第4話山賊討伐記〜後半っ!〜

 縄でくくった山賊Aを先頭に獣道を行く。

「ローブの裾に枯葉がつく。ブーツが傷つく。疲れた。帰……れないぃぃっ!」

「はいはい」


 医療宝珠メディカル・オーブを求めて山賊どものアジトを目指す。

 山賊Aの話では、医療宝珠メディカル・オーブは当然転売目的。四、五日後なら間に合わなかったかも知れない。


「この沢を越えたところです」

 友好的・・・に話を進めた甲斐あって、山賊Aはとってもいい子。宝物庫の位置やアジトの間取りなど、それはベラベラ話してくれた。

 立ち並ぶ木陰に身を潜め、穴蔵の様なアジトを伺う。


「ああ。烈火球ファイアー・ボールぶち込みたい」

「お宝回収してからね」

 ソワソワする山賊Aを目で指す。

深眠ディープ・スリープ

 山賊Aの後頭部に手をかざすと、アリシアの力ある言葉にガクリと膝を折った。

 そのまま手近な樹木に縛り付けて軽く作戦会議。


「あぶり出す。斬り込む。吹き飛ばす。張り倒す。奪う」

「アバウトもいいところだわ……。

 じゃ。決行!」




竜火炎嘶ドラゴフレア・ブレイ!」

 ドゴオオォォォンッッ!

 蒼く抜ける空に、轟音と炎の竜が駆け登る!


「なんだっ!」

「敵襲か?」

 あんまり気の利いたセリフもなく、穴蔵からワラワラと似たような風貌ふうぼうのおっさんどもが這い出てきた。


「ヒイィィッッ!

 虫唾むしずが走るぅっ!」

 アリシアが腕をさすりながら穴蔵の真横に移動する。

 穴蔵の正面には、かなりの距離を取り抜き身の剣を引っさげて立つあたし。


「女っ?」

「最近イイモノ手に入れたってきいてね。

 根こそぎかっさらいに来たのよっ!」

 十数人の山賊どもの背後から、『オレっ山賊ですっっ!』と、力一杯主張しているオヤジが現れる。

 こいつが頭目とうもくか。


「狩れぇっっ!」

 三日月刀シミターの一振り。

 怒号と共に走り来る山賊達に、悪意のこもった言葉が響く。

竜吹氷嘶ドラゴブリーズ・ブレイっ!」

 横手に回り込んでいたアリシアのきっつい一撃!


 あたしの目の前が猛吹雪もうふぶきにかすみ、山賊どもの姿を隠す。

 さっむぅぅぅい。

 辺りの木々ごと一切合切氷の彫刻の仲間入り。


 凍った山賊どもを、アリシアとは反対側から回り込みアジトに入る。

「ヒイッ」

 運良く氷漬けを免れた一人と対面するも、完全に腰が引けてる。


爆風陣ブラスト・サークルっ!」

 アリシアの声と共に頭目が吹っ飛んで来ると、あたしの目の前の男に背中から激突した。

 下敷きになった男は完全に意識を失っているけど、そのクッションのおかげで頭目は怪我もなし。


 チャキッ。

 刃を鳴らして頭目の喉元に突きつける。

「案内して貰おうかな。宝物庫」


 アリシアが、もごもごと口の中で呟いた後あたしの肩に手を添えた。


 村からの依頼で医療宝珠メディカル・オーブを取りに来た事がわかれば、あたし達のいなくなった後にまた奪還されかねない。

 もちろん人畜害害だらけのこんな連中、完膚かんぷなきまでに叩きのめして再起不能にするのは当然として、医療宝珠メディカル・オーブ自体はあたし達が持ち去ったと思わせておいた方がいい。


「臭い。キモい。立ってるだけでかゆくなるっ!

 焼却処分してやるぅぅ」

 ほぼ呪いの言葉を吐きながら宝物庫までの道を行く。

 土壁に木の扉。

 場所も山賊Aの言っていた通り。


「開けて」

 背中に突きつけた剣で小突く。

 ヨロリと足をもつれさせた頭目が膝から崩れて、はっしと壁に手をつける。


 その瞬間っ。

 かかかっっ!

 八方から弓矢か飛び出してきたっ!

