【本文サンプル】蒼葬の片

言端

水底で光る(「蒼葬の片」収録)

 生来彼女と彼女の世界は、何もかもが片方だけで完成されていた。「テルレ」という侍女が彼女のステイタスで、与えられた小部屋は当たり前のように一室で、替わりの服も日々の糧もすべてが一人分。彼女たちはそれらすべてを分け合った。一人分の居場所に二人の人間が生きるには、どちらかを消すか、ともに重なるか、彼女たちはどちらからともなく後者を選んだ。揃いで生まれ持った銀糸の髪と青藍の瞳、身体の細部までを互いですら見紛うほど精緻に似せ、秘密を持たず、記憶をも共有した。そして名前。クルレーとテルニという双子の姉妹は、ひとりの「テルレ」になることではじめて、生存することができた。


物心つくころには彼の世界は、ひとつの小窓からしか見ることができなかった。分厚い生垣に囲まれた庭の中の、高い石塔。格子に鎖され採光するだけの窓は、夜になれば月光さえも弾き返す奈落の入り口。外の世界がどんな様相をしていたか、イムラという青年はもうほとんど思い出すことができないし、まして今や世界はどのように変化し動いているのか知る由も術もない。施しに届けられる山のような書から、彼はやっと知を得た。人の寿命で見ればイムラの生涯はまだ残っている時間の方がはるかに多いが、それでも彼は、自身が今とそう容姿の変わらぬうちに、この無罪の獄中で朽ち果てることを想像していた。それ以外に考えることもなかったのである。そうして歪に動き出す彼らの箱庭を覗き、秘め事を語らう人々の足元で、悪魔の影は長く伸びる。

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