疑惑

「あなた美咲と会ったあとに若い男と会ったって言ったよね」

「そう、ちょうど店を出たところで」

「ちょっと怪しい感じだったんだよね」

 あいつにはナイフみたいなものを突きつけられた話はしていない。

「まあね」

「それで、美咲に聞いてみたんだ。ストーカーみたいな人いないかって」

「そしたら美咲、あなたが店を出たあともあなたのこと見てたらしいの」

「美咲の話だと、あなた店を出てから誰にも会ってないはずだって」

 えっ、そうなの。

「多分、あそこからは死角だったんじゃないの」

 そう言いながらも、僕は混乱していた。あの場所が死角になってないことは僕もわかっている。

「そうかなあ。まあ、美咲はファンの人とは一線を引いてるみたいだから、気になった人がいても不思議じゃないけど」

「親しげに話してたの、美咲と」

「会ったのは2回目だし、そんなに親しそうには見えなかったと思うけど」

「でも、終わったあとお茶したんでしょう」

「嫁の友だちだって言ってやったからわかったと思うけどね」

「そうか。それよりあんた、美咲にちゃんと答えなかったみたいね」

 またそのことかと思い、あいつの目を見る。

「とんがり帽子の黒マントのことばかり聞いてたんだって。ライブがどうだったか聞きたかたみたいのに」

「まずかったかな」

「今度はちゃんと話してあげて」

「わかった」

 それよりも、美咲ちゃんが見ていたなら、間違いなく見えていたはずなんだけど。


 久しぶりの公園の散歩。このところ暑い日が続いていたし、あいつに言われてギターを弾いてシンガー・ソングライターのまねごとをしていた。といっても曲ができたわけではない。それに曲ができたとしても、ちゃんとギターを弾きながら歌えるのだろうか。正直あまり自信はない。

「どう、うまくいきそう」

「美咲ちゃんてすごいよね」

「曲が作れて、人前で歌える」

「最初はそうでもなかったみたいだよ」

「そうなんだ」

「でも、そのことは美咲に言わないでね。美咲が聞きたいのはその先のことだから」

「自信もっていいと思うけど。あれだけファンがいるんだし」

「それでも不安なんだよ」

 CDウォークマンを聴きながらの散歩も悪くないと思ったが、やはり音楽のことは忘れて頭の中を空っぽにしたいと思った。ほんの少し歩いただけで汗が吹き出し、タオルで汗を拭いながらどうにか木陰のベンチまでたどりついた。暑さのせいか人は少ない。やはり散歩するなら朝か夕方なのだろう。ただそのためには生活のリズムを変えなくちゃならない。そしてそうするとあいつの生活までに影響してしまうだろう。つくづくヒモな主夫だなあと思った。そのとき僕の前をハイソックスの女性が早足で通り過ぎた。


「何この写真」

「覚えてないの」

「覚えてないよ」

 あいつは出来上がってきたプリントを見て首をひねっている。

「これから先はこの前撮った写真だよね」

 たしかにその写真はこの前あいつが面白半分に撮った部屋の中のスナップだった。僕の姿がピンボケで写っている。どうやったらこんなにピンボケになるのだろう。ピントが僕でなく奥の置物にピッタリと合っている。

「この写真もピンボケだよね」

 嫁は残った3枚のうちの一枚をじっと眺めている。

「このバカチョンカメラでその写真はおかしいね」

「古いマニュアルのカメラじゃないとそんな写真は撮れない」

「ソフトフォーカス?」

 たしかにその昔そんな言葉もあったような感じがするけど、その写真は完全にピントがずれている。

「何か人の頭のようにも見えるけど」

 まあ、その写真なら何にでも見えるだろう。

「それよりもほかの二枚」

「風景にしてはおかしいよね」

「ほとんど芝生が写っていて、その先に人が見える」

「二人いるよね」

「そのうちの一人、ハイソックスを履いているように見えない」

「小さくてよく見えないけど」


 ライブの会場で美咲ちゃんに会った。

「こんにちは、今日ひかりは」

「仕事みたいで」

「そうなの」

 僕は彼女の隣に立っている男を見て、美咲ちゃんに聞いた。

「カレシですか」

「お友だちです」

「この人はあたしの友だちの旦那さんでフクロウさん」

「はじめまして」男は名前を名乗らなかった。友だちと紹介されて少々不機嫌な様子。なにやらコソコソ美咲ちゃんと話している。

「ねえライブどうだった」風呂から上がってきた嫁が缶ビール片手にソファーにすわり込む。

「彼女たちなかなかいいと思うんだけど」

「ちょっと寂しかった」

「まあね」

「またあの黒い衣装の集団だけ、異様に盛り上がってたんだ」

「あそこには入っていけないもんね」

「まあ、あの集団が大挙していたら、それはそれで怖い気がする」

「美咲は男連れてたんだ」

「やめときゃいいのにね」

「知ってるの」

「学生の頃からの腐れ縁」

「そうなんだ」

「ところであなたも女の子連れてたんだって」

「一人だったよ。美咲ちゃんに聞かなかったの」

 あいつはニヤニヤ笑っている。どうも僕は美咲ちゃんが信用できなくなっている。


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