第5話

 朝を迎え、朝までの見張りだったアンバーさんとベルジアンさんに、おはようと挨拶を交わす。結局魔物の襲撃があったのは、俺とスタウトさんが見張りの時だけだった。

 朝食を済ませて荷物を纏め、階段を降りて19層へと歩を進める。隊列は前層までと同じだ。

 歩を進めながら、アンバーさんから今度は魔法の指導を受ける。

「属性魔法は地水火風の4属性、人それぞれに先天的に適正が決まってる。最低でも1属性、最大で4属性。殆どの人は1属性だけ、私は2属性扱えるけど、師匠は珍しい4属性持ち。そこだけは凄い」

 確か誰かが4属性の恩寵を貰っていた気がする。成程、そこまで希少なのか、と納得する。

「属性魔法は、まず掌に集中した魔力で使いたい魔法の陣を描いて、そこに発動の為の魔力を更に込める事で発動する。魔法に寄与する技量は3つ。魔力の制御、陣を描く速さ、陣に込める魔力量。魔力の制御は、身体強化の訓練をそのまま続けていれば良い。なのでまず必要なのは、適正を知る事、陣を覚える事、陣の描き方を身につけること」

 そう言うと、アンバーさんはナップサックから何かを取り出した。

 それは小さなガラスの欠片に見える。赤、青、緑、黄色の4色。

「これは属性持ちの魔物から取れる、各属性の魔石。…手を出して」

 俺が右の掌を差し出すと、アンバーさんはそこに石を置いた。すると、緑色の石だけが光を放ち始めた。他の石には何の変化も無い。

「ユートの属性は風。良かった、私が実践で教えられる」

 そう呟くアンバーさんの口角が僅かに上がっている。普段がずっと無表情なので判り難いが、笑っているのだろうか。

「まずは初級魔法が使えるように、一点集中で鍛える。私がダークウルフに使った魔法、風旋縛(ウィンド・バインド)は覚えてる?」

「ああ、…風が纏わり付いて、敵の動きを阻害したやつだっけ?」

「そう。あれは風属性の初級魔法。ユートにはまずそれを覚えて貰う」

 今度は、ナップサックから本が出てきた。アンバーさんはページをめくり、「ここ」と言うと、俺にそのページを見せてくる。

「初級魔法の陣は、二重の円の内側に六芒星、円と円の間に魔導文字が並ぶ。魔導文字は発動する魔法の内容が書かれているのだけど、転移者なら簡単な筈」

 指し示された魔導文字の箇所を見ると、『風の渦を生み、対象を絡め取る』と書いてあるのが判る。

「そうか、転移者はこの世界の言語知識を持ってるから、魔導文字をそのまま読めるのか」

「そういう事。だから、まずは魔力を掌に集中する訓練をしてみて。身体強化で広げた魔力の渦を、掌に凝縮するイメージ」

 訓練を兼ねて身体強化は常に維持しているので、維持している魔力を掌の位置に縮めて行く感じだろうか。

 徐々に体全体から掌大へと魔力を縮めてみるが、何度やっても元の半分くらいのサイズになった所で破裂し、魔力が霧散してしまう。

 それを横で見ていたアンバーさんから、アドバイスが入る。

「維持できる魔力濃度を超えているから失敗する。もっと薄い状態から縮めてみて」

 ジャイアントラットとの戦闘を経て、身体強化の魔力量は最初と比べて大幅に増えていたが、今の状態が魔力を維持できる限界近くの濃度なのだろう。

 アドバイスに従い、まずは身体強化の魔力を大幅に薄くし、そこから掌大に縮めてみる。すると輪郭が不安定ではあるが、何とか維持する事が出来た。

「暫く、その状態を維持してみて。魔法発動の準備段階の訓練」

 アンバーさんは簡単に言うが、大分慣れてきた身体強化に比べ、維持が格段に難しい。難しいからこそ訓練する必要があるのだが。

「ついでに注意事項。やってみて判るだろうけど、魔法発動と身体強化は同時には出来ない。余程身体能力に自信が無い限り、魔法を使う時は遠距離の間合いが鉄則」

 以降の道中、俺は今度は掌大の魔力維持を続けた。


 19層、そして20層と、魔物を倒しながら俺達は進んで行った。そして20層の最奥へと辿り着いた。

 其処は今までよりも広い部屋だった。甲冑や絵画などの調度品が壁際に並び、正面奥には玉座と思わしき椅子が鎮座している。しかし魔王が居る訳ではない。

 スタウトさんは迷い無く玉座に歩み寄り、真っ赤な宝玉を取り出すと、玉座の上部にある丸い窪みに嵌め込んだ。

 すると、ゴゥンゴゥンと何かを引き摺るような音が響く。音は数秒で止まり、俺を除く皆が玉座の裏へと進む。

「ユート、こっちこっち」

