最終章 2.頼み

「え……!?」


「俺はゴル王族の父とリンガー王国密偵の母の間に生まれた子だ。そしてリラは、その父とキリア女王の間に生まれた子だ」


 腹をくくったかのようなエダーは、思いもよらぬ出生の真実を明かしていく。

 その言葉に呼応するかのように風がきつくこちらへ吹きつける。


「その父って、ここの国王って事じゃ……!?」


「あぁ、そうだ。だがもう……死んだ」


「死んだ……!?」


「そうだ、戦争でな。ゴル軍にやられたんだよ。俺と再会する前にな」


 一体何があってそうなるんだ。

 ゴル王族がゴル軍に倒されたというのか。


「父は俺の後の母になるリンガー王国の密偵と愛し合ったんだ。そして俺が生まれた。だが、ヒードにばれて……。母の命を助ける条件として、リンガー王国当時の王女だったキリア女王の婚姻相手として父は出されることになった。だが……」


 顔を歪ませたエダーは少し下を向き、言葉を選んでいるかのようだった。


「……用済みとなった母は処刑された」


「そんな……」


 いつもの張りがあるエダーの声は、今はとてもかぼそく聞こえた。


「ゴル帝国はこの機会をいいことに、母という人質を使って、婚姻によってリンガーが他国の力を手に入れることを阻止したんだ。……そして俺は……母が死ぬ直前に荒らくれた町の知人に預けられた。俺はそこでリラと出会う十七歳まで過ごした。どんな事をしてでも生きてきた、あの場所で」


 あまりにも悲劇的な内容に言葉さえ出ない。


「……父は錯乱状態だったらしいが、キリア女王の介抱もあり、次第に現実を受け入れたのか、リラが生まれ、最期までリンガー王国の為に尽くしたそうだ。……キリア女王曰く、言葉にはあまりしなかったらしいが、ずっと俺を気にしてたってよ。……ははっ、そんなことあるのかって思ったさ。俺はあんな荒れ果てた町で育ち、育ての親も死に、必死に一人で生きていたのに……」


 エダーは思い詰めたように軽く笑い、言葉を絞り出すかのよう話し続ける。


「今も先も一人だと思っていた、もう死を受け入れる寸前だった。俺は俺が憎かった。……何も出来ない自分に。希望さえも見えない自分に。……人の血でけがれたこの自分に。……そんな時リラに出会ったんだ」

 

 エダーは一筋の希望を見出したかのように上を向く。


「……リラは、父の最期にこの真実を知ったと……。それからゴル帝国のどこかで恐らく生きているはずの俺を密偵を忍ばせてまで探したってよ。そして……、初めてケレット砦でリラと対面した時、あいつはまだ十歳だった。まだ幼かったリラは俺を見て笑って言ったんだ、『お兄ちゃん』ってな」


 一人で辛い場所で死にもの狂いで生きてきたエダーにとって、誰かに暖かく迎え入れてもらえることは何ものにも代えがたい喜びであっただろう。


 今となってはそれが痛い程に分かる気がする。


「俺はその時、初めて人の暖かさに触れた。あいつは……あの力があるから……、幼い頃から戦場へ来ている。……分かるんだ、あいつの背負っているものが……。俺はあいつを助けたい……、助けたいんだ……!」


 エダーは拳をきつく握りしめた。

 彼の大きな体からは決意が滲み出ているかのようだった。


「……俺は幼い少女だったあいつの前で誓ったんだ。どんなことがあっても妹であるリラを守る、助けると……! いつもあいつの傍にいられるように、俺は王族の姓は語らず、育ての親の姓であるリキルトを名乗った……」


「エダー……」


「俺は妹のためなら、あいつを守るためなら、なんでもやる覚悟だ。少しでも怪しい奴は決して近付けさせない。もしあいつに何かあったら……俺は……」


 エダーはまた下を向き言葉を詰まらせた。

 そして再び顔を上げると、その燃えるような眼差しをこちらへ向けた。


「……お前に頼みがある。もし、俺に何かあった時は、アイツを、リラを、守ってくれ! お前ならそのを背負えるはずだ……!」


 意を決したかのようなエダーは、こちらを真っすぐに見据え続ける。

 彼が今までなぜ自分からリラを遠ざけていたのか、それは彼女をどこのどいつかさえも分からない男から遠ざけるためだったのだ。


 だが、そんな男にこの目の前の真剣なエダーは、今、彼女を守るよう頼んでいる。


「オレでいいのか……?」


「俺はお前、……ケイスケを信じるに値する者だと分かった……お前は命がけで何度も戦い、リラを守った。それにこの国の為に苦難さえ乗り越えようとしている。……俺は『ティスタ』のお前ではなく、ここまでやってきた『ケイスケ』に頼んでいるんだ」


 その言葉に今もまだ明るく輝く夕日のような暖かさを不思議と感じた。


 『ティスタ』であった過去と『敬介』としての今。


 この国で今もなおたたえられている『ティスタ』に、ずっと負い目を感じていたのかもしれない。


「あぁ……ありがとな。オレは……いつだって彼女を……リラを守りたいと思っている……!」


 少しぼやけてしまった世界のエダーにそう力強く答えた。


 エダーの広そうなその背中には、優しい風になびく褐色かっしょくのマントと黄金の夕日を背負っていた。

 

 逆光もあり彼の表情はよく分からなかったが、少し笑っていたように見えたのは気のせいだろうか。


 ――


 今夜も丸く白い月が明るく闇を照らす幻想的な夜だった。


 巨大な木々に囲まれた森の夜道を一人足早に進む。


 そんな中、夕刻に話したエダーとの出来事を思い出す。


 出会った頃はあんなに恐ろしい顔で睨まれ、毛嫌いされていたエダーから、大事な妹であるリラを守ってほしいと、こんなお願いをされる日が来るとは、あの時の自分は思ってもみなかっただろう。

 天地がひっくり返る、とはまさにこのことだ。

 

 エダーは自分を少しは認めてくれ、信じるに値すると言ってくれた。

 そして、歩み寄ろうとしてくれている。


 この世界に突然連れて来られた時は不安でいっぱいだった。

 だが、今は必要としてくれる仲間がいる。

 それがどんなに嬉しいことなのか。



 ――リラを守る



 それがエダーとの思いだ。

 彼女の笑顔を思い出すと、不思議と心が落ち着く。

 いつだってあの暖かな表情を眺められたら――。


 戦いへ出る前に、最後に一目見たいと思っていた場所があった。

 次第にその場所へ近付くと、ぐんぐんとこの足は急かすように速くなっていく。

 

 そこは儚い月明かりを一面に帯びたあの神秘的で懐かしい場所だった。


「あの頃と全然変わらないじゃないか……」


 そう、ここはティスタとセーレの思い出の湖だ。


 美しく鳴り響く虫の音も、水のささやく音も、何も変わらない静かに揺らぐこの水面を見渡せば、あの頃が鮮明に思い出される。

 

 セーレを助けた日、剣を受け取った日。


 ティスタとセーレが出会って今ここに自分がいる。

 

 そして『敬介』としてこれから二人に出来る事――



「ケイスケ?」


 その透き通るような声へ振り向いた。


 そこには、あの頃と同じように清らかな月に照らされた純真に輝くリンガー王国の王女が立っていた。

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