昼下がり

 休日の昼下がり。アイスティーとサンドイッチ。ゆっくりと時間が流れていく。適度に効いているエアコンが気持ちいい。あいつのとなりにはリボンを巻いた麦わら帽子が置かれている。

「美咲がね、バンドのこと知ってるって」

「バンドってあの黒マントの」

「そう。バンドは見たことないけど、同じストリードで歌ってた子がいるって言ってた」

「ギターの子」

「あのとんがり帽子は歌ってなかったじゃない」

「そうだよね」

「ヴォーカルの子かな」

「ドラムの子みたい」

「ドラム?」

「あたしも何でだろうと思ったんだけど」

 この場所を教えてくれたハイソックスとはあのライブ以来会っていない。ハイソックスは幻になりつつある。結局フィルムの件は何だったのだろうか。ただあの件に関してだけは僕の中でも不思議な確信が持てるようになっていた。あの時彼女は間違いなく本気で僕からカメラ若しくはフィルムを取り上げようとしていた。

 サンドイッチがあひとつ残っている。チキンをはさんだものかな。バルサミコがかかっている。今日は二人前をひとつの皿に盛ってもらった。いろいろ取り混ぜて。あいつが食べていいよと、目で僕に合図している。僕はサンドイッチを手に取った。

「そういえばあのひとを見かけたよ」

「あの人って」

「紺のハイソックスの人」


「どうでした」

 ストリートライブが終わって、彼女を囲んでいる人たちがはけていくのを待って、僕は美咲ちゃんに近づいていく。彼女とはあいつと一緒に一度だけ会ったことがあった。その時に今日のことを聞いて、こうして足を運んだ。ストリートに立つ場所と時間については暗黙の決め事があるらしい。

「ファンの人たくさんいるんですね」

「おかげさまで」

 並んで話していると、美咲ちゃんの前に若い男が現れた。彼女は察したようにしゃがみ込むと、ギターケースの上に置いてあるフライヤーを一枚とってその男に渡した。

「ありがとうございます、ぜひ来てください」

「予約はメールで」

「大丈夫です」そう言って美咲ちゃんがにっこり笑う。僕は若い男の鋭い視線を感じた。

「場所変えますか」

 美咲ちゃんはそう言って片づけをはじめた。

「それ持ちます」

「ありがとう」

 僕はギターケースからずり落ちそうなフライヤーの束を預かる。

「なんか曲の感想が聞きたかったみたい」

「よかったよ」

「何がよかったの」

「曲もいい感じだし、歌もよかった」

「それちゃんと美咲に言った」

「言ったと思うけど、すっかり飛んじゃったから」

 近くのコーヒー屋でちょっとお茶をして、僕は美咲ちゃんより先に店を出た。スーパーで買い物とかしなくちゃならなかったし。するとさっきと違う若い男が寄ってきて、ナイフみたいな鋭利なものをぼくの腹に押し付けてきた。

「あんたはサキちゃんの何なの」

 えっ、どうゆうこと。僕はちょっと焦って若い男の顔を見る。こいつどこを見てるんだろう。

「彼女は、僕の嫁の友だちです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る