第二章 12.仲間

 それからがまた過酷だった。


 動かなくなった血だらけなエダーを、涙ながらに白魔法で癒すリラ。


 危機一髪だ。

 明らかに出血多量だった。

 おまけにあの火の精霊のせいで、腕に火傷まで負っていた。


 一瞬で過ぎ去ったそんな一日の終わりに、ほのかに日が残る薄明の空を見つめる。

 

 このケレットとりでにある高台の弓場から見えるのは、先程までいた永遠の大草原オロクプレリーだ。


 ここへ初めてきた時とは比べ物にならない程に、ひどく変わり果てたその景色を見て、ため息を深く付く。


「綺麗な場所だったのにな……」


 この砦へ運び込まれた多くの負傷者達。

 戦いには勝ったはずだ。

 だが、これが果たして勝利と言えるのだろうか。

 

 この世界は残酷だ。

 いつ死ぬかも分からないこの日を、この時間を、この世界の人達はどんな思いで暮らしているのだろうか。


 百年以上続く戦争。

 これがこの世界での現実なのか。

 

 その戦争をセーレは終わらようとしたのに。


 ティスタは、愛するセーレを見送ってでも終わらせようとしたのに。

 

 こんな不条理な世界で、自分は一体何が出来るのだろうか。

 

「ケイスケ、ありがとね」


 気が付くと、リラがそばに立っていた。


「もうエダー達は落ち着いたか?」

 

「えぇ。どうにか。今はみんな静かに眠ってるわ。……でも手遅れの兵も……」

 

 彼女は言葉を詰まらせた。

 そしてこの灰色の空を一瞬見上げると、顔をあちらへ向け、その表情を隠した。


「そうか……」


「……私のいる意味ってなんだろうっていつも思うの」


「いる意味……?」


「そう、私って、なんでこんな力持ってるんだろうって。この力は戦争で傷付いた兵士を癒すために与えられたのかなってね。なんだかそれってとっても悲しい事だなって……。本来ならこんな事に使うはずではないんじゃないかって思う時があるの」


「リラ……」


 下を向き続ける彼女に、いつもの明るさはなかった。


「あ、ごめんごめん! 気にしないで! エダーに無理言ってまで、自ら戦いへ来てるの。私にこの力があるから、みんなを助けられる。役に立てて嬉しい事に変わりはないわ」


 空元気のような素振りを見せ、大きく背伸びをしながら遠くを見つめるリラは、なんだかとても小さく見えた。


 兵士を癒した後、いつも悲しそうだったセーレを思い出す。

 いつだって、聖なる人ホリスト族の女性達は強がるんだ。

 こんな風に足掻いてでも前へ進む。

 

「リラってすごく頑張ってるよ、ほんとにさ。でも時にはへこたれたっていいんだ。何も悪いことじゃない。……その時はいつだって話聞くからさ。無理すんな」


 正直、自分が一番へこたれそうだと思っているこの事実は、そっと心にしずめておいた。


「ありがと」


 こちらへ振り向き微笑んでいるその姿に、なぜか安らぎを覚えた。



「け、けけけけケイスケ、さまっ!!」


 突然、おもちゃ箱をひっくり返したような甲高い声がすぐそこにある階段下から響いてきた。


「なんだ……!?」


 誰かが慌てて駆け上ってくる。

 どうやら若い男のようだ。


 激しくつまずき、転びながらもこちらへ四つん這いになりながらでも必死に這い上がってくる。


「ティ、ティスタ様の生まれ変わりって、ほ、ほ、ほんとですか!?」


 目の前までやってきたゼェゼェと肩で息をするこの不思議な生き物は、なぜか羨望の眼差しでこちらを見つめている。

 自分より数個下程の年齢のようだった。


「……あぁ、そうだけど……」


 先程の戦闘に参加していたのだろう、泥だらけで、切り傷や、うち傷を体中に作っている。


 だが、その表情はキラキラと輝き、こちらを見つめているその垂れ目感と、髪を後ろに小さく結んでいる感じが、なんだか見覚えがある気がした。


「ううう、やっぱりっぃぃぃ! ひゃっふぉー!!」


 やはり可笑しな言葉を発し、その場でぴょんぴょんと高く飛び跳ねている。

 

「……この兵は、確か……」


 リラは珍妙な動物でも見たかのような表情だ。


「あ、申し遅れました! 僕、第三部隊所属のファスト・グダンです! ジダンって言ったらお分かりですか!?」


「……え、ジダン……!? ファストってまさか……!?」


「そうです、僕のひいじいちゃんなんです!」


「……マジか……」

 

 呆気に取られていた自分の手を急に取り、両手で握手状態にさせられた。


「さっきの戦闘、ほんとにほんとに凄かったです……! あんな戦闘、僕、見たことありません!! 僕っ、ぼくっ、ずっとずっとティスタ様に憧れていて……!! ファスト家の誇りなんです……!! ティスタ様を助けたって……。僕のひいじいちゃんと出会ってくれて、ほんとのほんとにありがとうございます!!」

 

 これでもかというぐらいに、ぎゅっと握られる両手と共に、尊敬のまなざしで見つめてくるグダンに目を閉じたいぐらいだ。

 

「いや、オレこそジダンに会えなかったら……ほんとに感謝してる。まさか子孫に会えるだなんてな……あの後ジダンは……?」


「僕も、僕もっ!! びっくりです!! あの後ひいじいちゃんは、すぐに兵士を引退して、実家に戻ったとのことです。結構ショックを受けていたみたいで……。ティスタ様に自分はもっと出来たことがあったのではと、色々思い悩んだ人生だったそうです……。でも、しっかり果たしたって。ティスタ様との約束を。果たせてほんとに良かった、と……」


「……そうか。……聞けて良かったよ。ずっと気になってたからさ。ほんとに」


 目の前でこの不思議な生き物がうるうるしているせいなのか、自分までつられてしまいそうだ。


 あの時、ジダンには本当に辛い思いをさせたはずだ。

 とんでもないあの時の願いを、顔を真っ青にさせながら、命がけで叶えてくれた。


 お礼を直接言えたらどんなに良かっただろうか。


「あの、僕、ケイスケ様を応援してますから……、この神地リスターンにまた戻ってきてくれて、本当にありがとうございます……!!」


 九十度以上お辞儀をしている。


 グダンはどんな思いでこの戦いに挑んだのだろうか。

 きっと想像も出来ない程に多くの困難にぶつかり、ここまで生き抜いてきたのだろう。

  

「いや、こちらこそ、ほんとありがとな! グダン」


 深いお辞儀から、顔だけを上げ、またもやキラキラ輝く憧れの眼差しでこちらを見つめている。

 

「……ケイスケ様に、どこまでもついていきます!」


 隣できょとんとして自分達を眺めていたリラは、噴き出したかのように笑った。


「あはは、ケイスケのその顔!」


 とても楽しそうだ。

 思わず一緒に声を出して笑った。


 いつまでもこんな笑顔のリラでいてくれたら、と思う。

 

 永遠の大草原オロクプレリーから体に染みる冷たい風が吹く。

 もうすぐ夜だ。


 また明日から無情で過酷な日々が始まるのだろう。


 だが、ここで必死にもがきながらでも生き抜いてやる。

 


 仲間達と共に。

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