「バカな女どもめっ! 蜂の巣にっ……」

「なりやがれ?」


 アリシアとあたしの周りには、時間が止まったかのように数本の弓矢が宙に浮いている。

 あたしの足元には叩き落とした数本の矢。

 頭目の驚愕きょうがくのまなこに、大きく髪をかきあげたアリシアのエメラルドの瞳が悪魔の微笑みを見せる。


解放リベレイション

 あたしの肩から手を外したアリシアの、力ある言葉に弓矢が音を立てて地面に転がった。

「バカねぇ。宝物庫の前に罠なんて、子供の絵本にだって書いてあるわよ」

 ふふんっ。とアリシアが鼻で笑う。


麻痺棘パラリシス・プリクル

「がっ!」

 胸を撃ち抜くようなアリシアの仕草に、大きく一度身体をビクつかせて頭目が動かなくなった。


「お宝お宝ぁっ」

 アリシアの頭の中はお宝一色。

 ノブではなく、木戸に直接手をかざす。

爆風陣ブラスト・サークルっ!」

 ズバァァァンッ!

 爆風に、木戸が宝物庫の中に吹き飛ばされた。


「ドア開けて入ろうとかって発想はないわけ?」

「開いたじゃない。ドア。

 どうせ鍵閉まってるし。開錠アン・ロックの魔法なんて知らないし」

 それは屁理屈……。


 実はこのドアノブ、小さな毒針がいくつも仕込まれていて、開けようとノブを握ると毒に侵される仕組みだったのだが、ドアごと吹き飛ばして侵入されようとは、想定の範囲外だったろう。




 手のひらに収まる程の大きさ。淡い翡翠の輝きを見せるその石は、見る者の全てを温かく包み込む。

 色、形、大きさ、全てテオに聞いていた通り。

 何より、この不思議と包まれる感覚。

 本物と見て間違いない。


「ああっっ。こいつが医療宝珠メディカル・オーブっっ!」

「テオの手前聞かなかったけど、こいつ売り飛ばしたらメシ屋の賠償払っても、お釣りで一生遊んで暮らしてさらにお釣りが出るわよ」

 にやりと笑うあたしにちらりと目を向ける。


「そこまで人間腐ってないわよ。

 ドレスに宝石、美味しいディナー。

 それも魅力的だけど、ズルズルドレスを引きずって、屋敷の中で愛想笑いしてるだけなんて3日も耐える自信がないわ。


 あたしは今の生活気に入ってるの」

「それは良かった」

 医療宝珠メディカル・オーブを懐に入れ、持参のデイパックに各々お宝……。報酬を詰め込む。

「質も量もまぁまぁね。これ。本職でもいいなぁ」

「山賊退治?

 毎回あのツラ拝みたいの?」

「無理っ」




 縛りつけた頭目は置き去りにして、アジトの外に向かう。

「さぁて。一旦戻ってこいつを返却してこよう」

 氷の彫刻もどきを回り込み。


『っっ!』

 唐突に。

 背中に感じる〈イヤな感じ〉に、同時に背後を振り仰ぐっ!


「んなぁっっ!」

 あたしは声が出なかった。

 山を削った穴蔵アジト。その上で佇む影には見覚えがある。


 仕立てのいい燕尾服。ステッキにシルクハット。

 顔の無い魔族。

「またあなた達でしたか。邪魔立ては許さないと言っておいたのに。

 魔石ませき欠片かけらを渡しなさい」

 魔石の欠片?


 目を合わせたアリシアが、あたしの胸元にちらりと視線を送る。っ! 医療宝珠メディカル・オーブかっ。

 幸いこれだけは懐に入れてある。重いデイパックをアジトの穴蔵に放り投げ身を軽くする。


 一気に臨戦態勢っ!

「§£∃〻∂っ!」

 はあっ?

 人の言葉では無い発音に、生まれた黒い塊が襲ってきたっ!

氷柱槍アイシクル・ランスっ!

 GOっ!」


 アリシアの周りに出現した数本のつららの槍が黒い塊を穿うがつ!

 ドフッッ!

 降り積もった雪の中に倒れたような、包まれる音に黒い塊とつららが消滅した。


 剣は抜いたが届かない事には何も仕様がない。

「⌘¢仝っ!」

 ステッキで手近な樹をこつりと叩く。

「お暇そうですからね。終わったらゆっくり頂きますよ。魔石の欠片」


 暗く輝く樹の中からレッサーデーモンがわらわらと這い出してくる。

竜吹氷嘶ドラゴブリーズ・ブレイっ!」

 アリシアのかざした両の手から、凄まじ吹雪が燕尾服に向かって突き進むっ!

 ふわりと。宙を舞い、隣の樹に飛び移る。

「注意しなくてはならないのは貴方の魔法のみ。

 ほらほらレッサーデーモンがやって来ますよ」

 表情は全くわからない。


「顔無いのにどこで見て、喋ってるんだろ」

「無駄口叩いてないで、狩るわよ」

 近づいて来るレッサーデーモンを一刀にふす。

 正直レッサーデーモンなんて、あたし達にはたいした脅威きょういじゃない。ただ、この数はっ。


竜潰滅砲ドラゴマッシャー・アーティラリィ

 突如空間を裂く金の炎!

