこにはララノアよりも年上の、成人しているエルフの女性が腕を組んで立っていた。……空中に。

賢者のような長いローブを身にまとう彼女はプラチナブロンドで深い青をした目を持つ美人な女性だった。


「ご、ごめんなさい! その、ちょっと色々ありまして……」

 恐らく色々の中身を説明したら、かなりの大目玉を喰らうことになってしまうのは予想に難くない。

 久々に再会できた嬉しさがありながらもそれに気づいた瞬間、ララノアは涙を浮かべてしゅんと小さくなっていた。


「えっと、俺はミズキといって……」

 空中での初対面に戸惑いながら、ミズキはなんとか自分の名前を口にしてぎこちない自己紹介をしていく。


「なるほど……かなりの使い手だな。ほう? しかも属性は水だと……? ――ふっ、面白い」

 最初はララノアをしかりつけるつもりだったララノアの師匠はミズキを見た途端、ニヤリと笑うと背を向ける。


「ララノアには色々話を聞くとして……ミズキといったな。歓迎しよう、うちに来るといい」

 機嫌よくそれだけ言って、彼女は地上にある家へと戻って行く。


「あ、あはは、その、師匠はちょっと変わっていまして、水魔法で実力があるミズキさんに興味を持たれたのだと思います」

「なるほど……」

 そんな彼女を見て、ミズキも彼女の力量を感じ取っていた。


(恐らく風魔法の使い手。しかも、目の前にやってきたのを感じさせないほどに滑らかな魔法で空を飛んでいた。それだけじゃなく、俺が水魔法の、しかもそれなりやれる使い手だというのも一瞬で見抜いた眼力……これはなかなか大物に出会えたのかもしれないな)


 ミズキはこちらの世界にきてから今日まで、そのほとんどが塔での幽閉生活だった。

 そのため、彼には人脈というものがほとんどない。


 この出会いが何かに繋がるのかはわからない。

 しかしながら、家族を含めて、これまでに出会った誰よりも実力者であろう彼女のとの出会いに、ミズキはワクワクしていた。


「アーク、行ってくれるか?」

「ピー!」

 もちろん、どこに? などと聞き返すことはなく、ゆっくりと高度を下げてララノアたちの家へと向かって行く。


「これが例の……」

 何もない空中を降りていく途中で、ある瞬間から空気が変わったのを感じる。

 ララノアの師匠が展開している結界は空中にまで広がっており、空飛ぶ魔物も近づけないようになっていた。


「そういえば、空で魔物が近寄ってこなかったが……なんでだ?」

 森が見えてから、ここに至るまで一度も魔物が近寄ってくることはなかった。


 当然ながら魔物がいないなどということはなく、今も森の中に魔物はおり、空にも離れた場所には魔物の姿がある。


「ふふふっ、それはですねえ……」

「ピピー!」

 ララノアが説明しようとしたところで、アークが大きな声を出す。


「そう、アーク君のおかげなんです!」

「アークの?」

 ミズキは魔力を探ってみるが、アークが結界のようなものをはっているようには見えない。


「グリフォンはかなり強い種の魔物のなんです。だから、他の魔物も近寄ってこないんですよ!」

「クウウ!」

 自慢げに高く鳴いたアークは得意げな表情を見せる。


「なるほどな……なんというか、俺はすごいやつらと知り合いになったようだな。ララノア以外……」

「あー! もう、酷いですよ! 私だって色々すごいんですからね!」

「色々ってなんだ?」

「い、色々は色々です!」

 そんなやりとりをしているうちに、地上へと降り立っていた。


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