最終章 15.弱者

 薄暗い洞窟の奥へ進むと、中から次々に剣を持ったゴル軍の兵士達が押し寄せてきた。

 第一部隊は、洞窟に灯されている松明の明かりを頼りに、剣を振りかざし、風を切るように突き進んでいく。


「おいケイスケ! ここも敵が多すぎる! お前はリラを連れて先に行け! 後から行く……!」


 エダーが敵の剣を苦い表情で受け止め、その重さに耐え続けながら叫んでいるのが聞こえた。

 あまりにも多い敵の数に、このままではまた全員敵に囲まれてしまってもおかしくない状況だった。


「分かった……。リラ、行こう」


「……ええ。エダー、約束は守って……!」


 仕方ないとは言え、後ろ髪を引かれるような苦渋の決断だった。リラもきっと同じ気持ちだろう。


 エダーは静かに頷き、自分とリラを守るように敵へ飛び掛かり素早くまたその大剣を振り上げた。 

 そんな勇ましいエダーやグダン、他の兵士達に見送られながら彼女と二人、この暗闇の奥へ突き進む。


 白く輝くホリスト鋼の剣がまるでここへ来ることをずっと待ち望んでいたかのようにその光量が強くなっていく。


 何もかも見覚えがあった。

 百年前とはなんら変わらない薄暗い場所で、冷たくひんやりとした洞窟だった。

 次第と鮮明に、湧き出るようにこの脳裏へあの時の映像が映し出される。


「……ケイスケ、大丈夫?」


 隣で一緒に走るリラは、心配そうに話しかけてきた。


「ああ……ちょっと昔を思い出して……でももう大丈夫だ」


 もうすぐ洞窟の奥に到着するはずだ。

 あの悪夢のような場所に。

 だが、ついにここまでやってきた。

 マイナスだった地点から、やっとのことゼロの地点まで舞い戻ってきた気がした。


 開けた空間へ出ると、そこにはやはり高台の岩が中央にそびえ、あの時のままでの姿がそこにあった。


「ヒード……!」


 氷の結晶のようなクリスタルに包まれたセーレがあの男の前で横たわっている。まるであの時と一緒だ。

そのクリスタルにはあろうことかヒビが更に大きく入っていた。


「来たか、たった二人……。それもティスタの生まれ変わりと王女とは……。そんな滑稽な二人に見せてやろう、この無惨なセーレ王女を。ヒビが増々大きくなっているだろう? これが白神ベロボーグ最期の証だ……。その時が来れば今度こそ女をこのやいばで貫いてやろう……」

 

 ヒードの手には鋭い短剣が握られ、あの時の惨劇が脳によぎった。そして手に持つホリスト鋼の剣を眺めると、先程のヒビが更に大きくなっていた。


「ヒード! お前はなぜそこまでしてこんなことを……!」


 ヒードは口角を卑しく吊り上げ、高台から見下すようにこちらを睨んできた。


「なぜかだと? 分かりきったことだ。強き者が一番であり、弱き者が蹴散らされるからだ。分かるか? お前らだってそうであろう。ここまで来るのにどれだけ犠牲を払ったか。理由は明白だ。弱者は強者に負けるからだ。弱き奴は何も出来ない。傷つき、死んでいくだけだ。そう、弱き者は愚かで、この世の厄介者なのだよ! この世は強き者で成される! 私は決して弱き者にはならないと誓った……! 黒神チェルノボーグ様にな!」


 ヒードの背後から黒い何かがゆっくりと近付いてきた。


 それは人間の数倍はありそうな黒い大きな翼を持ち、人体のような骨格は持っていたが、黒い骨と黒い皮膚だけで全てが構築されたような細く不気味な身体だった。

 そして頭部には二本の角を持ち、その髑髏どくろのような顔に鈍く灯る赤い目が不気味にこちらを見つめている。 


『来たな、懲りもせず……、ティスタの生まれ変わりが。その剣と共に……』


 それはゆっくりと口を開き、冷酷に言い放つ。


「あれが黒神チェルノボーグ……」


「なんて禍々まがまがしいの……」


 リラとその恐ろしき姿を見つめる。

 ティスタだった時、黒神チェルノボーグの姿はほとんど記憶になく、その異様な姿に威圧さえも感じる。


「ハハハ……弱い愚かなお前達にはもう先はない……!!」


 ヒードはげっそりとした出で立ちで声高々に笑う。


「ヒード、弱い者は決して愚かではない……! オレ達は確かに多くの仲間を失った……、今だって永遠の大草原オロクプレリーでは多くの犠牲者が出ているかもしれない……。だが、それでも、弱者は決してこの世の邪魔者ではない……! 弱者は弱者なりに戦い、この世界を生きているんだ、必死に……!」


 そう、いつだって自分も弱者だった。

 今だってそうだ。

 だが、弱者なりに幼い頃から妹と一緒に、そしてこの世界でも生き抜いてきた。

 何が正しくて何が間違っているのか、それは分からない。

 だが、今ここにいる。



 ――それが答えだ。



「今日で、全て終わりにし、セーレを解放する……! そして……」


「ティスタの無念をはらすか? バカバカしい。また死にたいようだな。生まれ変わってでも」


「……違う、オレは……オレ自身の思いの為に来た……! この戦いを終わらせたい、終わらせたいんだ……!」


 剣を握る手に力が入り、カタカタと震えている。


「目障りだ。もうこれ以上邪魔をするな……! お前は所詮部外者だ……! お前を殺し、セーレも殺し、私は、私は……この世界で最強で最上の王になるのだ……!!」


 火花を散らす稲妻のようなものをいくつもまとった黒い球体が、ヒードが頭上にかざした手の上でどんどんと大きくなっていく。


「確かにオレは部外者なのかもしれない……、だが、この世界を知った、この世界で強く生き抜く人達と出会った……! それだけで十分なんだ……!」


 ホリスト鋼の剣がどんどんと光を帯びていく。


「今度こそ、その剣もろとも吹き飛べ……! これがお前に与える二度目の死だ……!!」


 ヒードの手から凄まじい爆風と共にあの火花をまとう黒い球体が打ち放された。

 

 その闇に包み込まれたような熱く熱を持つ球体を、凄まじい向かい風に踏み止まりながらもホリスト鋼から放出された清らかな聖の光で受け止める。 


「この世界に来て、リラ達と出会い思ったんだ……! 救いたいって……」


「ケイスケ……」

 

 白い光と黒い光がぶつかる――。

 すると一気に水の粒子が自分達の周囲へ広がった。煌めく小さな無数の水滴に囲まれて、ホリスト鋼で作られたこの白い剣が更に眩く輝きを増す。


『その剣のせいで、全てが台無しだ。この我の計画が……!!』


 黒神チェルノボーグがこちらへ向かってその骨のような黒い手を力強く突き出した。


「リラ! 今すぐエダーの元へ行くんだ!」


「そんなこと出来ないわ! もう後には引かないと決めたの……!」


 そう言うと、リラはこの凄まじい暴風の中、自分の背中に優しく手を当てた。


「何を……!?」


「あなたを支える……!」


 その瞬間、黒神チェルノボーグからあの黒い稲妻をまとった攻撃が鼓膜を貫くような音と共に飛来したのだった。

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