第7話迷宮捜索記〜前編っ!〜

「あのぉ。もしおヒマでしたら、一緒にダンジョン攻略こうりゃくしませんかぁ?」


 街道から少し入った小さな村で、食後のデザートを楽しんでいたあたし達に女が声をかけてきた。

 巫女を思わせる服を着て、長い黒髪を綺麗に結い上げでいる。歳はあたし達とそんなに変わらないだろうか。


「今、すっっごく忙しいから無理」

 アリシアのお皿の上のモンブランは残すところ三分の一、天辺のマロングラッセは最初のうちにお皿の隅に確保されている。

「えっとぉ」

「無理」

 なおも諦めない彼女に、アリシアのブレない一言が押し勝った。



 あたしが生クリームどっさりの紅茶のシフォンケーキを食べ終わり、コーヒーを飲みながらアリシアが最後のマロングラッセを口に運ぶのを見ていると。

「ああっ。よかった、旅の方。

 依頼をさせていただきたいのです」

 40半ば程の男性が声をかけてきた。


「こんな田舎の村、なかなかあなた方のような旅の方にはお目にかからない。

 本当に助かりました」

 まだ依頼を受けるとも言っていないのに、おっさんは空いている席に勝手に腰を掛けると続きを話し始める。


 まぁ、聞くだけ聞いて断わる事もあるけど。

「実は、我が愚息ぐそくが裏山に山菜を採りに行くと言ったまま昨日から帰らんのです。

 裏山は古い洞窟も多い、探して頂けませんか?」

 また裏山か。

 こっそり息を吐き、視線を移したメシ屋の扉の外をさっきの黒髪の女が村の若い男達と談笑しながら通り過ぎて行った。




 新緑に午後のあたたかい日差しが降り注ぐ。

 旅をするにはいい季節になってきた。

「結構な広さね」

 金に近い榛色はしばみいろの長い髪を大きくかき上げる。

 大きな深いエメラルドの眼、ふっくらとしたサンゴ色の唇。

 一見して愛らしい外見のあたしの旅の連れ、アリシアは

「じゃ、見つかりませんでしたって事で」

 目の前に広がる木々生い茂る山道に背を向けた。


「ちょぉいっ!」

 そんなアリシアの肩を、がしっっ。と掴む。

「わかってると思うけど、依頼料の前金もらってるんだからね」

 山道を通り抜ける柔らかい風が、あたしの短い赤栗色の髪を撫でて行く。

 確かに苦労しそうな広さね……。


 ちょっと緩めなハイキングコース。と言った感じの山道をひたすら歩いて行く。

 おっさんの話からすると、愚息くんは相当な悪友供とつるんでいるらしく、「山菜採りは絶対に方便。肝試しだの、探検だのと言って古い穴にはまったんじゃないか」と。

 木に登って降りられなくなった猫じゃないんだから、自己管理くらいはしっかりして欲しいもんだわ。


「ただ歩いてるだけじゃ、横穴なんてわかんないわよ」

 探す気は微塵みじんも感じられないアリシアの言葉にも頷くしかない。

「人間探知機的な魔法はないの?」

「ないわよ」

 ま。攻撃魔法専門っぽいもんねー。

 唐突に山道が終わり、一面の開けた草原に出る。

「あれ。道間違えた?」


「ソォリィスゥゥっ!」

 来た道を戻ろと振り返るあたしに、アリシアが草原に向かってぶんぶか腕を振る。

「何よ、変な声出して。

 っって!」

 手?

 イヤイヤ。冗談とかでなく、草原から一本の手が生えてる。


「手。だね」

 呆然ぼうぜんと呟いちゃったけど、見た目のインパクトハンパない。

「きゃああぁぁぁっっ!」

 突然バタバタと動き出す手にアリシアが悲鳴を上げて、あたしの背後に逃げてくる。


 攻撃呪文でぐちょゲロになった魔物モンスターとか全然平気なのに、なんでこれはダメなんだ?


「あらあらぁ。そこにどなたかいらっしゃいますかぁ?」

 場違いなほどのんびりとした女の声に、あたし達は顔を見合わせた。


「い、いるけど。あんた誰よ?」

 相変わらずあたしの背後に隠れたまま、アリシアが虚勢きょせいを張る。

「あらごめんなさぁい。

 初めまして。クレアと申しますぅ」

 十九年生きてきて、手に挨拶されたのは初めてだわ。


「ええっと、クレアさん?

 とりあえず、どう言う状況なのか説明して貰えると嬉しいんだけど」

 少し近づいて見ると、地面に開いた穴から手が出ている。

 生えてたわけじゃないみたい。

「まぁ、私ったら。

 洞窟に入ったら迷子になってしまったようでして。光が見えたので手を出してみたんですぅ。

 お会いできて本当に良かったですわぁ。

 あの。出して頂けます?」


 出してって言われても。

 アリシアと顔を見合わせる。

「とりあえず、掘ってみる?

