第三章 2.出発

「け、ケイスケ様!!」

  

 軽快な聞き覚えのある声が馬車の前から響き渡る。

 馬車の後方から覗き込むと、あの不思議な生き物だった。


「グダンです! また会えてうれしいです!! 今日は僕が馬を引きますからね!」


「あ、あぁ、よろしくな」


 悪い奴ではないとは分かるが、あの勢いにどうも慣れない。


 そんな彼が手綱を取るこの馬車は、戦場行きで使った積載用馬車とは違い、今回は人を運ぶ専用馬車なのか、箱型で4人程が腰掛けられる場所もある。

 乗り心地もかなり良さそうだ。


「あいつはグダンか。ファスト家の奴だな」


 後から来たエダーも知っているようだった。


「ふふっ、彼に御者を頼んだの。とっても喜んで引き受けてくれたわ!」


 先程のドレスにローブを羽織っているリラはなんだかご機嫌なようだ。

 そんな彼女を見ているとなんだかほっとする。

 こんな世界だからこそなのか、笑顔が溢れるこの時間が愛しくさえ思えた。


 馬車へ乗り込み、白神ベロボーグがいると言う聖堂へ向かい始めた。

 木々が多く生い茂るこの深い森を馬車に揺られながらゆっくりと進んでいく。

 

「……あの、ケイスケ様、ひいじいちゃんの若い頃ってどんな感じだったんですか? 僕の産まれる前に亡くなったのでほとんど知らなくて……、知りたいんです」


 道中、馬を操っているグダンは先程の元気さとは打って変わって、こちらへ話しかけてきた。


「そっか……ジダンはな、ティスタの唯一の理解者だったよ。まー最初は何考えてるか分からないこともあったけどな! 楽観的で、気楽な生き方を好んでた人だったけど、いざという時はティスタをとても心配してくれて……、そして頼りになるんだ。そんな男だったよ」


「……そうだったんですね。ひいじいちゃんもファスト家の誇りです……! 僕、ひいじいちゃんのようにもなりたいです!」


「あぁ、なれるさ、きっと」


 そう言うと、グダンはまたパッとした明るい顔に戻り、安堵したかのように再び前進する先へ顔を向けた。


 『セーレとティスタ』という伝記本はジダンが書いた本だ。

 彼がどのように二人の物語を記したのかは分からないが、どうやらこのリンガー王国の民中に愛されている一冊のようだった。


 ジダンだけが見た二人の真実をどのように感じ、どのような結末を描いたのか。

 そんなことを思っていると、段々と懐かしさが込み上げて来る。


「ケイスケって、ほんとにティスタだったのね」


 リラが好奇心旺盛なその表情で話しかけてきた。


「信じてなかったのかよ?」


「そんなこともないけど、最初は半信半疑だったわ。でも今では分かるわ。あなたがティスタだったってこと。ね、エダー?」


「……」


 エダーはむすっとした表情で腕を組ながら、外の景色を眺めている。

 どうやら話には加わりたくないようだ。


「もう、エダー! いつになったらケイスケとまともに話してくれるのよ」


 呆れ返った彼女がそう言ってもだんまりを続け、何かを考え込んでいるかのようにも見えた。


 だがきっと先程の事といい、リラとまた話している件で怒っているのだろう。


「あ! 皆さん、聖堂へもうすぐ着きますよ~!」


 前から明るく元気なグダンの声が聞こえる。


 進む先へ視線を向けると、まだ小さくてよくは見えないが、上空に向かって伸びたような切り立った絶壁の中に、巨大な建造物が埋め込まれているようだった。


 その時、馬車が急停車した。


「おい、どうした!」

 

 エダーが剣のつかを素早く握り、馬車のドアを勢いよく開けた。

 

「急に女の人が飛び出してきて……」


 不安そうなグダンの方へ目線をやると、一人の若い女性が馬車の前へ座り込んでいた。


「あの……ここはどこでしょうか?」


「ここはホリスト聖堂の近くだ」


 エダーのその声を聴くと、女性はゆっくりと立ち上がり、懇願するように口を開いた。

 

「まぁ、そんなところまで私は来てしまったのですね……。あなた方に無理を承知で折り入ってお願いがあります。私をチャノック町まで送り届けていただけないでしょうか……? 不躾なお願いで大変申し訳ありません……。ですがどうぞお願いいたします。一刻もはやく町へ帰らないといけないのです……」


 その女性は籠を持ち、葉っぱのような物を大事そうに抱えている。


 それに目線はエダーの方向へ向かず、誰もいない方角へずっと喋り続けていた。


「……目が見えていないのか?」


「はい……、恥ずかしながら私の目は光さえも通さず、馬車の前へ急に飛び出してしまったことをお許しください」

 

 エダーの問いに申し訳なさそうに彼女は言った。


「それは薬草ね」


「はい。母の体調が悪く、薬草を取りに森へ出かけましたら、このような場所まで潜りこんでしまい……お願いします、一刻も早く母の元へ送り届けていただけないでしょうか……」


 様子を見ていたリラの問いに彼女はそう答えた。

 その女性の手は細かい傷だらけで、服の至る場所に葉っぱが付き、目が見えないという悲痛な叫びが更に聞こえてきそうだ。

 

 エダーとリラは顔を突き合わせ、答えが決まったようだ。


「分かったわ。さぁ、乗って、手を貸すわ。ケイスケ、また後でもいいかしら」


「あぁ、構わない」


 その盲目の女性を近くの町へ送り届けることになった。


「あ、ありがとうございます……!」


 嬉しそうな声を響かせ、とても喜んでいるようだ。

 彼女が馬車へ乗り込むと自分の目の前へ座った。 


「私の名前はサラリアと申します。皆さまに感謝いたします……!」


「オレは敬介だ。よろしくな」


 サラリアという女性は同じ年齢ぐらいだろうか。


 真っ黒でストレートの長い髪に、目元まで隠れる切り揃った前髪には、茶色の布で出来たローブのフードを深く被っており、顔はよく見えないがなんだか神秘的な雰囲気が漂う女性だった。


「私はリラよ、そしてこちらはエダー。手綱を持っているのはグダンよ。あまり人気もないところだし、見つけられて良かったわ」


「皆様……本当にありがとうございます!」


 薬草の籠をぎゅっと握りしめて、何度もお礼を述べている。 


「おい、グダン、進路変更だ」


「はい、分かりました!」


 エダーの声と共に、一同はチャノック町という場所へ進むことになった。

 彼も悪い奴ではない。

 この目の見えない女性をほったらかしてまで聖堂へ行くことは選ばないだろう。


 それに、ここへはまた皆で戻ってくればいいのだから。

 

 方向を変えた馬車の振動に体を揺らしながら、そう思ったのだった。

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