 スタウトさんの呼び掛けに従い近付くと、玉座の裏には更に下へと降りる階段が現れていた。

 俺達は階段を降り、最後尾のスタウトさんが宝玉を取り外してから降りて来る。すると先程と同じ音が鳴り響き、降りて来た入口の床が閉まった。

 降りた先は小さな部屋で、正面に鉄製と思われる扉がある。扉には覗き窓とノックが付いていた。

 スタウトさんが扉のノックを2回鳴らし、呼び掛ける。

「アイリさん、お久ぶりです。スタウトです」

 暫くすると扉の向こうから足音が響き、除き窓が開いてこちらを確認すると閉まり、がちゃり、と扉が開く。

 開いた扉の先には、女性が立っていた。

 切れ長の赤い瞳に、大人びた美しい顔立ち。紫色の髪は膝の辺りまで伸び、羽織っている漆黒のローブは所々にスリットが入っており、白い足が見え隠れしていた。そして頭の両側には、黒曜石のような角が伸びていた。

「お疲れー。…見覚えの無い顔が居るけど、スタウト、メンバー増やしたの?」

「その辺りも含めて、色々と説明させて頂きますよ」

「判ったわ。じゃあ皆、入って入って」

 扉の先に招かれ、皆で中に入って行く。

 招かれた先は、低めの長テーブルを中心にソファと椅子の並ぶ、応接室のような部屋だった。

 薦められて椅子に座ると、ベルジアンさんだけが隣の部屋に行った。お茶を用意しに行ったらしい。

 やがて皆の前に紅茶が置かれると、先程の女性が話し出した。

「初めましての子も居るようだし、自己紹介させて貰うわ。あたしの名前はアイリッシュ。かつてはここ、グルホーン地方を統治していた元魔王よ。呼び方はアイリでいいわ」

 アイリさんの自己紹介に、スタウトさんが続ける。

「3年前に僕達が魔王討伐の為にここを訪れたんだけど、彼女は魔王という立場に嫌気が差していたんだ。なので話し合った結果、アイリさんは21層に隠れ住み、表向きには僕達がアイリさんを倒した事にしたんだ」

「え、その事実を俺に話しちゃって、良かったのか?」

「問題無いよ。ここまででユートの人となりは見させて貰ったし、仮にユートが外でこの事実を言い触らしたとしても、皆信じないよ。僕達はそれなりに知名度も信頼もあるからね」

 スタウトさんの答えに俺は納得した。

「ちなみに今回もそうなんだけど、魔王城の魔物が増え過ぎないように、定期的に魔物の間引きの為に、僕達はここを訪れているんだ」

 成程。実は言い出せないでいたが、魔王城をどんどん進むので、このまま対魔王戦にも巻き込まれるのかと思っていたので、一安心だ。

「それで、ここからが大事な話なんだ。…アイリさん、彼の名前はユート。昨日この魔王城に現れた、転移者です」

 スタウトさんによる俺の紹介に、アイリさんの目が輝く。

「ほう!ほうほうほう!!転移者!珍しいわね!これはアレ?あたしにくれるのかしら?」

「あげませんって…。話を最後まで聞いて下さい」

 アイリさんの人が変わったかのような反応に、スタウトさんが嘆息する。

「ユート、ただ街に行くだけなら、これまでと同様に僕達に付いて来れば良い。だけどもし、今後この世界で可能な限り生き残りたい、強くなりたいと思っているのなら、これは良い機会だ。ここで彼女に鍛えて貰ってはどうだい?」

 突然の提案に俺は驚く。俺が何も答えられないでいると、アイリさんが続いた。

「ユート。あたしも呼び捨てで呼ばせて貰うわ。もしその気があるなら、あたし…と言うよりも、あたしの友人がしっかり鍛えてあげる。対価は異世界の知識。毎日数時間、ユートの居た世界について教えてくれれば良いわ」

 正直、アイリさんがどんな人なのかはさっぱり判らない。第一印象では変わっているが、悪い人では無さそうだ、という程度だ。

 ただ、此処にも俺の恩寵『縁』の影響が及んでいるのだとすれば、従うべきだと思う。転移直後から今まで生き残って来れたのも、スタウトさんたち勇者パーティとの『縁』があったからだ。

 それに、地球では特に興味の無かった『強さ』にも憧れる。ただ他の人との『縁』に頼るのではなく、自らの力で窮地を乗り越えてみたい。

 …結論は出た。俺は心の内を伝える。

「アイリさん、是非お願いします。俺を鍛えて下さい」



 まだ茫漠としているが、俺なりに、この世界での目標を得た気がした。

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