 それは狙い違わず燕尾服の左肩から脇腹をえぐるっ!


 今のはっ! アリシアじゃない。

 振り返ると長い蒼髪の男。その背後からはバラバラと見覚えのある服の男達。


 ライオンにヘビの紋章っ!

竜潰滅砲ドラゴマッシャー・アーティラリィっ!」

 続く2発目はアリシア。

 細い腕から放たれた金の炎はおそらく上半身を狙ったもの。宙に飛び上がる燕尾服の膝から下を吹き飛ばすっ!

「くっ」

 一瞬。憎悪の竜に喰らわれるような錯覚を起こすっ!

 次の瞬間、掴んだシルクハットにヤツの姿は消えていった。


「なっ。なんだ今のは……」

 隣で呆然と呟くのは、見覚えのある六芒星。

「ども。隊長さん」

 走り抜けざまに声を掛けて、手近なレッサーデーモンの首をね飛ばす。


「ボサッと突っ立ってないで、兵動かしなさいよねっ! グズ。

 竜吹氷嘶ドラゴブリーズ・ブレイ

 破裂ブレイクっ!」

 まとめて氷ったレッサーデーモンが砕け散り、迫り来る他のレッサーデーモンに降り注ぐっ!

「き、きさまらぁ。強いんじゃないか!

 2人1組で、必ず仕留めろ!

 開戦っ!」




 その後は速かった。魔道士が2人に、20人弱の兵士。

 勢い余ったアリシアが山を1つ吹き飛ばして、地形は多少変わったが、まぁ気にする程の事じゃない。


「女。教会の神父から話は聞いている。医療宝珠メディカル・オーブを回収したか?」

 隊長の言葉に上着の胸元を摘む。

「差し出せ」

「イヤだね」


 兵士に治癒ヒーリングをかけていたアリシアがピクリとこちらを向く。

「こっちも依頼を受けて仕事してるの。急に割り込んで来て、名乗りもしないでかっさらおうなんて、随分じゃないの?

 隊長さん」

 視線がぶつかる。


「テオ神父は、貴女方を大層心配されていましたよ」

 蒼髪の魔道士が割り込んで来る。

「私はサンベリーナの貴族使え、帝宮魔道士のルフセンドルフと申します。

 話は教会に着いてからの方が良さそうですね」

 もちろん。メシ屋の請求書をこの手で破り捨てないと、おちおち旅も続けられない。


「女魔道士。アレを凍らせたのはお前か?」

 視線の先は、美しくない山賊の氷の彫刻。

「そうだけど。言い方が腹立つから解凍したくないっ!」

 バチバチとアリシアと隊長の視線が火花を散らす。

「私が解凍しますよ」

 苦笑いのルフセンドルフが割って入ってきた。


 放り投げたデイパックを密かに回収して、全員の準備が整うのを待つ事になりそうだ。






「ご無事で何よりです」

 教会の前で待っていたテオに医療宝珠メディカル・オーブを手渡す。

 代わりに受け取った請求書を一旦懐に入れ、あたし達は踵を返した。


「待って下さい」

 声を掛けてきたのはルフセンドルフ。

「最近各地で、医療宝珠メディカル・オーブに準ずる宝珠オーブ破壊被害が相次いでいます。あの魔族の事を何かご存知ですか?」

 アリシアと顔を合わせた。


「アイツも医療宝珠メディカル・オーブを狙ってたみたいよ。

 魔石の欠片。って言ったわ」

 アリシアが最低限の情報を出す。


「そうですか。

 医療宝珠メディカル・オーブに関しては、外からの魔的干渉を受けないように処理をしました。

 魔族に狙われる事もないでしょう。


 時にアリシアどの。帝宮魔道士になるつもりはありませんか?」


『なにぃ?』

 突然の申し出にアリシア、あたし、隊長。3人の声が見事に被る。

竜潰滅砲ドラゴマッシャー・アーティラリィは、魔力、知識、センス、全てにおいてひいでていないと、発動する呪文ではありません。

 帝宮魔道士は、現在五人おりますが、撃てるのは私のみ。

 貴女の力が必要です」


「へぇ。アリシア強いんだ」

「尊敬した?」

「全然」

 髪をかきあげ、胸を張るアリシアに首を振る。


「悪いけど興味ない」

 手を振って、なんの未練もなく教会を後にする。

「宮仕えなんてめんどくさい。ストレスで城の屋根が吹き飛ぶかもね」

「もう請求書が回って来るのはこりごりよ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る