その時の二人

〈朱音視点〉


 和樹たちがにぎやかに下校している頃、私と片倉さんは二人で放課後の教室に残っていた。教室の外からは部活をしている学生の喧騒が聞こえてくる。いつもの私ならこの時間は、和樹君と一緒に帰るか、助っ人を頼まれた部活に行くか、という時間だ。


 しかし今日は片倉さんに話がしたいと頼まれて、教室に残っている。


「それで、話ってなにかな?」


 私らしくなく、声が、そして態度が、片倉さんを警戒しているのを自覚している。私は和樹君が好きだ。幼いころから一緒にいたし、これからもずっとそうだと思っていた。しかし、私は昨日、見てしまったのだ。和樹君が片倉さんに迫られているのを。私は、それを見て頭が真っ白になってしまった。そして、たとえ和樹君から迫ったわけではなくとも、嫉妬してしまう自分を自覚してしまった。


「そんなに警戒しないでください」


 そんな私の様子に気が付いているのか、いや、きっと気が付いているのだろう。片倉さんは苦笑しながら声をかけてくる。そして、片倉さんはおもむろに頭を下げた。


「ごめんなさい」


「へ?」


 私は短く疑問の声を上げる。顔もきっと呆けていたのだろう。何せ、警戒していた相手からいきなり謝罪をされるのだ。予想外にもほどがある。


「どういう、こと?」


 私は辛うじて言葉を発することができた。私の疑問に片倉さんはとつとつと話し始めた。


「宮元さんは、黒岩さんのこと、好き、ですよね?」


 そして、初っ端から爆弾を放り込んでくる。


「そ、それは……」


 私は顔が赤くなるのを自覚した。多分、この反応だけで片倉さんには確信を得るのに十分だろう。


「いえ、答えなくていいんです。それで私は宮元さんから黒岩さんを盗る気はありません。昨日、放課後に教室で寝ていた黒岩さんが気になっていたのは本当ですが、あの時少し揶揄っただけだったんです」


 そして昨日の真相を話し始める、少し揶揄ったところで私が入ってきて、ちょっと悪乗りをしてしまった、と言うことらしい。要するに普通に話せる人がいて、うれしくなって調子に乗った、と。


「昨日は昼休みの時とかに同情的な視線は向けるくせに、でも助けようとはしてくれなくて……。そして放課後にまだ寝ているのを見つけて声をかけてみようって」


 片倉さんは話を続けた。昼休みの時のことは私も覚えている。その時は私も和樹君と少し会話をしていたからだ。そして片倉さんの言葉を聞き終えた私は、片倉さんに笑いかける。


「わかった。とは言っても私、もともと怒ってはないよ?」


 そう、そうなのだ。私はもともと警戒はしていたが怒っているわけではなかった。むしろ、和樹君が無意識に何かしたのかと思ったほどだ。それに私だって、できれば片倉さんとも友達になりたかったし、もっとお話もしたかった。私がそう言うと片倉さんはほっとしたような笑みを浮かべた。


「よかったです」


 片倉さんはそう言って安心した様に手近な椅子に座る。それだけ不安に思っていたのだろう。私も片倉さんと対面になるように椅子に座った。そして片倉さんは転校するにあたっての不安を吐露し始める。


「私、初めて転校したんです。そこでお友達ができるか不安だったんですけど、声をかけてくるのは男子ばかりで……」


 片倉さんの心境に私は「あー」と言う納得の言葉を発する。そもそもうちのクラスの男子ががっつきすぎなのだ。あれじゃ、誰だっていやにもなるだろうと、男子で片倉さんを囲んでいた状況を思い出す。


「それにしては結構慣れたように返事してたと思うけどね」


 私は苦笑してそう言った。それを聞いた片倉さんも自嘲交じりに笑う。


「私、相手を見て態度を変えるのが得意なんです……」


 そう言う片倉さんが今、私に対して猫をかぶっているようには見えない。その言葉に私は首を傾げた。


「でも、黒岩さんが私が笑いかけたときに何かに気が付いたような顔をしたんです」


「和樹君が?」


「はい。きっと私の作った笑顔に気づいたんでしょう。何の反応もなくて少し驚いてしまいました」


「あー、和樹君、人に興味ないくせに妙に鋭いから、でも、肝心なところは鈍いし」


 片倉さんの話を聞いて私は納得する。今まで下心ありな男子に囲まれていて、一人違う態度の人がいたらそれは気になるだろう。それに和樹君は私以外の女の子からは少し怖がられている。基本的に喋らないし、何を考えているかわからないと言われているのだ。私や後輩の小春ちゃんといるときは結構表情も変えるんだけど。


「だから、どんな人か話してみたくなったんです。で、話してみたら楽しくて」


「それであんな感じになったと」


 私は片倉さんの言葉の後に続けてそう言った。片倉さんは頷いて返事をする。片倉さんの話を聞いていて、私は少し罪悪感を感じた。転校してきたばっかりで周りにはろくな男子がいなく、女子も助けるでもなく男子の勢いに気圧されて何もできなかった。そんな片倉さんに申し訳なく思ったのだ。


「私もごめんなさい」


 そして私も謝った。急に謝られた片倉さんは目を丸くして驚いている。


「どうして宮元さんが謝るんですか?」


「だって、転校してきたばっかりで不安だらけのはずなのに、私もあんな態度とっちゃったし……」


 罪悪感交じりの私の話を聞いた片倉さんは、しかし首を振る。


「気にしないでください。私が悪いんです。猫をかぶってしまっている間にあんなことになって―――」


「私だって助けに入っていればそんなに不安にさせなくて済んだのに―――」


 そう言ってお互い謝り始める。そしてどちらからともなく吹き出した。


「ふふっ」


「あはは」


 そして私は言う。


「じゃあ、お友達になろうよ!」


「はい、よろしくお願いします」


 こうして私たちは友達になるのだった。

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