 掘削土除ディーリング・ソイル

 手の近くにしゃがみ込んで、アリシアが力ある言葉を発した瞬間。

 がぼっっ。

 足元が盛大に陥没した。


「だああああぁぁっ!」

「えええっとぉっ!

 風よっ!」

 土壌と共に落下しながら、アリシアが真下に向かって魔力を解放する。

 一瞬、風のクッションに落下速度が遅くはなるが、それでもだいぶいい速度で地面に叩きつけられた。


「いったぁぁっ」

「何なのよもぉ」

「あらあら。落下の勢いでペッチャンコかと思ったのに。

 お二人共なかなか頑丈ですねぇ」

 やんわりと酷いことを言う声の主。

「あれ。あんた村のメシ屋で会ったわね」

 アリシアの言葉に、あたしも顔を上げる。

 巫女の様な服。結い上げた黒髪。

 多少土埃に薄汚れているけど、確かにあの時声をかけて来た


「なんか、だいぶ落下したわね。

 穴掘る深さミスった?」

 上を見上げると陥没かんぼつした穴が遥か上の方に光を放っている。

 あれ……。高い。


「あたしのせいじゃないわよ。

 そもそもの地盤が薄かったの。

 このくらいの高さなら魔法で飛んで出られるわ」

 呪文の詠唱えいしょうに入るアリシアをクレアが止める。

「あのあのぉっ。

 実は私と一緒にこの洞窟に入ってくれた方がいるんですけどぉ、はぐれちゃってとっても困っているんですぅ。

 一緒に探して頂けませんかぁ?」

 そう言えば、メシ屋でおっさんの依頼話を聞いていた時に、クレアと連れだつ若い男達がいたはず。


「あ。依頼。

 アリシア、あたし達も出らんないわ。

 おっさんの息子。えっとレナード?

 とりあえず捜索そうさくしないと。成功報酬出ないわよ」

「そうだった」

「まぁ。おんなじ目的なんて。よかったですぅ。

 よろしくお願いしますね」

 クレアの白い手がしっかりとアリシアの手を握った。


「うふふ。アリシアさんってぇ、肌が柔らかくっていい匂いですぅ」

 クレアの一言にアリシアが顔を引きつらせて手を引っ込める。

「何言ってんのよっ?

 あんたの連れを探すなら、あんたからも依頼料もらうからね」

 相変わらず金にうるさい。

 アリシアの言葉に、クレアの笑顔が貼りついた。



 交渉の結果、アリシアが人探しとしてはちょっと高いんじゃないかと思われるような報酬ほうしゅうをふっかけたが、成功報酬でならいいとあっさりと納得してくれた。


 軽く自己紹介を済ませて、メンバーとはぐれた場所まで戻ってみることにする。

 話し方といい、なんとなく浮世離れした空気があるなぁ。

「そもそもさぁ。なんでこんな洞窟に入り込もうと思ったわけ?」

 アリシアが生み出した光球ライティングの光に照らされて、無機質な岩の通路が姿を見せた。

 あたしの問いかけに、先を歩いていたクレアが振り返り、にっこりと微笑む。


「昔ぃ、この辺りの山にはグールが住んでいたんですぅ」

 グール。人を喰らう魔物モンスターの中では割とポピュラーな部類かな。

 男女の区別があり、メスはグーラー と呼ばれる。

 美人で、誘惑して男を喰うなんて聞くけど。

「グールにたちしてみたらぁ、村はいい食料供給所ですよねぇっ。

 家畜みたいなぁ。

 でもぉ、村の人たちはそう思っていなかったみたいでぇ、一斉討伐なんて暴挙ぼうきょに出たんですぅ」


 先頭を歩くクレアは、分かれ道も悩むことなくずかずか先を進んでいく。

 なんか……。

「グールたちの中でもぉ、特に力を持ったグーラーが一人いてぇ、彼女はそれは強かったんですよぉ。

 でもぉ。人間も思ったより馬鹿じゃなくってぇ……」


 ちらりとアリシアに視線を送ると、むすっと不機嫌そうに視線を返してくる。

「一人の巫女を生贄にぃ、その女を喰べてる間に洞窟に封印されちゃったんですぅ」

「グーラーが女をねぇ。

 その洞窟がここって訳?

 随分と詳しいじゃない? まるで見てきたみたい。ね」

 アリシアが嫌味丸出しで、クレアの発言に食いつく。


「あらぁ。女が好きってことじゃないんですぅ。

 魔力の強い魂が、美味しいんですよ。

 アリシアさぁん」


【後編っ!に続く】

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